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見えてきたウクライナ軍の敗北 - 反転攻勢の挫折とフェイドアウトに動くアメリカ

しばらく目を離している間に、ウクライナ情勢が大きく変わっていた。6月から始まったウクライナ軍の反転攻勢が2か月経ってもほとんど成果を上げておらず、西側の政府と軍事関係筋の間で悲観論が漂い始めている。ロシア軍が南部戦線に築いた防衛線を突破できず、NATO投入の最新鋭の戦車車両が地雷やドローン攻撃の逆襲で破壊され、作戦に出たウクライナ軍の機甲部隊に大きな損耗が生じている。反転攻勢は期待倒れに終わってしまった。CNNの 8/9 の記事は、欧米の当局者(匿名)の声を紹介し、次のように書いている。

取材に応じた当局者らは(略)今や一部の欧米諸国からウクライナに対し、和平協議の開始を迫る声が出ている状況だと明らかにした。領土割譲の可能性を検討するよう求める声も出ているという。(略)ウクライナ当局者と欧米の支援者の間で「非難合戦」が始まるだろうと懸念する当局者もいる。

また、同じCNNの 8/4 の報道では、ウクライナへの追加資金支援にアメリカ国民の55%が反対という世論調査の数字が公表されている。賛成は45%。共和党支持者の71%が反対、民主党支持者の62%が賛成を表明、党派によって割れているが、戦争の長期化を危惧する声は国民全体に共通している。このまま戦局の膠着が長引けば、アメリカの世論はさらにウクライナ戦争への関与を忌避する方向に流れ、停戦を求める気運が高まって行くだろう。アメリカのウクライナ戦争についての方針は、来年の大統領選を睨んだ政治課題となり、世論動向に大きく影響を受けざるを得ない。共和党側がバイデン政権の失敗を強調して批判する戦略に出ることは疑いなく、民主党側は守勢に回り、ウクライナへの追加支援にブレーキがかかるのは確実だ。

二つのCNN報道は、反転攻勢が功を奏してない戦場の現実と合わせて、8/11 のBS日テレの番組で紹介されていた。日本国内のテレビ報道では、アメリカやウクライナに都合の悪い情報は流されない。ウクライナ戦争についてのマスコミ報道は、解説と称する内容も含めて完全に大本営報道と化していて、ウクライナを美化し、ウクライナ側の戦果を過大評価し、ロシアとプーチンを叩く情報と言説で終始している。日本はこの戦争の「連合国」の一員であり、アメリカに指図され許可された「情報戦」の内容しか公共の電波で流されない戦時体制になっている。ウクライナ側に不利な報道を正直に放送するのは珍しい現象だったが、アメリカ国内でCNNが流しているのだから、日本もそれに合わせる編集を組んだのだろう。苦戦を認める小泉悠の顔が歪んでいた。

チャンネル桜という右翼のネット動画配信局があり、これまで一度も見たことがなかったが、note の読者からメールで案内があったので視聴してみた。『何処に行くウクライナと米露中の未来』と題して、7/25 に4人の論者が出演している。うち、用田和仁と矢野義昭は自衛隊の元幹部。マスコミの大本営報道とは全く異なる、逆の見方の戦局分析が披露されていて、非常に興味深い。イデオロギーのバイアスの悪臭には閉口させられるが、ウクライナ戦争の軍事解説としては説得力がある。用田和仁は、ウクライナ軍側に戦線投入する兵員の余力がない点を看破、逆にロシア軍側は春に召集した新兵が訓練を終え、それに伴って国内に温存確保していた10万人の部隊で第二戦線を作ると述べている。今後、ハリコフからリマンにかけての東部戦線でロシア軍が押し出すと予想を示した。

矢野義昭の着眼はさらに興味深くて、NATO側は今年10月には弾切れを起こすと断じている。矢野義昭によると、ロシア軍は榴弾砲の砲弾を1日6万発撃っていて、国内の生産体制は1日3万発が維持されている。それに対して、NATO側は1日3000発の生産規模を6000発に引き上げるレベルでしかないと言う。非常に意外な話だが、事実であればアメリカの軍事的盲点だろう。根拠と確証を探ろうとネットを検索すると、今年2月にストルテンベルクがNATOの弾薬備蓄について懸念した報道があり、生産能力を増強しないと現状の使用ペースでは枯渇すると危機感を示していた。が、工場の新設着工から始める必要があり、簡単には数量を増やせない。米軍は、過去にこれほど大量に砲弾を消費する戦争を行った経験がなかったため、この不足に陥ったと矢野義昭は解説する。

6月のロイターの記事では、アメリカが砲弾の生産に必要な火薬を日本企業から調達しようとしているとある。Wedge が詳細を検証していて、アメリカは、月3250発だった155ミリ榴弾の生産量を23年春までに月2万発に引き上げ、25年までに月4万発に増産させる計画だという。が、それでも備蓄在庫の再構築には6年を要し、月10万発超を消費するウクライナ戦争のような大型戦争には対応できないと結論している。アメリカが焦っている真の理由は、ウクライナ戦争への対応ではなく、その先に控えている台湾有事に使う砲弾の備蓄問題だろう。台湾有事でも激しい地上戦は想定される。榴弾砲とロケット砲の出番となる。台湾有事は3年後に開戦予定だ。その輜重の準備を考えると、ウクライナで無闇に弾薬を浪費してストックを空にするわけにはいかない。台湾有事のために蓄えを残す必要がある。

