【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅰ
プロローグ
第一章 一節 太陽を掴む平原
真夏の酷暑が嘘のように過ぎ去り、王国西方の都・ツェペーニュにも秋が到来した。
暖色に着込んだ木々から落ちて来る葉がアルリナ山からつらつらと流れ、ツェペーニュを縦断する水路も秋色に染まる。
しかし自然が見せる季節の顔も束の間、やがてほとんどの生き物が眠りにつく冬がやってくる。
ツェペーニュの民は山へ分け入り、山菜の採取や狩猟を行って食料の少ない冬をしのぐ。
生き物への敬意が当然であることを趣とするツェペーニュにおいて狩猟は集団で、かつ数度のみにすることが厳守されている。
動物たちにも家族がいること、無闇な殺生を行わないこと、頂く命に感謝することは幼少の折から教えられる。
それでも狩猟という名の非日常的体験ができると喜び勇む者も少なくはない。ノット=ヴェンガーハイドもその一人だった。
サマンサ宅唯一の近所付き合いになるランド=ヴェンガーハイドが一人息子、ノット。
彼がサマンサの倉庫から家まで食材を運ぶアーチェスとマチルダを手伝い、夕食にお呼ばれした時である。
お城のようなサマンサの家は足元を照らす程度の小さな燭台がぽつぽつと等間隔で南北の壁にかかっており、南壁の暖炉の火を使ってサマンサは丸い鉄の大鍋の中のスープをかきまぜていた。
時折秋の風が玄関の木の扉を叩く音と、暖炉の薪が爆ぜる音がする静かな空間を引き裂くように黒檀のごとき髪色の男の子、ノットが口火を切る。
「なあ、もうすぐ始まる秋の狩りをやってみないか?」
「狩り?」
「そうだ!お前ら実際に見たことないだろ?やってみようぜ!」
興奮するノットは食事中であるにも関わらずテーブルに身を乗り出してアーチェスとマチルダに語りかける。
マチルダは真剣な表情でスープの中に入っている切り口が器の底に向いた大きなジャガイモをスプーンで頂点から真っ二つに割ろうと試みていた。しかしうまく頂点に刺さらずに、スプーンの背で撫でては器の底を滑らせることを繰り返していた。
アーチェスは木製の器の中でトウモロコシの粉末で黄色に染まった温かいスープをジャガイモと旬の味覚であるキノコをスプーンで絡めながら
「でも弓矢なんて扱ったことないよ?知らないと危ないでしょう?」
「大丈夫!物置小屋でこっそり射る練習してたんだ、この時のために!」
「ノットはいいだろうけど……」
怪訝な表情を浮かべるアーチェスにノットはむくれて
「いいのかよ!?俺、お前らより4才も上なんだぜ?なのに親父ときたら『お前は危なっかしい』っていつまでもやらせてもらえなかったんだ、早めに体験できるならやってみよう、な!?」
マチルダは割ることを諦めてそのままかじりついた歯形が残るジャガイモをスプーンで泳がせながら
「とか言って、本当は一人で怒られたくないから仲間を作りたいだけなんじゃない?」
マチルダの指摘に図星を突かれたノットはうぐっと、空気の塊をぶつけられたかのように乗り出した身を引いてどさりと着席し、そのままテーブルに突っ伏す。
「おいノット、ここで寝るんじゃねぇ」
サマンサがテーブルの鍋敷きに火をかけた大鍋を乗せると、自分の食事の分を器に注ぎ、3人の顔を同時にうかがえる家主の位置に座る。
「マーサは親父が凄腕の狩人ってことは知ってるだろう?なんで俺には弓矢を扱わせてくれないと思う?」
サマンサは食前の黙祷を捧げながら
「お前が意味もなく使いそうに見えるからだろう。傷害・殺害は重罪、都から追い出されるどころか王都で裁きを受けるかもしれないねぇ」
「俺はそんなことしない!俺がそんなことやったらアーチェとマッチが悲しむだろうが!」
サマンサは目を閉じたままふっと笑い、目尻の皺をより深くする。
「お前がそんな莫迦なことをしないくらいわかるさ」
しかしすぐに神妙な面持ちに変わり
