夏目らんインタビュー:感情の繭を破り、羽化するもの
端正な顔立ちに長い手足、西洋人形のように透き通った肌。雰囲気のある佇まいから繊細そうな印象を抱くが、「面倒でなかなか行けなかったんですけど、流石にヤバいと思って自分で髪の毛切りました」とケロっと話す。見た目に反した胆力を持ち合わせているのも魅力だ。
明るく毅然とした態度でインタビューに臨む、夏目らんの絵にはどこか影がある。その絵のストーリーや背景を考えずにはいられないほど、無性に想像力を掻き立てられる。そこにはゴシックホラーな質感もありながら、現代に生きる人間の閉ざされた心象が緻密に描かれている。
美麗な肖像を描いたかと思えば、完成した絵は切り傷にまみれ、苦悶の表情を浮かべた痛々しい姿に。SNSにアップされたその変容の一部始終に驚かされたが、「人って案外、そうなのかもしれない」と思わせてくれた作品でもある。それはもちろん、夏目らん本人も例外ではないだろう。彼女の描く作品について、過去に受けた傷や生い立ちについて話を聞いた。
「自分の中でしっくり『これだ』ってわかってきたのは本当に最近」
ー米さんとの出会いはどんなものだったんですか?
夏目らん(以下:らん):Twitterでメッセージいただいたのが最初ですね。コロナ禍もあってずっと引きこもってたタイミングだから、今動かないとダメかもしれないって思いました。それでPAC CATさんの個展にお会いしに行ったのが最初です。
米:負の感情のオーラを作品から感じるアーティストに声をかけさせてもらってたタイミングなんだよね。人間のダークサイドをアートに昇華して描いているような。
ーもともと夏目さんがアートを始めたきっかけってなんだったんですか?
らん:もともと私、絵を描くのが好きで描いていたんですけど、小学生の時は漫画家になりたかったんです。友達と交換ノートで漫画を描きあったりしていて。だんだんストーリーが展開していくのが楽しかったんですね。漠然と「漫画家になりたいなあ」って思ってました。
ーどんな漫画を描いていたんですか?
らん:当時はボーカロイドとかゲーム原作の「東方Project」とかがすごいブームだったんで、そのキャラクターをよく描いていました。オリジナルというよりは、二次創作的な、いわゆる同人誌。それが小学生のころですね。最初はコピックとか色鉛筆とか使ってました。で、中学生の時に液タブを買ってもらって、そこからデジタルを練習し始めました。
米:今、若い世代は最初からタブレットで作品を描くのが当たり前になってるもんね。アニメや漫画経由で最初は線や絵をマネしたりするでしょ?だからなのか、海外の人たちからは日本の若いデジタル作品は新鮮に映るみたい。だからこそ、デジタル作画ネイティブな若い世代がNFTを利用するのはすごくいい着地点だと思う。
ー今回はNFTのアートグループ展に夏目さんも参加されるんですよね?どんな展示になるんでしょうか?
米:日本で初めてのNFTアートの展示会「CrypTOKYO」に参加したんだけど、主催のBAE(NFTのプラットホーム「Blockchain Art Exchange」の通称。2018年に設立され、クリプトアートのプラットフォームとして世界的に最初に立ち上げられたプラットフォームのひとつ)と協力して、+DA.YO.NE.のNFTギャラリーを立ち上げたんだよ。+DA.YO.NE.所属アーティストのひとりとして今回はTRUNK(HOTEL)で開催される「CrypTOKYOⅢ」にらんちゃんも作品を出します。
ー今や色々なNFTアートやギャラリーが存在する中で、米さんのギャラリーに参加する理由を教えてください
らん:正直、色々なところからDMでお誘いがありました。でもやっぱりビジネス色が強いと感じてしまったんです。日本の企業だと、海外に比べてなかなかアートの価値に精通していない部分があると思うんですけど、クリエーターファーストではないなと。
米:今までずっとデジタルのアートはお金になりにくい分野だったからね。キャンバスにデジタルで描いたアートをプリントして売るくらいしかできなかった。フィジカルアートだと作品の保存や運搬にもお金や労力がかかるわけ。だけどNFTならブロックチェーンによってそういったコストは一切かからない。それに良し悪しは別にして事実として投資目的での利用がガンガン増えてるんだよね。
ーデジタルデータで完結できますもんね。来歴も保存されるし。日本だとまだ、僕自身がそうですけど、額に入れて拝むみたいな、物質的な部分にありがたみを感じてしまいますけど。
米:もちろんそれもあるよね。日本やアジア圏でどこまでNFTが浸透するかわからないけど、フィジカルと両方走らせたらいいんじゃないかな。
ーそんな中で、最近、夏目さんは油彩にも挑戦しています。それはなぜでしょうか?
