スイミングコーチの日々で経験と感じること。子どもとの関係。
2020.6.28.日 #344日目
朝からプールで子どもたちと会うと、感覚を刺激されます。
というのも、大人よりも素直だからです。
素直という言葉よりは、決まりに縛られないからという方が正しいでしょうか。
テストとわかってるのに、
テストやりたくない。と
口に出すんです。
とかいいつつ、テストになるとまんざらでもないのですが。
ボク達の仕事観にも刺さります。
仕事やりたくねぇ。
っていうのは、心から思ってる場合と謙遜の場合があるからです。
仕事への熱量は本当はあるくせに、戯けて見せる人を知ってるでしょう??
テストで、嫌々とかいいつつ、まあまあ点を取るボクみたいなやつです。
だって、嫌やけど赤点が嫌なので、勉強はしてたもん。笑
話を戻します。
テストと仕事は違うけれど、子どもたちが発する言葉にはどこか刺激されるわけです。
それが、毎日のようにクラスが入れ替わるから100人くらいの子どもと毎週会うことになり、大人よりも子どもの方が多く関わります。
世間体で話を聞いてるフリをしてる人もいるし、周りの子を巻き込んで話を聞かない自分側に引っ張り寄せる人もいます。
子どもは、ボクのお客であり、生徒でもあるけれど、交友関係とも捉えています。
というのも、仕事の信用せざるを得ない関係のままでは、いずれ聴いてもらえる範囲に限界がくるのです。
例えば、レッスンメニューで注意するポイントが聞き流されてしまうなどです。
信頼関係の上でレッスンをするとレッスンメニューでの注意点を子ども個人が意識してくれるようになります。
当然そうならない場合は何度も伝えますが。
なによりも交友関係で大切なのは、相手の話に興味を持つこと、相手に関心を持つことです。
これは、ボクが気をつけている実践的な心理学「アドラー心理学」でも言われていて、子どももひとりの人間として尊敬しましょうという話です。
尊敬のない
「よーくできまちたね」
「できるとは思わなかった!」
なんてのには子どもは敏感に気がつきます。見下し以外の何でもないことを本能的にも悟るのだとおもいます。
これは上下関係となり、いずれ子ども本人もひとりの人間としての存在を見下されていることに気がつきますから、今度はこちらを見下してしまい関係が崩れます。
そうして、関係を対等に対等にすることは、それはもはや大人と関わることに等しい人間関係です。
刺激が多くあるので、自分のコミュニケーションの不足にもいつも焦りを覚えます。
その焦りがボクの今をつくってくれていますから、今後ランダムに起こることを目の前の人のために動けるようなコーチを目指し続けます。
では、作業に戻ります!
ばいばーい!
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