そのロジスティックスから計算すると、アメリカはウクライナ戦争を早くやめないといけないという要請と判断になる。矢野義昭は、来年春には停戦すると予測を述べている。動画の議論参加者の一人であるマックス・フォン・シュラーは、もっと大胆に、今年秋にウクライナ戦争は終了だと言う。昨年11月末、私は『ウクライナ戦争の結末を大胆予想 - アメリカが手を引いて終わり』の記事を書いた。そこから半年が経ち、事態はどうやら予想した進行に向かっている。2014年のマイダン革命から始まるこの戦争は、プーチン体制転覆を狙ったネオコンのカラー革命の延長であり、アメリカNATOによるロシア侵略の本質的性格を持っている。この点は、ミアシャイマーとかE・トッドと同じ認識であり、和田春樹や浅井基文や孫崎亨と同じ視角である。それゆえ「陰謀論者」のレッテルを貼られて誹謗中傷を受けてきた。

トランプは、大統領に返り咲いた場合はウクライナへの支援を停止すると予告している。今秋から一年間続く大統領選レースの政策論争が、ウクライナ支援の継続の是非に焦点が当たるのは必至で、現在の情勢から見通せば、アメリカの支援停止を求める国内世論が多くなるのは明白だ。だからこそ、ゼレンスキーはこの時期の反転攻勢を成功させる必要があった。戦線膠着は戦争の全体情勢をプーチンの有利に運ぶ。用田和仁や矢野義昭の分析が正しければ、アメリカ(ホワイトハウスと軍CIA)は、早い時期に停戦工作に動くしかない。停戦和平の国際政治をサウジや中国の主導で演出されることを嫌い、自らプーチンとコンタクトして水面下で条件交渉するだろう。そして、バイデン政権が選挙でアピールできる「戦争の勝利成果」の材料を得ようとするはずだ。

プーチンはそれに乗り、どこかの時点でフランスとドイツも加わって一時停戦の形ができるのではないか。結局、それは嘗てのミンスク合意を拡大したスキームと同じで、ミンスク合意にアメリカが加わった代物と同じだ。停戦工作は大統領選レースと並行して進み、軍事境界線の固定化を確定づけ、アメリカによるウクライナ支援のフェイドアウトを方向づけるに違いない。米大統領選の結果がどうあれ、そこから2年後には台湾有事が控えている。アメリカは二正面作戦の重荷を避け、ヨーロッパ方面の軍事負担を軽くする選択に出るだろう。もし、米中戦争(台湾有事)が第三次世界大戦となり、中国とロシアの同盟とアメリカが戦うとなった場合には、アメリカはロシアの核と正面対峙する羽目になる。それを避け、ロシアを中立化させるべく、今後、アメリカはロシアに再接近するだろう。

右翼の動画論者が言っているとおり、NATOは揺らぎ、「自由と民主主義」のイデオロギーは後退する局面となる。無論、ロシアは境界線の現状凍結で最終的に満足するわけではなく、ウクライナのNATO非加盟の担保で永遠の了解に着地するわけでもない。本来の民族的地政学的な生理と論理に従って、ウクライナの原状回復 ー 親ロシアのウクライナ ー を求めてその後も動くだろう。だけでなく、バルト3国とフィンランドの安保上の原状回復も追求し、20年かけても30年かけても、それを実現しようとするに違いない。右翼論者の意見では、NATOが崩れた後、東欧北欧諸国の新安全保障スキームが構築されるべしと言うが、私は、アメリカ抜きでそんな枠組みが立ち上がるとは思わない。絵に描いた餅だ。アメリカがヨーロッパから手を引いた後は、東欧はきわめて不安定になり、また別の戦争(紛争)が始まるだろう。

高橋杉雄が、8/14 を期して、しばらくメディアから姿を消すと言っている。朗報である。慶賀すべきニュースだ。ウクライナの反転攻勢の失敗とアメリカの戦争方針の変化を示唆する予兆が、この「人事」の背景にあるのだろうと推測する。要するに、機を見るに敏で、自己の言論上の立場を維持できなくなって素早く逃げ始めたという意味だ。台湾有事の工作に本腰を入れて専念するという任務上の事情もあるのだろう。他の15人ほどの、防衛研や元自衛隊幹部の戦争プロパガンダ・オールスターズも、一緒に早く消えてくれるといい。たっぷりギャラを稼ぎまくって、一生遊んで暮らせる富を手に入れただろう。もう見飽きた。入れ替わりに、羽場久美子とか和田春樹とか松里公孝とか伊東孝之とか西谷修とか、当初から停戦和平を唱えていたアカデミー系の良識派が、テレビの前面に復活登場して正論を語ってくれるといい。

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