らん:画材は持っていたので、フィジカルで描いてみたという感じですね。絵柄的にはアクリルよりは油彩の方が合うかなと。あと時間をかけて塗りたいタイプなので、すぐ乾くアクリルよりも油彩にしました。デジタルでも塗りはずっとやっているから、感覚的にはあまり変わらない印象でした。
ーご自分でデジタル、アナログ、どちらの方がフィットしているという感覚はありますか?
らん:どっちの良さもあるかな。キャンバスに油彩だと凹凸とか質感、光の当たり方で変化があるので現物だったらキャンバスもいいなあと思いましたよ。
ーHYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)との関連プロジェクトも米さんと一緒に行うとお聞きしましたが、それはどんなものなんでしょうか?
米:2年くらい前に、InstagramでロンドンのミュージシャンJazmin Bean(ジャスミン・ビーン)を見つけてさ。それからメッセージでやりとりしたり交流していたから、日本に呼んでライブやりたいなと思ってたんだよね。現実的になってきたタイミングで、定期的にカルチャーの情報をお互いやりとりしてる、HYSTERIC GLAMOURの北村さん(代表 北村信彦氏)にも紹介したんだけど、ブランドの世界観も近いからハマるとは思っていたのね。「いいね!」って気に入ってくれたんだけど、世の中がコロナパンデミックになっちゃって日本に呼んでライブすることが難しくなっちゃったから、ポップアップの企画展をやることになった。ファンシーなんだけどゴスでパンクな要素もある、ジャスミンの世界観に合う人を僕は探しててらんちゃんはピッタリだと思ったから、作品を出してもらう予定。
らん:今まさに制作しています。
ー確かに夏目さんはハマりそうですね。最近描いたとTwitterに上げてた油彩作品も、制作の最初の段階では綺麗な絵だけど、完成を見るとだいぶがギャップがあってゴスでパンクな雰囲気のある作品を作っていましたね。
らん:衝動的にというか、そうなってしまった感じです(笑)。
ーあの一連の流れが夏目らん作品の醍醐味というか、夏目さんの世界観を象徴しているような印象を受けました。今のような作風に定まってきたのはいつくらいなんですか?
らん:自分の中でしっくり「これだ」ってわかってきたのは本当に最近ですよ。今までは、いろんなものを描きたいと思っていたんですけど。それこそ古塔つみさんのような、おしゃれな絵が描きたいとか。もっとポップな絵が描きたいとか、色々模索していました。でもどれもしっくりこなかったんです。
それを友達に話したら、「まず一個に絞って、自分の人生の中で感じてきたことを絵に投影した方がいい」と言ってくれて。
ー夏目さんのことを理解してくれている方なんですね。
らん:その子も音楽をやっていて、表現しているので通じ合う部分があるかもしれないですね。だからすごく納得できました。もともとダークなテイストの絵は好きではあったので、その一言で振り切れた感はありました。
ー自分の実体験やライフストーリーが作品に影響している部分はやはり大きいですか?
らん:そうですね。今描いている作品は全部自分の内面から生まれでたものです。
「Cocoon」MVの衝撃 夏目らん、ビョークとの邂逅
ー作品を着想する時ってどんな感じなんでしょう?
らん:色々なインスピレーションがありますけど、言葉で降りてくることが多いですね。頭を過ったシンプルな言葉を言い換えてそれがそのままタイトルになったり。
米:降りてくるのは聴覚的?それとも視覚的な?
