よい仕事をするためにはよい道具を
まだ弟子入りして間もない頃、師匠にこう言われたことがあった。
プロの仕事をするならプロの道具を使わなきゃダメ。
その頃はまだミシンですら普通の家庭用ミシンを使ってプロレスマスクを作っていたし、裁縫道具も小学生の頃に使っていた裁縫セットを実家から引っ張り出してきて使っていた。
家庭用ミシンでも作れちゃうならいいけど、どう頑張っても“家庭用ミシン”ってわかる仕上がりにしかならない。本気で追っかけたいなら、いずれ工場用ミシンにしないと。
まだまだ趣味の範囲でのモノ作りとしか頭になかったので工業用ミシンなんてとんでもないと思っていた。ただ、プロの職人の世界と言うものを垣間見た一言だった。
そんな話の中で『ちょっと切ってごらん』とハサミと革の切れ端を手渡された。
衝撃だった
2mmくらいの厚さの革が、まるで新聞紙を切っているんじゃないかと感じるほどスッと切れたのだ。刃先でも刃元でもスッと気持ちよいほど切れる。ハサミでこんなに感動したことは今までなかった。
いつも使ってるハサミとは違うでしょ(笑) 切れ味落ちたら研けば常にこの切れ味だ。
細工鋏という存在との初めての出会いだった。
竹二作 「細工鋏」
手袋鋏や皮切り鋏と呼ばれ、細かい加工に使われる鋏です。通常、鋏のサイズが小さくなれば持ち手(柄)も小さくなるのですが
細工鋏は、手を入れる輪を8寸(240mm)の鋏に使われる大きさと同サイズの物を採用しているので持ちやすくなっています。
また、先を短く・薄くすることで軽量化し、長時間作業で使っても疲れにくい鋏なっています。地金は極軟鉄、鋼は白紙1号の複合鋼材を使用しています。(多鹿治夫鋏製作所さんHPより)
庄三郎、竹二作.....師匠お薦めをメモし、まだネットショッピングの時代ではなかったので後日浅草橋にある刃物屋さんに足を運び庄三郎の細工鋏を買った。
1本1万円近くと決して安くはない。
切れ味が落ちたら研ぎ、また切れ味が落ちたら研ぎ...だんだんと刃の長さが短くなりながらまた研いで使う。一生モノの感覚で大事に愛情をもって使う。
それがプロの道具であり、道具を使うと言うこと。そんな心構えを師匠から教わった。『研ぎ』と言う作業もこれまたなかなか難しいが、それも追っかけていく仕事の1つであることに間違いない。
あの時のスッと切れる感動は今も色褪せない。