デッドラインヒーローズ/ライア
「……パパ…パパ」
まりかの声がする。
「パパ!ねえ、起きて」
「うう、今日は非番」
「パパがお休みでもわたしは学校なの!片付かないから早く朝ご飯食べちゃって!それに今日は夕方からG6でセレモニーがあるんでしょ?その前に美容院に行くんだっていってたじゃない」
そうだった。スタイさんから「そのプリンみたいな頭は絶対なんとかしてくるように」といわれていたんだった。
食卓には鮭と納豆とごはん。味噌汁の具は、白菜。
「まりか、味噌汁旨くなったな」
「……あたりまえでしょ、今ごろ何いってんの?もう5年だよ」
「そうか、そうだよな。それで、今日はまりかもくるんだっけ?」
「うん。月野のおじさんが放課後学校に寄ってくれるから、便乗するよ。神様もきてくれるんでしょ?久しぶりだなあ。わたしのこと、覚えててくれるかな」
「それにしてもさあ、パパも大概面倒くさがりなんだから、その金髪そろそろやめれば?黒に戻して短くした方がさっぱりしていいんじゃないの?」
「んん?ああ、そうかもな。でも、ほら……」
「でもなによ?」
「いや、なんでもない。パパはもうしばらくこれでいくよ」
「へんなの。まあいいわ。わたし学校行くから、洗い物お願いね。あと、夕方出る前に洗濯物の取り込みもね。じゃあ行ってきまーす」
慌ただしく家を出るまりかを見送ってから、仏壇に手を合わせる。
「二代目Cutting Edgeを名乗ってから7年。おれも前線から退くことにしました。麻神学園で実技教官、って話もあったんですが、断りました。ヒーローを育てるなんて柄じゃないし、神様が上司ってもの、なんとも。月野さんのお師匠が、それなら道場で教えてみないかって誘ってくれたので、お世話になることにしました。
石川さん、まりかはもうすぐ高校を卒業します。さすがあんたの娘です。まっすぐな正義感を持った、いい娘に育ってくれました。
まりかが独立するまでもう少し。見守っていてください」
おれを庇って先代が逝ったあとの地獄のような日々のことは、今でもたまに夢に見る。しかし、「ライア」事件を経て、全ては少しずつ、いい方向に変わってきた。
事件のあと、月野さん、いや、ムーンベアーはG6のサイオン代表になった。以来7年間、G6のバックオフィス機能は飛躍的に向上した。面倒見がよく人当たりもいいムーンベアーが組織改革に乗り出したとき、否をいうものはほぼいなかった。
戦闘職のメンタルケアもずいぶん整備された。ヒーローという職業柄、怪我は多いし、ときには死者も出る。でも、あのときのおれのような馬鹿な判断をせずとも、現場は回るようになっている。
ハイエドンドアは麻神学園で学園長を続けている。あの神(ひと)がああも辛抱強く学生たちの相手をしようとは思ってもみなかったが、本神曰く「いやなに、若き子羊たちの相手もまんざら悪いものではないよ。荒削りな物語というのは、それはそれで美しいものだ」だそうだ。
まりかを預けていた施設にも頻繁に出入りしているそうで、どこにそんな暇があるのか、と思うが、まあ神なのでしかたがない。
アルロは学園を卒業したあと、ジャスティカとして活動している。竪琴のエンブレムは今では人気のシンボルで、子供たちの憧れでもあるらしい。出会ったころの線の細い感じはすっかりなりを潜め、しなやかな体躯のヒーローに成長してくれた。今回引退を決めたのも、彼の存在があったからだと思う。
7年前のあの日、月野さんと話をできずにいたら、あの神(ひと)が「物語られる」ことの意味を教えてくれなかったら、おれは今でも、ヒーローを騙り続けていただろう。そうならずに、Cutting Edgeの物語を石川さんとまりかに返せたことが、おれ自身がCutting Edgeの物語を紡いでこられたことが、ありがたく、嬉しく思える。
服を着替えて、ひげを剃って、家を出る。
駅前の美容院までは歩いて15分ほど。
2月の空気は冷たく張りつめているが、風は穏やかで、空は青い。
これなら、今日もなんとかなりそうだ。
さあ、仕事の時間だ。
デッドラインヒーローズ「ライア」
作・GM 遥唯祈
PL スー、すだ、よっぴー(敬称略)