らん:どちらかというと視覚的に浮かんでくる感じ。それをメモに書き留めておくことが多いです。たくさんの要素を書き溜めて、組み立てて作品を構成していますね。
ーネガティブな感情が作品になることが多いですか?
らん:ネガティブというよりは裏側。私は表裏一体だと思っていて、その裏側にスポットを強く当てているから、見る人が見ればネガティブな感情に映るのかも。
米:だからこそ、作品が持つ本能的な怖さが際立っているんだね。
ー夏目さんは、人が表に出せない裏側の感情を正直に描いているからこそ、共感を集めているのかなとも思うのですが。
らん:そう思ってもらえたらとても嬉しいですね。私自身めちゃくちゃ落ち込んだ時に「前に進もう」みたいな明るい音楽で元気になれないタイプ。どちらかというと影の部分に寄り添ってくれるような、音楽を始め、そういった創作物に救われてきたので私も誰かのそんな存在になれたら幸せです。
ー一貫して女性を描いているのには理由があるんでしょうか?
らん:私としては女性を描いてるという意識はないんです。外見的な特徴を観れば、メイクもしてるし、髪も長い。でもそれは女性だけではないじゃないですか。あくまで外見的な特徴でしかない。どう判断するかは鑑賞者に委ねているし、意識はしていません。私自身が他人からどんな性別に見られてもいいのと同じように。見え方は人それぞれでいいかな。
米:らんちゃんの絵にはセクシャルな部分はあまり感じないんだけど、実はあったりする?それともそう言う要素は含まないようにしているとか決めてるの?
らん:わかりやすく描きたくないというのはあります。見る人によって捉え方が変わってもいいと思っているのであえて、最近描いた作品「自己の確立に於ける代償」は性器をモチーフのものを入れ込んでいるけど、それも見る人によっていろんな解釈が生まれてくれたら嬉しい。言ってしまうとモロにそう見えてしまいますけどね。
米:露骨に匂わせないのがいいね。
らん:「なんでわかってくれないの?私のことわかってよ」みたいな願望が昔はあったんですけどね。今はだんだん悟りというか、諦めの境地に達しました。
ー先ほどインスピレーションは色々あるとおっしゃっていましたが、一番、夏目さんが影響を受けたものはなんでしょうか?
らん:一番はビョークだと思います。
ーそれはどんな部分でしょうか?
らん:高校1年生のころ、「Cocoon」という曲のMVを観た時に衝撃を受けました。「世の中にこんな人いるんだ」って思いましたね。
ーどうやってビョークを知ったんですか?
らん:音楽を探すのが好きで、YouTubeで色々観ていた時にたまたま目にしたのがきっかけです。そこから調べて中古のCDも買い漁って、ジャケットのアートワークもめちゃくちゃヤバくて衝撃を受けました。自分の作品をこんなに突き詰めていて、唯一無二のものを作り続けている。ポップミュージシャンではないのに、アーティストとしての地位を確立しているのは本当にすごい。たくさん影響を受けたし尊敬しています。フジロックに来たときは、一人で観に行きました。
ー夏目さんの行動力もすごい。
らん:どんな場所かも知らずにビョークの真似をして全身白い服着て行ったら、泥だらけになりましたけどね(笑)。でもそんなことどうでもよくなるくらい、最高の音楽体験でした。
何よりも深く傷付いた先生からの一言
ー夏目さんのパーソナリティについてもお聞きしたいんですが、夏目さんはトランス女性(生まれた時の性別が男性、性自認が女性)なんですよね?
らん:そうですね。「このままだと私、おじいちゃんになっちゃうのか」って思った時に全く想像つかなくて、受け入れられなかったんですよ。逆におばあちゃんとして年老いていくことの方が、自分の中で腑に落ちたので、女性として生きていこうという覚悟を決めました。それから、ホルモン注射を打ち始めたんです。20歳くらいのころですね。
米:まだ会う前に、作品を見てなんとなくそんな感じがしていたんだけど、会った時にジェンダーの話をしたよね。
らん:そうそう。隠してるわけでもなかったけど、作品見てわかるんだってびっくりしました。
米:いつから見た目は変化していったの?
