よんのばいすう6-28 2021.6.28
『ジゼル』誕生から180年
バレエの名作『ジゼル』をご存じですか?1830〜40年代に隆盛を極めたロマンティックバレエの傑作です。この『ジゼル』がパリのオペラ座で初演されたのが1841年6月28日でした。
自慢じゃないですけど、カラダ硬いです(笑) そんな私も一度だけ「大人のためのバレエ教室」の門を叩いたことがあります。50代に入ったぐらいの頃でしょうか。少しは柔軟性が養えるかなと目論んだのですが、ものの見事に挫折。3カ月と保ちませんでした。穴があったら入りたいとはあのことを言うのでしょうね。娘も見事に私のDNAを受け継ぎ、4歳ぐらいから5年ぐらいお稽古に通わせましたが、買ったトゥシューズは一度も履かせてもらえず、上達を見ないまま終了。とはいえ、3ヵ月で諦めた母より5年頑張った娘の方がよっぽど偉いですね。なにせ、娘が通ったのは本当にスパルタティックなバレエ教室でしたから💦
そんな私でも、バレエを観るのは好きです。一流バレエダンサーの踊りは、同じ重力を感じているとは思えないほど軽やかで柔らかで、しかも超絶技巧をいとも簡単にやってらっしゃいます。その上、言葉や表情をすべて踊りに託して表現する、この上もなく美しい芸術です。中でも好きなのが『ジゼル』なのです。私はバレエ特有の短いチュチュが何だか好きにはなれません。敢えて言うなら、男性ダンサーのタイツ姿も(笑)。でも、『ジゼル』にはあのチュチュ姿はありません。主人公のジゼルは農民の娘。チロリアンなブラウスに胸当て付きの愛らしいスカート姿です。現代的にアレンジされている舞台もありますが。
第一幕の舞台設定も村の中。母と暮らすジゼルの家に一人の青年が訪れるところから始まります。その青年はアルブレヒト。貴族の身分を隠し、ロイスと名乗ってジゼルと恋に落ちています。何しろ、男性プリンシパルの役はたいてい背の高いイケメン王子がお約束。アルブレヒトもその典型です。しかもバティルドという同じ貴族の令嬢と婚約しているのに、ジゼルにはそれも隠しているという役どころ。ジゼルはそんなことも知らず、バティルドを憧れの存在のように慕い、バティルドもジゼルにネックレスをプレゼントするほど仲良しにもなっています。ところが、ジゼルを密かに好きなヒラリオンという農民の青年(こちらはちょっとイケてない設定笑)が、恋敵アルブレヒトの身分を暴いてしまうからさぁ大変。そこにバティルドも現れて、左手の指に光る指輪を見せてジゼルに「彼は私の婚約者よ」なんて言っちゃうので、大ショックの余りジゼルは発狂してしまいます。純粋に愛している人の裏切りを知ったのですから、それも仕方ない。しかも、ジゼルは元々身体が弱い設定で、アルブレヒト扮するロイスをいつ失うかを恐れていました。花占いで「愛してる愛してない」と花びらをちぎって「愛してない」になりそうだと悲しむような娘でした。母親はそんな娘を心配して、「あまり踊ると死んでウィリになってしまうよ」と予言していたのですが、心配した通りにジゼルはそのまま死んでしまうのです。
第二幕は薄暗い森の中。あるのはただ、ジゼルの墓石だけ。この設定が、昔墓マイラーだった私をいたくくすぐりました。そこに現れるのがヒラリオン。墓石に縋りつきながらも、森の恐ろしい雰囲気を感じ、逃げまどいます。そしてウィリの女王ミルタ登場。舞台の奥、薄暗がりをベールをかぶり白いドレス姿のミルタが、パドブレというそうですが、つま先立ちだけでサササ~と移動するさまは、もはや人間とは思えません。そうウィリは、婚約者に裏切られ結婚式を挙げる前に死んでしまった娘が妖精となって現れたいわば幽霊的存在なのです。だからコスチュームは花嫁を思わせる真っ白なドレスなのです。その後にたくさん現れるウィリの親分がミルタであり、ローズマリーの枝を手に、ウィリとともに、森に迷い込んだ若者をかたっぱしから取り囲んで死ぬまで踊らせるという恐ろしい妖精です。これは、ドイツやスラブ地方で語り継がれている伝説を詩人のハイネが書いている本から脚本家のゴーティエが着想を得て物語に登場させたとしていますが、それ以外にも説はあるようです。いつしか現れたジゼルもウィリたちの中で踊るのでした。
