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財務DDは大きく2つに分類できる

1. はじめに

本記事では財務DDを分類する試みを行います。

どの粒度で分類するかは、抽象度(具体性)によるため人それぞれの感覚がおありだと思います。

業界から遠い人からすれば財務DDに分類など存在しませんし、財務DDのプロからすれば200種類の財務DDが存在するのかもしれません。

はたまた超一流になると高度な抽象化により1種類に収れんするのかもしれません。

本記事の結論を先にお示しすると、「財務DDは大まかに2種類に分類できる」との立場です。

これは想定読者が財務DDに興味のある方、財務DDに従事し始めた方といった「興味関心のある初級者」としているためです。

中級者~上級者の諸先輩方には、「こういう前提では●分類できると認識している」という別の視点での解説を期待しております。

なお、有料設定をしておりますが、メインは無料で読めます。


留意点

私の認識は実務におけるスタンダードというわけではありません。

あくまで、私の整理を記載しているにすぎず、本記事で使用される分類や用語が実務において当然に通じるわけではない点に留意してほしいと思います。

重ねてですが、本記事は財務DDに興味のある方・財務DDに従事し始めた方に向けて財務DDの大まかな分類を説明することで、自走しやすくなることを目的としています。


自己紹介

公認会計士。監査法人を経て財務DD、バリュエーション業務に従事しています。




2. 財務DDって監査みたいなものだよね

財務DDって監査みたいなものだよねというフレーズを耳にするとき、私は「そういうDD/DDレポートもあるよね」と思います。

財務DDに従事し始めたころは、「全然違うじゃねえか、誰だ財務DDって監査みたいなものだよねって言ったやつは!」と憤っていたのですが、様々な財務DDに従事してみると少し見える景色が違ってきました。

上記はあくまで私の感想ですので、財務DDの絶対的教科書であるPwCの書籍における記載を確認します。

PwCの書籍では、①調査対象、②調査手続、③情報アクセスの程度、④確認/立証、⑤報告形式、⑥会計基準と財務諸表監査の限界の6点において相違する(*1)との立場をとっています。

*1) PwC(2014)、M&Aを成功に導く財務デューデリジェンスの実務 <第4版>、中央経済社、P.17


たしかに財務DDのレポートにおいて、保証業務ではない旨の記載がなされているのはこうした理由なのかもしれません。

PwCを正とすれば「財務DDって監査みたいなものだよね」というフレーズに対し「そういうDD/DDレポートもあるよね」という感想を抱くのは誤りなのでしょうか。

PwCの威を借りて、そんなものは財務DDとはいわないと主張するべきなのかもしれません。



3. 結論

とはいえ、それだと話が終わってしまいますので、市場においてどのような財務DDレポートが存在するのかという点に着目して説明したいと思います。

重複しますが、財務DDには大きく分けて2種類あります。


1つは主にFCFに着目した財務DDであり、バリュエーション手法との関係では主にDCF法(結果としてマルチプル法も)を意識した分析といえます。

もう1つは主に(正常収益力を含む)実態FSに着目した財務DDです。

科目別に分析を行うケースが多く調整後EBITDA、実態BSの把握に主眼が置かれるため、バリュエーション手法との関係ではマルチプル法・純資産法を意識した分析といえます。

結論は以上です。あっさりしています。


「実際にどのように異なるのか」については参考書籍に譲るものとして、以降は想定質問や補足情報を記載します。

どちらかというと、財務DDの分類に関連して想定質問部分や補足情報を記載したかったため本記事を作成しました。



4. 想定質問「事業再生の財務DDは?」

事業再生の財務DDはM&Aの財務DDには見られない指標が重要視されています。

気になる人は福島朋亮氏ら(2022)「中小企業再生のための財務DD」、きんざいをご一読ください。

しかしながら、抽象度をそれなりのレベルに高めれば、実態FSに着目した財務DD+αと整理できると判断して分類の一項目とはしておりません。


5. 想定質問「金融系の財務DDは?」

金融系企業の財務DDはその事業特性(マッキンゼーの企業価値評価では、事業戦略と資金調達(資本構成)が密接に関係しあう(*2)としている)から上記の財務DD分類からは除外しています。