らん:中学校で不登校になった時から髪は伸ばし始めて、薄く化粧をし始めたのは高校生くらい。すごい古風な学校だったんで学生時代は特に苦しかったですね。
ーそういう環境だとやはり本当の自分を出すことは難しいですよね
らん:学生の内は学校が自分の世界のほとんどを占めているから、中学生の時に不登校になっちゃいました。制服って明確に線引きされるじゃないですか?それが嫌だったんですよ。学ラン着てた時期もありましたし、一回、転校してるんでブレザーも着ましたけど。私の中では学校って必要ないなと言う結論に至ったんです。中学2年の頃にカバンとか制服とか全部捨てちゃいましたね。それが「私はもう学校へは行きません」という宣言であり意思表示だった。
ーいじめとか差別的な言葉をぶつけられたりもした?
らん:主には無視ですね。「オカマ」とか「ネクラ」とか言われたりしましたよ。ある時、先生に「夏目さんはみんなから白い目を向けられてることに気づいてないの?」って言われた時にショックすぎて、そこからすごく人が何を考えているか疑うようになってしまった。それが今私が描いている作品で掲げている“人間の内面を描く”というコンセプトに繋がっていますね。言葉とかその向こうで、何を考えているのか裏側を探ってしまうし、言葉の裏にある内面に敏感になってしまったんです。今となってはもう、吹っ切れているのでどう見られても構わないけど。
米:その話を聞くと、らんちゃんの作品に説得力が増すね。見る人にとってそのアイデンティティは魅力的かも知れないと正直思った。作品に与えている影響力はものすごく大きい。
らん:ただ、自分でそれを武器にするのは嫌なんです。純粋に作品を見て欲しいから。人に言われたり感じ取ってもらえる分はいいんだけど。
米:近しい人から止められたりすることはなかった?
らん:最初はありましたよ。子供のころから買い物に行くと女の子の服を欲しがっていたんですけど、家族からは理解されていなかったですね。親としては男の子の体に生まれているから、男の子に育て上げなきゃいけないみたいな、使命感みたいなものもあったと思います。
ー世代的なものもあるかも知れないですね。
らん:メディアのイメージみたいなものが刷り込まれている世代ですからね。例えば今までのメディアに出るLGBTQ+の人は面白くなきゃいけないという、ネタ的な扱いが主流でしたよね?でも実際みんながみんなそんなわけではない。私を含め、そういう人はメディアに取り上げられないから、世間的には存在していないような扱いだったんです。目立たないけど、今までのメディアのイメージにコミットしていないLGBTQ+の人が大多数存在しているんです。今はだんだんそういう人がメディアで取り上げられるようになってきました。
米:メディアは、分かりやすいものを求めるからね。
らん:親世代はテレビの情報が全てだったけど、今では個人で発信もできる。特にTikTokの流行で大きく変わったと思います。テレビでは見ない、今まではスポットが当たらなかった人にスポットが当たるようになった。
ー色々なSNSがある中で、TikTokがやはり影響としては大きいと感じますか?
らん:そうですね。なぜなら若い子が多く使っているというのが一番大きい。私が10代だったころとはLGBTQ+、セクシャルマイノリティに対する認識や価値観が大きく変わっていると思います。
ー以前よりも、いわゆるセクシャルマイノリティと言われる人たちにスポットが当たったことで、可視化されましたよね。今の10代の人たちは周りに色々な人がいることがずっと当たり前になってるのかな、と思います。
米:今メディアが取り上げる表舞台も、中性的というかフェミニンな雰囲気を持ったイケてるコたちが多く出演してる。りゅうちぇるとかぺえとかさ。それ以降、大人たちの空気も「そのイメージもアリですね」というようにシフトして行ったし、ありのままの自分でいられる、いやすい土壌みたいなものができたのは確かだよね。服装とかも、性別があまり関係なくなって、10年前くらい前から徐々にそれが広がっていった感じが体感できるよね。
らん:その勢いがさらに強まったのがここ2,3年くらい。
ーそういった、価値観の変化は、夏目さん自身、直接感じていますか?
