(強制)スマホデトックス中です 後編【53】
またまたこんにちはですよyoralyです。
スマホと縁切って5日目になります本日もスマホとの距離は縮まらず。ただ最低限の連絡はできるようになりました(なってしまいました)。
その1を未読の方は初めにそちらをチラ見してくださいますと幸いです。(https://note.com/yoraly/n/nb5ec7986a3d7)
ちなみに見出し画像が前編後編で少し対照的になってますので気にかけてみてくださいまし(頑張りは認められたい派)。
前回はことのあらましをお伝えしたうえで、このアクシデントがいい感じに自分のスマホとの付き合い方を振り返るきっかけになったっというところまで話ました。そこでスマホに依存してたなって点と、助けられてたなって点を洗い出してみました。
スマホを通した気づき
必要以上に依存してたなって思うタイミングは
・連絡来てるかなーって開いたスマホで別の投稿とかをチラ見してしまう(まんまとそのアプリの策に篭絡されているのが若干滑稽でしょうか)
いやでもこのくらいです。普段から交通機関での移動はスマホを観ずに考え事をしたり最近は読書してたり、あとごはん前とかは隙間時間だーって言ってスマホ見る代わりに食事の支度してるかぎりぎりまで課外活動の作業してたりするので、以外とスマホでの勿体ない時間は過ごしていないように思います。
それよりもむしろ今までスマホに助けられていた(依存ではない)ことが多すぎて。
・写真を見返す。この出来事の月日いつだったけ、どんな景色だっけ。旅行の様子話すときに見せたり、楽しかった時間に浸るときもおらは街頭写真をスマホでぱっと見て目的を果たします。記録好きの私にとって、かなり過去に関する情報量の多い写真にアクセスできないのは痛いのであります。YouTubeも作れないし、ブログに添付する写真も選べない。なんてこった。
・外で通信できない。待ち合わせ場所に来たけどみんなまだ来てない。えなぜ?遅れてるの?来られないの?それも確かめられない。東京の電車乗り換えなら駅員さんに聞けばいいから最寄り駅までは行ける、だが初めて行く目的地が駅から離れたところにあったら?Wi-Fi繋がってるときにマップアプリスクショして恐る恐る行くしかない(これを逆手に取れば通行人さんに頼って現地の人とつながるきっかけにできるが)。中々にどうしたものかね。
だがおらは自由だ
まあとりあえず通信できない状態ではネットから隔絶された自由の身なのであります。ええ、自由の身なのです。電気信号から見放され、情報伝達に使えるのは己が身とそこから発される声のみ。まあ正直かなり不便に感じますが、これはチャンスなのです。不便になるの予想できるから自らこんな状況に陥ろうとはしません。偶然この苦境に立たされることとなったおかげで、こんなブログを書けるくらいには発見と気づきを得ることができましたし、のこり10日間以上でさらに増えることでしょう。
始めてスマホを買ってもらってから6年弱ぶりにスマホから解放された(復旧のために今はもう電源切って使ってない)ので、その新鮮な感覚を、苦いのも甘いのも、これからたくさん感じようと思います。スマホと縁が切れたのも何かの縁です。緑です。いいえ違います。(この漢字たち似てるよな。。。)そんで学びがたまったら、またブログに書こうかなあと思います。
ですが最終的に望むことが一つあります。
2週間くらい経った暁には、どうか私の写真データを無事に返してくださいませ。トーク履歴はばくてもまあ問題ない。テキストに込められる気持ちは、多分対面でもたらせる気持ちよりも圧倒的に少ない。だからこそその気持ちをぶつけ合える対面での思い出を形で残した写真だけは、いつでも見返したいし、見返す。思い出の疑似体験なら、文面より写真の方が何枚も上手だ(ただし手紙は例外)(個人の感想です)。
クラウドさんにちゃんと残しているの修理の時アップル店員さんと確認したのでまあクラウドがぶっ壊れなければ大丈夫でしょうけど。こうやってもしものことを想定して、自分にとって大切なことにお身を馳せるのは大切なことです。
追伸
スマホのSIMについてアップルさんに聞いたら外でのデータ通信はできるようになりました。LINEには手を出しておりませんが新しいApple IDを作ることでアプリをダウンロードできる状態にし、インスタグラムで最低限の友人とのやり取りも可能になりました。スマホと半分復縁状態です。なんかあわれなり。
それでは今回も読んでくださり、どうもありがとうございました。
今後もご自愛ください。唐突ながらちなみに何食べるか迷うことがあれば、冷やし中華なんかどうでしょう。コンビニでも売ってますよ(プラスチックごみめっちゃ出るのは気になる)。