「だが、お前はお前の父の過去を知らない」
「……どういうことだよ?」
「ふん、良い機会だから少し昔話をしようかね」
食礼を終えたサマンサは器からスープをすくっては口に運びながら語り始める。
「この大陸のツェペーニュとは真反対、つまり最東端だね、そこにアンテムという東の都がある。いや、正確にはあった、か……数十年前までそこにいるやつらとこの国は争い合っていたんだ」
「お前の父、ランド=ヴェンガーハイドはちょうどアーチェとマッチと同じくらいの時に戦争に加わったんだ」
「僕たちと……」
「ああ。アタシが生まれるさらに前の時代からこの国は戦争とは無縁だったみたいでね。それまではアンテムの連中とも仲良くやっていたみたいだが、突然国に反旗を翻して川を挟んだ大陸にある東の都を丸々拠点にしちまった」
「川を挟んだ戦いってこともあって弓術を叩き込まれたことがランドの狩猟の達人たる由縁さ」
「今でこそ殺傷は重罪だが、話の通じないやつらに生ぬるい和平を持ち込むことなんざできやしない。仕方がなかったとはいえ、時代が変われば戦時の英雄も人殺しの前科持ち。弓矢を使わせたくない気持ちもまぁわからなくもない」
ノットはサマンサの話を聞いて眼球が乾くのを感じた。
サマンサは「だが……」と言いかけるも、ノットは我慢できず戦慄きながら喉の奥から言葉を絞り出す。
「……じゃあ親父が過去を語りたがらないのも戦争が原因……」
ノットは立ち上がり、椅子をテーブルの下に戻すと一息に駆け出し家から飛び出していった。
一連の話を聞いて不安を感じたマチルダはうろたえた様子で「ノット、大丈夫かな……」とサマンサに尋ねる。
サマンサは意を決したように目に強い光を宿し
「大丈夫だ。いずれは知ることだった。アタシはヴェンガーハイドのところに行ってくるから片付けといてくれ」
器の中のスープで一気に食材を掻き込み、丁寧に食礼を済ますとサマンサも家を出て行った。
取り残されたアーチェスとマチルダには重々しい沈黙が流れていた。
二人とも気を紛らすかのようにスープの残りを食べていたが、痺れを切らしたマチルダが発言する。
「……アーチェは、いつか外に行きたいんだよね?」
てっきり戦争の話題が来ると踏んでいたアーチェスは少し驚き、「うん」と一言だけ返した。
「都の外は危ないこともたくさんあるから『じえい』のために少しは『ごしんじゅつ』を身に付けた方がいいってウリムトさん言ってたよね」
マチルダは苦笑して
「……お姉ちゃんは、あまり危ないことはして欲しくないかな、なんて……ごめんね、アーチェの自由なのに」
アーチェスは戸惑いながらかぶりを振って
「心配してくれてありがとう。でもこれもさっきマーサが言ってた『いずれは知ること』だったから……折角だから、ノットについて行って色々学ばせてもらおうよ」
マチルダは少し黙って「……うん!」と普段通りの返事をした。
翌朝、アーチェスとマチルダは帰宅したサマンサと連れ添って来たノットに出会い、狩猟に参加する旨を伝えようとした。
しかし、ノットは二人に出会って開口一番に
「何があっても、俺が守ってやるからな」
と、二人が今まで見たこともない真剣な表情と気迫で言われて一夜で何があったのかと顔を見合わせた。
次回
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まずは謝辞を述べさせてください。
たくさんの方が『星風紀行』に目を通してくださったので、二節が始まりました!
創作活動のやる気を維持できるのもひとえに読者様の存在のお陰です。
本当にありがとうございますm(__)m
一節のあとがきで書きましたが、二節からファンタジー要素が濃くなってきますので、引き続き目を通して頂けたら幸いです。
時間を割いて最後まで読んでくださってありがとうございました!
「スキ」や「コメント」をいただけると活動の励みになりますので、今後ともよろしくお願いいたします!