【小説】星風紀行 第一章 一節 太陽を掴む平原Ⅳ


 兵舎の食堂で軽めの食事を摂り、ウリムトに別れを告げたのち、アーチェスとマチルダは駐屯地を後にした。

 すでに日は頂点まで達しており、後は西へと沈むだけであるが、直に日光を浴びると水を撒いてある都の中でさえ猛烈な暑さを感じるほどであろう。

 2人はジャガイモと玉ねぎを木籠に収め、帰路についているところだった。

 最初はマチルダが籠を持っていたが、額から流れる汗をぬぐうためにアーチェスと持ち番を交代した。



 ここ西の都、ツェペーニュの中心部は高い建物も多く、日陰もできやすい。暑さをしのぐために早朝の畑仕事から帰ってきた人々と日陰の中ですれ違うことも多い。

 ツェペーニュの人々は早朝から営み、次の朝が来るまでは働かないのが慣習である。例外として兵役をしている者だけが昼夜で交代しているくらいであり、午後は誰もが昼寝をする。

 早朝とは異なり、昼間ともなると涼しい砂浜も一変して灼熱地帯と化す。

 そのため、真夏の時期はアーチェスとマチルダは決まって都の中を通って帰宅していた。

 水路からの打ち水があるとはいえ、小さな体躯に石畳からの照り返される熱は大人が感じるそれとは比べ物にならないものがある。


 都心から離れ、居住区に近づいて行くごとに人気も少なくなっていき、やがて外を歩いているのは2人だけになっていた。

 真っ白な岩壁が立ち並ぶ居住区入口の門まで辿り着くと、2人は遠目から人影が入口をうろうろしているのを見つける。

 初めこそ何も思わなかった2人だが、人影は2人を視認するや否や居住区に走り去って行った。

 その様子を見た2人は、はてと顔を見合わせる。

「さっきの人は?」

「わからない。けれど慌ててるようにも見えたね」

「あんな人都にいたかなー?外からの人みたいだったけれど…」

「居住区は住んでる人しか入れないはずだけれど、ちょうど門番の交代の時間で人がいないか、それとも―」

「お昼寝?じゃあさっきの人、呼び止めた方が良い人?」


 アーチェスが「でも相手は大人だし、大人の人を呼んできた方がいいかも」と思考を巡らせていると、マチルダはすでに走り出していた。

 「マーッチ!大人の人を呼んだ方が良いんじゃないの!?」

 マチルダは走りながらくるりと身を翻して「早く行かないと何するかわからないでしょー!?」と叫ぶとそのまま門番不在の居住区の門を走り抜けていった。

 どうしようか、とジャガイモと玉ねぎの入った籠に目を落とし、アーチェスは姉を1人にするわけにはいかないと意を決し「ごめんね」と呟き玉ねぎを一玉だけ持ち出し、籠を日陰に置いたまま走り出す。
 


 入り組んだ迷路のような白壁が立ち並ぶ居住区を真夏の日差しが照らし出す。

 多方向に反射する白い熱線は直視し続けられないほど眩い。

 それと同時にできる影が占める面積も目を休めるには十分すぎるほど生み出されている。



 居住区の門を抜けた男も、彼を裸足で追いかけるマチルダも当然ながら日陰の中を走っていた。

 そんな2人を他所に、アーチェスは厳しい日差しが照り付ける、大人2人分の身長の高さはある白壁の上から2人の行き先を目で追っていた。

 ツェペーニュの居住区で隘路になりそうな場所は限られている。

 なんとかしてそこまで誘導できれば追い込むことができるが、闇雲に追い回している現状ではいくら子どもの割に体力のあるマチルダでも追いつくことは叶わない。

 休息をしている大人が気付くのが一番であるが、いつものように日課で寝静まっている彼らの時間を取るのは忍びないという思いが先行して、何かが起こることを期待してアーチェスはなんとか回り込めるように壁の上を走りだした。
 


 男は変わらず走り続けていた。

 時々立ち止まっては門の方へは行くまいと男は北へ走ることを意識しているが、どこもかしこも白壁が男と並走し続けて一向に居住区を抜けることができない様子である。

 その挙動を見たマチルダもまた、都の住人ではないことに気付き、少し休もうと足を止めていた。



 日光を遮るように目の上を覆いながら壁の上を走っていたアーチェスは壁に寄りかかって日陰に座っていたマチルダを見つけ、壁の上から声をかける。

「大丈夫?怪我はない?」

「うん、大丈夫だよー。それよりもさーあの人多分都の人じゃないよ」

 マチルダはたっぷりと息を吸って肺に溜まった熱気を逃がすかのように大仰に吐き出した。

「道を知ってる風じゃなかった」

 ひとまず姉の安否が分かったアーチェスは胸を撫でおろして、自分も気付いた事を教える。

「あの人は、そこまで悪い人じゃないと思う」

  壁の上で立ち上がって男の場所を探しながら話を続ける。

「走っていてもお花が咲いてる鉢を踏み越えてたり、家や壁を傷つけるようなことはしてないみたい」

「言われてみれば、大きな道しか通ってなかったなぁ。よく見てるなぁ」

「マッチ達が昔ここを走り回って花瓶をたくさん割って大騒ぎになったでしょう?」

 あっ、とマチルダは思い出して顔を伏せた。

「ものすっごく怒られたんだった……皆普段は優しいのにすごく怖かったな……」

「あはは……あれはマッチ達が悪いと思うよ?」

「うう……」

 アーチェスは過去を思い出して悶絶しているマチルダを見て微笑む。

「そこでだけど、今回も似たようなことができないかなって」

 マチルダは驚愕し、「壊さないよ!?」とガバッと上気した顔でアーチェスを見上げるも、アーチェスは呆れながら即座に否定した。




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