宮崎あおいさんを見るとその視線の先すら、気になってしまう。【人間関係の話】
2020.3.20.金 #244日目
宮崎あおいさんを見ただけで、幸せな気持ちになる米田です。
「あなたがいるだけで幸せになる」
って、そういう感覚って、実際にあると思っていて、その現象から得たことをお話しします。
(*あ、宮崎あおいオタクの話ではありません。)
今日は、
「誰かに関心を寄せること」
それ自体が持っている人生の幸せのヒントを記して置けたらいいなぁって。
例えば、僕は昔から
「熱狂的に誰かのファンになる」
ということがなかったように思うのです。
言い替えるなら、○○オタクと呼ばれるほどに好きになったものが少ないのです。
このことで、他人に関心を持つことが下手な人種へと育ちましたから、なかなか人間関係に、苦労してきました。
ふわーっと、あさーい関係に終わることが多いのです。すぐに疎遠になるような感じ。これって、のちに自分を支えてくれるひとが少ないので、苦しくなってきます。
僕の失敗談はここまでにしておきましょう。
誰かのファンになるというのは、どういうことか分解してみると面白いんです。
ファンとは、あるヒトやモノに関心を寄せ続けている状態なわけです。
そう、「関心」がヒントです。
関心を持てば、その人のことを知ろうとするし、そのモノのことを知ろうとするきっかけがいくつも出てくる。
わかりやすく逆の立場で考えても、自分に関心のない人を、ぼくたちって信頼するかなぁ。
っていう話です。
誰かに関心を寄せることって、なんか心がほっこりするとおもいます。
関心じゃなくて、疑心であれば、それはイライラやモヤモヤに繋がります。
人間関係の悩みを周りのせいにしていることは多々あるんですが、例に出した僕と同様に「関心を持とうとしていない態度」は「尊敬を欠いた態度」と同じこととして捉えられてしまいます。
そうなると、幸せに過ごせることなんて無理なんじゃないでしょうか。
だって、誰も関心を持ってくれなくなり、誰も興味を持ってくれなくなるのだから。
今回の話をまとめておきます。
誰かに関心(尊敬)を寄せることは、自分が幸せになるための確実な一歩となるということ。
幸せになろうとする一歩になるということ。
当然、幸せを望まないのならば、その一歩を踏み出さなくてもいいし、自己責任ではあります。
けれど、僕のこの日記が読んでくださっている誰かの今の人間関係論に刺さって、少し先に進めたら嬉しく思います。
今日、あなたは、誰に関心を寄せますか?
ps.
宮崎あおいさんは、本当にすきなのですが、
これを言うと女性に叩かれるので、
あんまり言わないようにしてます。笑