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【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅵ
※今回は「第一章 二節 邂逅Ⅲ・Ⅳ」の大狩猟にも増してグロテスクな描写があります。お目通しの際はくれぐれもご注意ください。
マチルダは意識的に動物たちの死骸があった場所を避け、より近くで目にする広大な森に圧倒されていた。
頭上に広がる秋の色とりどりの枝葉から差し込むわずかな木漏れ日が動物がいなくなった後の森の中を照らす。
マチルダと後で駆けつけたアーチェスが森の入り口で立ち往生していると、「おうい」と腰の曲がった年配の女性に声をかけられる。
「あなた達、採集は初めてかい?」
アーチェスが朗らかに「はい!」と肯定すると、
「じゃあよく見ておくんだ。こちらへ」
彼女はしわがれた声で2人を誘導し、目の前にある茶色く色艶の良い大ぶりな笠のきのこを指さしながら説明を始める。
「間違っても根元から引き抜いたりするんじゃないよ。そうしてしまうと、また次に同じ場所から生えてこなくなってしまうんだ。だから—」
彼女は左手で柄の部分を掴み、右手に握った小さなナイフでサッときのこを切り取り、その後には石づきだけが残っていた。
「こうして生え際の根元部分を残すようにするんだよ。あとはナイフの扱いにも気を付けるんだよ」
「おばあちゃん大丈夫だよ!こう見えてもお料理はずっとやってきたんだから!」
年配の女性はにっこりと笑うと、
「こっちは大人数が行ってる。海に近い西側をやってくれるかい?何を採ればいいかはわかっているだろう?」
「うん、バーツマッシュルーム!」
「……それなら、北西の方へ進むといい。群生している場所があるからね。万が一迷ってもアルリナ山とは逆の方、皆が狼煙をあげてる方へ歩けば大丈夫さ。気を付けてお行き」
アーチェスとマチルダは名も知らぬ年配の女性にお礼を言うと、勧められた通りに北西の方角へ向かう。
北西へ向かう道中でも2人はバーツマッシュルームを見つけ、指南に従って石づきだけを残して次々と背負った木籠に放り入れていった。
アーチェスは朽ちた木に残る石づきの隣にあった、他の人が採らずに残したであろうきのこを見つけ、先を行くマチルダに採りつくしたら帰って来た動物が食べる分までなくなってしまう旨を伝えると、遠くから「わかってるー!」と叫んだ声が森の中でこだまし、改めて今いる場所が都の外だと実感していた。
日が中天を通り過ぎた頃、マチルダは同じ姿勢で下を向いて作業をしていたため、一度立ち上がって伸びをした。
見渡すとどこまでも広がる落ち葉の絨毯、そこかしこに落ちる木の枝、横たわる大木の裏に息づく虫の気配。
ピチチチチと鳴く鳥の声を聴いて、鳥は大狩猟の後に帰って来たのだとわかった。
赤と黄色と緑と茶色が支配する世界の空気を肺一杯に吸い込んだ。
ふぅと一息つき、小さなナイフを右手に握って落ち葉を踏みしめながらとぼとぼと歩き始めると、
「……あれ?アーチェ?」
気が付けば自分は一人になっていたことに気が付く。
「ん、山と反対側に歩けば……」
空を見ようとしても枝葉の天井しか見えず、マチルダの身長では狼煙が上がっている方角がわからなかったため、そんな小さな彼女でもわかるアルリナ山とは反対側の方向へ歩こうと考えた。
マチルダは誰か近くにいないかと息を殺して耳を澄ましていると、やや離れたところで耳慣れない音がしていた。
「誰かいるの?」
立ちふさがるように連立する太い木々の間を縫うようにして音の発信源へと向かう。
すると目の前に立つ幹の裏からブブブブブと彼女が聴きなれない音がする。
「ねえ!」と呼びかけても同じ音がするだけで返事はなかった。
意を決したマチルダはそれを見せまいと仁王立ちをしている大木を回り込む。
そこにはあばら骨がむき出しの鹿の死体とそれに集るハエの群れがいた。
マチルダは「ひっ」と一瞬にして表情が恐怖に歪む。
鹿の腹は食い破られており、赤黒い肉が本来あるべき位置に戻ろうと縋るかのように白いあばら骨に付着していた。
流れるべき場所を失った血が木の幹をべっとりと赤黒色に濡らし、乾いた跡がある。
マチルダが狩猟の時に見た鹿とは異なり、大きく口を開き、見開かれた目はどす黒くくぼんでいた。
「こいつはもう生きていない」と飛び回り主張するハエから逃げるように後ずさるも、マチルダは地上まで飛び出している太い木の根に躓いて尻もちをつくとナイフが手からこぼれ落ちた。
早くこの場から離れたいという本能のままに立ち上がり、ナイフを拾うことも忘れて落ち葉を蹴り上げながら恐怖心を振り払うようにマチルダはさらに北西へと走り出してしまったのだった。
次回
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かなりコンパクトにまとめたら短くなりました(笑)
次回、マッチはどうなってしまうのでしょうね。
これが一つ目の「邂逅」ですが果たして……?
お時間を割いて最後まで読んでくださってありがとうございました。
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