らん:私が過ごしてきた時代よりはだいぶ変わっていると思いますし、実感していますね。
米:今まさに孤立してしまって居場所がない人は声を届けるチャンスだよね。興味本位とか茶化すとかじゃなくて、割と世間は本気で耳を傾けていて、「話を聞きたい」って思ってるから。それを利用しない手はない。アーティストとか表現する人は特に。
らん:うん、私はセクシャリティは個性として強みだと思ってるけど、まずは先入観なしで作品を見て欲しいと思ってます。
「前を向いて歩こう」ではなく「そのままで大丈夫」と寄り添う存在に
ー同じような境遇の、セクシャルマイノリティとされている人から悩みを相談されることはありますか?
らん:友達にはLGBTQ+のコはいるけど相談という感じではないかな。徐々に私も発信しようとは思っているけど、どう発信するかは気を付けなければいけないし、模索していますね。自分のアカウントの目的がなんなのかわからなくなってしまうのは嫌なので。
ー具体的には、SNSではどんなことを意識しているのでしょうか?
らん:セクシャリティについて投稿したりすると、変な人が来たりするんです。前のアカウントはセクシャリティについて積極的に発信していたんだけど、男の人で興味本位の、性的な興味でしか見てない人がたくさん来て、「ちょっとキツイな」と思ってしまいましたね。そこからアカウントを変えて、アートを中心に発信して、顔やセクシャリティについては出さないようにしました。
この日、米原康正氏のドキュメンタリーを制作を行うTBS局員であり、ドキュメンタリー映画『相撲道〜サムライを継ぐものたち〜』を監督した坂田栄治さん(以下:坂田)がカメラを回しながら同席していた。
坂田:まさに今、テレビも転換期で、これからまもなく、性別に言及するようなことはメディアとしてタブーになっていきます。つまり、トランスジェンダーだから、ゲイだから、という理由で取り上げることはできなくなります。個人のセクシャリティやジェンダーを取材対象として撮る側から踏み込むこと自体が、差別的であるという見方ですね。
ーLGBTQ+コミュニティを珍しいもの、目新しいものとして掘り下げる、的な視点自体差別として捉えられると。
坂田:そう。メディアはジェンダーもセクシャリティも人それぞれだからそれが当たり前、と言うスタンス、前提でないといけない。そういう時代になってきています。
らん:友達にも言えない、家族にも言えないのが一番辛かった。口に出してしまうと「病んでんの?」と言って茶化されて終わり。今以上にLGBTQ+に対する認識が世間的にあまりなかった。やっと自由に発信できるような世の中になってきているなと感じます。
ー今は家族や友達にもお話できるようになったんですか?
らん:母はバブルの時に実はモデルをやっていた人で、クラブではVIPでしか遊んだことないみたいな人なんですよ。最近でも、母の誕生日に馴染みの店に行ったら、ケーキとシャンパン出てきて、それをラッパで飲むくらい、飲み方もバブリーな人で(笑)。そんな母も、最初は受け入れ難かったみたいで葛藤してましたね。そもそも「男は男らしくしなさい」っていう家庭だったんです。兄が野球やってたんですけど、私もやらされたりして。今はもう、家族も理解してくれて全部オープンにしてます。見た目から変わっちゃったんで一目で分かりますけどね(笑)。
ーそんな中で夏目さんにとって絵を描くことはどんな行為でしたか?
らん:私も辛かったけど、大人になるにつれ、自分だけじゃなくてみんな言えないことを抱えているんだと気づくようになりました。SNSでは綺麗にして着飾っていても言えないことがある。唯一、絵だけは描き続けてきたので、口に出せないことをアートにしようと思った時、自分の描くものが明確になったんだと思います。
ー夏目さんの性自認と生き方がイコールになって明確になった時、作品にとってどんな影響がありましたか?
