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金儲けの奥義

青年は焦っていた。
人の良い父親が友人の保証人になったばかりに、巨額の負債を抱え200年続いた家業の酒屋も倒産の危機にあった。父親はそれを苦にして、病に倒れた。とても学業を続けられる状態ではないと、青年は学校を中退した。

なんとかしなければ。
青年は親戚、知人を訪ね、金策に走り回ったが、色良い返事をしてくれるとことはなかった。

金策に疲れ果て、もはや訪ねていくところも思い浮かばず、打ちひしがれて下を向いて歩く青年の脳裏に、祖母と両親それにまだ未成年の妹二人が、路頭に迷う姿が浮かび、居ても立っても居られない気持ちになっていた。

その時、地域で一番大きい神社の祭囃子の音が聞こえてきた。
神社に続く沿道にはテキ屋が店を連ねていた。
焼きとうもろこし、焼きイカ等、食べ物を売る店。金魚すくいやちょっとした子供のおもちゃを売る店。どこも元気のいい声をあげて客の気を引いていて、普段なら楽しい光景だったが、青年にとっては苦痛でしかなかった。

その時、テキ屋の店の連なりの端に、占い師が構えるような小さな店が開いているのが目に入った。その店には、【金儲け教えます】と書かれた手書きの小さな看板が立ててあった。

中には、和服を着た品格のある老人が、静かに本を読んでいた。
青年は、周りの賑やかさの中で異質な静かさを保っているその空間に惹かれるように店先に行った。

店先に立つと、気配を察した老人が、鋭い眼光を向け、「どうなされた」と聞いてきた。どうもこうも、金儲けの方法を知りたいから、来たに決まってだろうと、一瞬心に思いながら、青年はその旨を告げた。

「なぜ、金儲けをしたいのかね」と老人が聞いた。
金が欲しいからだ!という心の叫びを抑えながら、青年は、自分の今の状況等を話した。

老人は、キセルに刻みタバコを詰め、静かに紫煙をふかしながら、ふむふむと青年の話を聞いていた。そして、深くゆっくり頷きながら、「あなたの事情も金が欲しいということもわかった」。と言って、心の奥底まで見とうすような鋭い目で、しばらく青年を見つめた。

そして、天を仰ぐように顔上げ、目を瞑り、腕を組んで考え込んでいるようだった。青年は、こんな縁日のテキ屋の老人に聞くのが間違いだったんだと後悔し始めていた。

しばらく経ってから、老人は青年の顔をひたと見据えて、「よろしいでしょう。教えてしんぜよう。」と、桐の箱を取り出した。
「あなたの望む金儲けの方法は、この桐の箱の中に入れある本に書いてある。この方法は、私が生涯をかけて探求して見つけたものだ。書いてある通りにすれば、あなたが望むだけのお金が手に入れることができるでしょう。ただし、この方法の奥義は、この本を一回読んでわかる場合もあるが、何回もいや、何百回も何千回も読み、考えなければわからないかもしれない。」

その覚悟はあるかというように、老人は青年の目をまた鋭い目で見つめた。
そして、この本は、天下の秘技であるから、絶対誰にも見られないように。
本を持っているということ自体、知られないようにと釘を刺された。

値段は、10万円ということだった。一瞬、ウッと思ったが、天下の秘技ならそれでも安いと思い直した。
持ち合わせのなかった青年は、大急ぎで家に帰り、10万円を引っ掴んで、神社に戻った。早く、戻らなければ、老人がどこかに行ってしまうのではないか、あるいは誰か他のものに売ってしまうのではなかいと気が気でなかった。

青年は家に帰り、みんなが寝静まった深夜、自分の部屋に鍵をかけ、紫の風呂敷に包まれた桐の箱を取り出した。
箱を開けると、中には100ページ程の手製の本が入っていた。表紙には、達筆な字で、【金儲けの奥義】と書いてあった。

表紙をめくると、『これは金儲けの奥義を記した本である。最初から最後まで読み、よく考えるべし。さすれば、汝は望みを達することができるであろう。』と書いてあった。

そこで、次のページを捲ると、ん・・・何も書いてない。
落丁かと思い、次のページをめくった。何も書いてない。白紙・・・・
次のページもその次のページも、その次も・・・・何も書いてない。白紙。

天下の秘技だから、炙り出しにでもなっているのかと、斜めにして見てみたり、電灯にすかしてみたしたが、それらしき形跡がない!

そして、ページをめくりにめくって最後のページに達した。
そこには、
「この本と同じものを作り、売るべし」
と書いてあった。

青年は怒りと絶望と自己嫌悪で目の前が真っ暗になった。

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私は、最初この話を聞いた時、大笑いした。
なんととぼけた詐欺なんだと。
そして間抜けな青年がいたものだと。

しかし、この話は、ずっと心のどこかに引っかかっていた。
これは、詐欺だろうか。

詐欺とは人を騙して利益を得ることだが、騙していると言えるのか。
本の最後に書いてあるように、金儲けの奥義の「本」を売れば金儲けできる。間違いではない。

だが、青年が期待していたものとは、明らかに違う。
青年は、これこれの分野のこれこれのものを作り、これこれの人に、これこれの方法で、これこれの値段で売ればいいというようなことを期待していたと思う。

だから、違う。
実際、この青年に起きたような話は、現在でもたくさんある。

しかし・・・・・

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青年は、その後紆余曲折はあったが、あの縁日のくやしをばねに必死の努力と弛まぬ研究心を持って働き、見事家業の酒屋を再興させたばかりか、時流を見極め、次々と新しい事業を起こし、ついには、その地方の一大企業群を作り上げた。

もちろん、あの本は売らなかった。
しかし、そろそろ、この世とおさらばかと思うようになった、ある日、柔らかな日差しが差し込む書斎で、AIがこれから社会をどう変えるかがテーマのの本を読み終え、タバコをふかしながら書棚にある、あの本に目が行った時、突然電撃が走った。

自分がビジネスで成功してきたいわば奥義は、これだった!
そして、空白の90ページの意味もわかった。
今は老年に達した青年は、しばらく感動に震えて固まっていた。

やがて、カレンダーで神社のお祭りの日を調べ、「さて、売れる青年に出会えるかな」と独り言を言った。その顔は、ニヤリとしながら、心から嬉しそうだった。






昔話。

陽介は焦っていた。過去に大学受験に失敗し、今また、会社をやめて独立して立ち上げた事業がうまくいかず倒産寸前だ。貯金も底をついた。
あちこち金策に回っているが、どこも冷たく助けてくれない。

尽き欠けている。つけかけている。お祭りの縁日に、テキ屋さん店を出し、が本を売っていた。
この本を読めば、誰でも、百万円稼ぐ方法がわかるよ。
本当は、人に教えたくないけど、

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