とあるさまーない
「あつい…」
カンカン照り、雲ひとつなく、道行く人はまばら、アスファルトに照り返す熱気、陽炎に歪む信号機、加えてビル群のガラスに反射して太陽が星の数ほど見える。
汗だくになりながら、ワイシャツにネクタイのその男はその一言を言うことで精一杯の抵抗をしていた。
それで何も変わらなくとも、現実を言葉にすれば少しは客観視出来るのだろう。
彼は会社員、今年で31になる。
何をしているかって?
なんてことはない。ただの出勤だ。遅刻のね。
その遅刻に至るシーンに、少し巻き戻そうか。
巻き戻すなんて表現も、ビデオがテープだった世代だと思わせる。歳をとった、いや、時代は瞬く間に変わっていくのだと痛感する。
遅刻する前日、八月五日。
彼は休み前に片付けなければならない仕事に追われていた。他部署との夏休み後の仕事の段取り、派遣や海外拠点の夏休み中にする仕事の指示、加えて自分の今後の将来像を上司に報告、視点は会社を俯瞰したものから自分軸の視点に目まぐるしく変わる。
本当に目が回りそうだと傍から見ていて可哀想になる。
業務中に行う優先度を考えれば、自己完結出来るものは後回しになる。当然だ。人の都合に合わせながら自分の時間をやりくりして成果を最大化する。これがサラリーマン。
なんとも、世知辛い。追い立てられて達成感を感じる暇もなく次の事をやらねばならない。何かをしながら次の一手を考える。
そんなわけで自分が今何を誰とやっているのかも分からなくなりながら必死に仕事を繋いで形にしていく彼がいた。
「はい、その件は経理の佐藤さんと話はしてあります。あ、それでしたら○○設計の彼と電話して回答のメールを午後には出すと話してます」
話題はあっちへいったりこっちへいったり。難儀なものよ。
「え、僕の将来像ですか?それって夏前にやらないといけなかったんでしたっけ」
怒鳴られる、まぁそうだよな。忘れていた、というより気が回ってなかった。それをそんな言い方してしまったのは、上手くない。