なお、金融系の財務DDは私の経験が浅く言語化できるほどの情報を持ち合わせていないため、記事における解説は予定しておりません。

本当にざっくりといえば、より一層BSに着目する財務DDになると思ってください。

*2:マッキンゼー・アンド・カンパニー(2022)「企業価値評価 バリュエーションの理論と実践 第7版 下」、ダイヤモンド社、P.405


6. 想定質問「Big4 FAS、独立系FASと財務DD分類との関係は?」

Big4の場合FCFに主眼を置いた財務DD、独立系FASの場合実態FSに主眼を置いた財務DDに該当すると決まっているわけではありません。

クライアントの要望(対象会社の状況)によります。

しかしながらBig4においては前者のFCFを重視する財務DDをベースに実態FSも見ているレポートが大半である理解でいいと思います。

Big4において実態FSを重視する財務DDを行うとすれば、①クライアントがファンドや大手事業会社であり、②再生型M&Aの場合が主なケースとなるでしょう。


7. 補足「日本公認会計士協会 東京会 足立会が公表した『財務DDツール用フォーマット』」

すでに非公開とされているようですが、2023年に足立会から財務DDツール用フォーマットが公開されました。

こうしたフォーマットが公開されたことを評価する一方で、基本的にFAS界隈からは否定的な声が上がりました。

背景はRemさん(xのLinkはこちら)がまとめてくださっているため勝手に紹介します。

否定的な声が上がった理由もRemさんがまとめてくださっていますが、前提が共有されておらず、フォーマットが一人歩きする結果、さも本フォーマットであらゆる財務DDに対応できると誤解される可能性があったことからでしょう。

本記事を書く一つのきっかけになりました。なお、私はこうしたテンプレートを公開することは品質向上につながると考えていますので、基本的には好意的にとらえています。


8. 補足「財務DDの分類と専門書の関係」

世の中に出ている専門書がどちらに該当するかについても留意が必要です。

PwCの財務DD書籍は主にFCFに着目する財務DDの解説書に該当します。

一方で、GSS山田先生(xのLinkはこちら)の書籍や佐和先生のチェックリスト書籍はどちらかというと後者寄りの実態FSに着目した書籍として捉えたほうが頭は混乱しません

※あくまで混乱しないというだけで、どちらの前提で書かれているかは把握できておりません。例えば、GSS山田先生の書籍でも当然FCFに触れられています。


なお、財務デューデリジェンス書籍の紹介記事はこちらになります。おすすめ度と概要を記しておりますのでぜひ一度ご覧ください。



9. さいごに(無料部分)

ここまでいかがでしたでしょうか。批判やご指摘を受ける可能性はあり、公開には勇気が必要ですが、それもまた勉強になりますのでぜひ忌憚なき意見をお寄せください。

有料部分では、①財務DD分類と難しさ、②市場に対する問題意識、③話がなんとなく繋がって最近のあれこれ(約1,500字)について言及しています。

個人的な話とまとまっていない思考をそのまま記載していることから、有料設定としています。主題に関連した本質的な話をしているわけではありません。

ここまでの内容がいいと思った方、応援してくださる方、この先の内容が気になる方は是非ご購入してくださると嬉しいです。


10.それぞれの難しさと個人的困難さ

では、それぞれの難しさはどうでしょうか。

①FCFに主眼を置いた財務DDの難しさ

FCFに主眼を置いた財務DDはM&Aに対する経験・前提知識がないと分析どころがズレるという難しさがあると思います。

それこそバリュエーション、SPA、クロージング、PMIといった後工程の知識・経験が必要ですし、もっと前提となる企業戦略、その手段としてのM&Aの位置づけといったところも理解する必要が出てきます。

上記のように少なくとも監査ではないので、監査法人からFASのFDDに移られた方はかなり面を食らうところです。

例えば、FCFを構成する運転資本に関する分析は、ビジネスモデル、これまでのトレンド、季節性、資金繰り分析との整合といった点での検証をしています。

それらの分析は以下のように役立ちます。

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