らん:絵は自分の消化しきれない感情を向けられるもので、その絵を見て「救われた」と言ってくれる人が増えたことにも、私自身救われています。シンプルに嬉しいです。「前を向いて歩こう」じゃなくて、「そのままで大丈夫だよ」って寄り添えるような存在でありたいですね。私は自分のことも色々な人に知って欲しいなと思っているので、私のジェンダーやセクシャリティについて、自然に話せる機会を設けていただいてありがたいなと感じています。
「“普通”=多数。“普通”になろうとすればするほど、“普通”でなくなる」
ー手術は夏目さんにとってかなり大きな出来事だったと思います。
らん:12月に手術してちょうど二年になるのでそのタイミングで何かツイートしようかなと思っています。
手術するとなると体力的にもすごく大変。それに対して「やりたくてやったんでしょ?」って言われることがあるんですけど、正直言うとやらざるを得なかったんですよ。生まれたままの身体、男として生きれるなら今でもそうしたいけど、身体と魂が違うので、どう頑張ってもそれができないんです。
米:男らしくしなさい、女らしくしなさいっていう考え方、社会がそうせざるを得ない状況にさせてしまう一因だと思うんだけど。俺は自分のやりたいことが自分らしさになると思っていて。でも、らんちゃんの場合、“普通”っていう社会通念によって、らんちゃんは生きたい自分を抑圧されて、制限されてしまっていたんだよね?
らん:今でも変わった人っていう扱いをされがちなんだけど、自分としては逆に“普通”っていう枠にハマりたかった。だから今の社会における“普通の女性”になりたくて今の自分がある。振り返ってみると面白いなあと思いますね。
ー音楽にしろファッションにしろアートにしろ、ジェンダーやセクシャリティもそうですけど、便宜上、何かとジャンルに仕分けしてしまいがちですよね。何かに属さなくても、個々人の自由がもっと尊重されるような社会になれば、“普通”でなきゃいけない。“普通”になりたいということに苦しまなくていいような気はしますね。
らん:これからそうなってくれたら、理想的ですね。
米:今は“普通”が多数だもんね。
らん:そう“普通”=多数。多数になりたいと、私は思ってしまった。
米:でも自分はなかなか変わらないんだよな。
らん:“普通”になろうとすればするほど、“普通”でなくなるジレンマ(笑)。だからそこまで来たら、もういいやって。吹っ切れて来ました。自分は自分で、男とか女とかなんでもいいやって、やっとそう思えてきました。
米:多数になろうとすればするほどさ。ちょっとした違いがいっぱい見えてくるじゃない。それがらんちゃんの絵になっているような気がする。
ー最後に、夏目さんがこれから実現したいことがあれば教えてください。
らん:一貫しているのは自分の好きなことを続けるってこと。そうしてきたから、米さんにも声をかけてもらったし、周りを取り巻く環境が変わってきた。これからも、自分のやりたいことを全力でやっていきたい。そしたら結果は付いてくる。と、信じています。
“普通”であろうとするものの、夏目らんの創造する力は“普通”の繭を破りアートへと昇華されていく。感情の煮凝りが蠢き、形を成して羽化するのだ。
何もないように明るく振る舞い、SNSでは充実したワンシーンを切り取ってみても実生活ないしは内面では傷付き、傷付けられている。いくら物や人で自己の欲求を満たそうとしていつまでも満たされないまま。そんな現代社会に生きる若者の心模様を繊細かつ、大胆に描く次世代のアーティストこそ夏目らんである。
多くの傷を負ってきたからこそ、夏目らんは作品で人の傷に寄り添う。それは取ってつけような、ポジティブな言葉などではない。圧倒的な画力で魅せる本音であり、生々しいリアリティだ。
その姿は畏怖すら覚える存在感を放つ。夏目らんの心の奥の方、ピュアな闇から生まれた、偽善や欺瞞にまみれていない作品は、途方もなく美しいと思った。
Text=Tomohisa Mochizuki
Photography= Yasumasa Yonehara
夏目らんが出展するNFT Exhibit CrypTOKYO at TRUNK(HOTEL)
Featuring KING HIRO by Tadaomi Shibuyaは2021年10月28日から11月3日まで東京・渋谷にあるTRUNK(HOTEL)にて開催される。
期間: 2021年10月28日(木)~ 2021年11月3日(水)
場所: TRUNK(HOTEL) ROOM 101 東京都渋谷区神宮前5丁目31
時間: 11 AM - 9 PM (10月28日は1 PM - 9 PM)
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