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イスラエルのチェルケス人について 〜「誘拐婚の村」そして「イスラエル国軍に従事するイスラム教徒」〜

5年前のこと。私は日本の大学を卒業後、イスラエルのテルアビブ大学の修士課程に進学した。
主に留学生向けの国際修士課程というコースで移民研究を学ぶためだった。

最初の一週間ほどはオリエンテーション期間で、イスラエル国内の様々な移民の形態について実地で触れる体験をした。

イスラエル建国以前の19世紀以後からのユダヤ人たちの最初の入植地、敬虔なキリスト教信仰を基盤にしたドイツ人によるキブツ、1948年のイスラエル建国時にブルドーザーで破壊されたパレスチナ人たちの村の跡地、エチオピア系ユダヤ人を受け入れるための施設など。

その中で私が一番興味を引いたのが、イスラエル北部にあるクファル・カマKfar Kamaというチェルケス人村だった。

私は最初、チェルケス人Circassianと聞いて「チェルケス人??一体どこの民族??」とチンプンカンプンだった。

ミニバスで村に到着した私たちは、そのままチェルケス人の男性ガイドに「チェルケス人文化センター」に案内された。


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私たちが案内されたクファル・カマの「チェルケス人文化センター」。



1. チェルケス人とは誰か

センターの中では、動画を交えながらチェルケス人についての歴史や、現在チェルケス人が置かれている現状や言語などの説明を受けた。

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コーカサス地域の民族分布図。wikipedia より。

チェルケス人は元々北西コーカサス(ジョージアの北あたり)の独立した領土に暮らしていたこと、宗教はイスラム教を信仰していること、1864年にロシアの南下政策により150万人ものチェルケス人が虐殺され、残ったチェルケス人は流浪の民として黒海を渡って当時のオスマン帝国領全体に散らばったこと、イスラエルには5000人ぐらいのチェルケス系住民が暮らしていること、ヨルダンでは王室直属の近衛兵としてチェルケス人が代々受け継いでいること、現在最大のチェルケス系住民が暮らしているのはトルコで最大で500万人ぐらいいること、チェルケス人の固有言語アディゲ語は世界で最も原始的な言語の特徴を保有していると言われていること(アディゲ語は水[プスーпсы ]、空気[ジューжьы]など擬音語がそのまま言葉になったような単語が多いことから)など、初めて知ることばかりなのにどれも私にとって魅力的な情報ばかりだった。

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アディゲ語を表記するために昔使われていた文字だよ、と見せられた画像。今はロシア語と同じキリル文字が使われている。

2. 誘拐婚について

説明の途中、参加者の間で議論が紛糾した点があった。チェルケス人村で今でも行われている「誘拐婚」の伝統についてである。

チェルケス人男性の武勇を示すために必要な儀式だという。まず、馬にまたがった若者が村の若い女性を自分の後ろに乗せて銃で号砲を鳴らす。それが合図となり、娘の親戚たちが力づくで娘を奪おうとする。追っ手からうまく逃げおおせれば逃避行は成功し、そのまま結婚式が挙げられる。チェルケス人村では古くから行われていて、イスラエル政府も半ば黙認している風習なんだそうだ。

この説明を聞いた後参加者たちは口々に違和感を表明した。
「いくら伝統だからといってこんなことが行われていいの?」
「女性側の意志は尊重されないの?」 

など、北米やヨーロッパから来た学生たちは納得できないという面持ちだった。

3. イスラエルで活躍するスンナ派イスラム教徒としてのチェルケス人の現状

また、チェルケス人は、ドゥルーズ派と同じくイスラエル国軍(IDF)に従事するイスラム教徒として知られる。
チェルケス人は10〜13世紀頃にジョージアの影響下にあり、その間にキリスト教を受容していた。
17世紀にはタタール人の宣教により、多くがイスラム教スンナ派に改宗した。

イスラエルのチェルケス人は、1920年代には主にロシアからのユダヤ人のパレスチナ地域への入植を手伝った。同じディアスポラの歴史を共有している、ということもありシンパシーを感じたことも影響したようだ。

そういう歴史も背景にあるからなのか、イスラエル政府とチェルケス人との関係は良好だ。
2011年にはドゥルーズ派と含めて、総額約2億円の予算がチェルケス人の教育や文化振興のためにイスラエル政府から割り当てられた。

イスラエルで活躍するチェルケス系住民として、サッカーのイスラエル代表として活躍するビブラス・ナトホが挙げられる。
ナトホはクファル・カマ出身のチェルケス人である。

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ナトホは、19歳以下イスラエル代表のキャプテンを務めたこともある。

スンナ派イスラム教徒がサッカーのイスラエル代表でキャプテンを務めていただなんて、少し中東情勢に詳しい人なら信じられないことかもしれない。

また、チェルケス人の多くはイスラエル警察や、イスラエル国境警備隊、刑務官などを務めている。

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センターの敷地内で振る舞われたチェルケス人の料理。 ユダヤ教の摂食規定カシュルートに則ったコシェール料理も希望者に応じて用意された。

いずれにしても、イスラエルの中で特異な地位を占めているチェルケス人。興味は尽きない。



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