無駄って有用なこと?
充実ではなく余白を持つこと
それは僕が最近学んだことである。
学んだというか、再認識した。
頭にも人生にも余白が必要と。
正直な気持ちを言うと、
余白より充実した人生を送りたいし過ごしたい!
って思う。
事実、そう思って今年に入ってから、トップギアで進めてきた。
もっと成長させる!頑張っていく!
と。
しかしこの前、いろんなストレスもかかりすぎてしんどくなった時がある。
ストレスを感じると下痢が出て、
ガムを噛みまくって、何か落ち着かなくなり…
改めて自分を再認識する時間を作った。
振り返ると、
何々しなきゃ。
あれもやらなきゃ。
ちゃんとしなきゃ。
プレッシャーを自分にかけまくって。
自分のことを好きにではなく、嫌いになって。
自分で自分を落とすという日々を過ごしていた。
自分で自分を苦しめ
自分で自分を傷つけてしまうような
鋭く削られた鉛筆の芯のように何かの拍子に折れそうな感じだったと思う。
誰かに何か言われて、どうしようと勝手にパニックになり、
人に言われたことをネガティブに捉えていた。
しかも、何もしない時間を持つということが、自分にとって苦痛。
じっとすることもできない。
休み方がわからない。下手な人間。
そんな器用ではなく、不器用な僕が心安らかに過ごし、内省をしていくことで、何事にも余白が必要だと気づいた。
実はこれまで、リストカットも自傷行為もしたことあるし
人間不信にもなったことがある。
スーパーポジティブな人ではない。
根っこはネガティブな根暗な人間がとにかく
考え、考えて…
余白を持つことが大切だと気づいた。
そうだ。余白を持とう。
ではどうすれば、余白が持てるのだろうか。
僕の案は、仏になることである。
僕の仏のイメージは、
・何もかも広く遠く見通してる
・心に余裕があり、冷静に対応できる
・時間の経ち方が違うこの1分の感覚は1時間という感覚である
・どんな過ちや失敗でも許せる
というイメージである。
天上天下唯我独尊みたいな人の上に立つ人ではない。
なぜなら、ブッダも人なのだから。
同じ人、人間である。
それを意識してから変化したことがある。
・冷静になって考えることができる
・ゆっくり時間をかけて考えれる
・一呼吸おいて行動することができる
そこから世界の見え方、感じ方は変わったような気がする。
人生にも心にも、思考にも。余白がないと潰れてしまいそうな世の中で