百合の花を胸に抱いてアルブレヒトが登場。ジゼルの墓前に花を捧げます。
いやぁ、それにしても、このミルタ率いるウィリ軍団の恐ろしいこと‼女の恨みは恐ろしいのことよ、と言わんばかしに、裏切った男への逆襲を冷酷なまでにするところが、第2幕の真骨頂。まず餌食になったのはヒラリオンでした。もとはといえばジゼルへの恋慕から始まったのですが、結果としてジゼルを死なせてしまった。なので、「月に向かってお仕置きよ」とばかりウィリとミルタによって踊り殺されます。何せ、一番気の毒な役回りです。
ミルタはアルブレヒトにも踊りの罰を与えます。くたくたになって倒れてはまた踊り始めるアルブレヒト。情けないけど、美しいダンサーがやるとやはりカッコいいんですね。そんな彼を許してほしいとジゼルはミルタに懇願します。自分を不幸のどん底に陥れたはずの男を、ジゼルは恨むどころか助けようとするのです(それだけに、ヒラリオンが余計かわいそう💦)。そして愛を交感するように踊る二人。ジゼルはもはや黄泉の国の亡霊と化している。生きて愛し合うことは叶わないのに、心は深く傷ついているのにジゼルはアルブレヒトを許すのです。観る者はそこに愛の深さを感じないわけにいきません。さらにウィリたちに踊らされ、アルブレヒトは精も根近も尽き果て倒れるのですが、その時に鐘が4回鳴ります。そしてミルタとウィリたちも消えていきます。
鐘が4回鳴るのは朝の4時を告げているわけです。草木も眠る丑三つ時と言いますが、それはだいたい午前1時~3時頃。4時はしらじら夜が明ける時刻なのでしょう。アルブレヒトは命が助かります。そう、ジゼルが愛の力でミルタから彼を守り切ったのです。さすが、「よん」の力は偉大だぁ(笑) しかしそれは同時に、ジゼルがまた黄泉の国へ戻ることでもありました。永遠の別れ。ジゼルは形見のように彼に花を一輪渡し、やがて消えていきます。アルブレヒトはようやく自分が深くジゼルを愛していることに気づき、その花を抱きながらただ茫然とするのでした。
今回、何度もyoutubeで観返して、初演から180年もたっているのにいまだに『ジゼル』が愛されているのは何故なのかがわかりました。恋の愚かさ、罪の報い、そして愛はやはり崇高なるものだというのは、今も変わらない普遍性なんですね。それを音楽と身体表現だけで物語るバレエの何と美しいことか。たゆまぬ訓練を続けた者たちだけが踊ることを許されている世界です。コロナ禍でバレエ団も公演がストップし、世界何のバレエダンサーが苦しんでいると思いますが、私たちに感動を与えてもらえる芸術の火は、これからもともし続けていただきたいと切に願います。
ちなみに『ジゼル』の音楽を作ったアドルフ・アダンは1803年7月24日、パリ生まれ。やっぱ4にご縁があるんですねぇ、えへへ。当時は売れっ子だったそうですが、その後莫大な借金を抱え、52歳で亡くなっています。モンマルトル墓地で眠っているそうな。彼の作品で現在残っているのは、この『ジゼル』と、クリスマスソングで有名な『さやかに星はきらめき』ぐらいだそうです。まぁ、たとえ一発屋でも、名前はそれほど知られてなくても、作品が愛されているだけ幸せといえそうですね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?