今と未来の自分に絶望していた高校時代と今のわたし。
何となくで書いてみる。
ふと高校の頃に死にたいと考えてたのを思い出したんだ。
車の中で練炭自殺するとか、海に身投げするとか、車に轢かれるとか。
そして学校に行きたくなさすぎて、どうやったら吐くことができるか調べて喉元まで手を突っ込んでみたりしてた。(結局恐怖が勝って吐けなかった)
朝8時頃まで粘れたら学校に行かなくて済む。でもそうじゃなければ無理やり学校に連れて行かれたりした。
無理やり学校に連れて行かれるのが無理な日は、1度登校するフリをして家のマンションの敷地内に隠れ、親が家を出る時刻を見計らって家に帰ることもしばしばあった。
制服のまま、近所の神社のベンチに座って時間を潰した日もあった。
近所のおじさんに声をかけられて、怒られるかなと思ったら、ただ話し相手になるだけでほっとしたのも覚えてる。
ある日は現実逃避しようと県境の山を自転車で越えようと本気で漕いだことがある。
制服とカバンを持ったまま、10キロほど坂道を漕いで、疲れ果てて、諦めて学校の保健室へ向かった。
部屋のクローゼットで見つからないよう蹲りながら泣いていたこともあった。
なんで学校に行きたくなかったのか。
いじめのような明確な理由はなかった。
ただ忙しい学業と部活の両立が難しいとか
課題をやらなきゃと思うがあまり手をつけられず不安だけが増大して動けなくなったり
部活の人間関係で周りからどう思われてるか不安で仕方ないとか
特定の先生の授業が怖くてちゃんと準備しないと臨めないとか
他の人が聞けばあまりに些末なこと。
でも私にはその不安が常に、色んなところにつきまとい
不安な感情は私の動く気力を失わさせた。
忙しい学校生活を乗切ることができなかった。
「考えすぎなのよ。もっと気楽な気持ちでリラックスして」と親に言われる瞬間が1番嫌だった。
理屈で考えれば1番それらしい答えに聞こえたから。
それが出来ないからこんなに苦労してるのに??
「私は誰にもこの気持ちを、感覚を分かって貰えない」と絶望した日だった。
そしてそんな簡単なことを乗り越えられない私には価値などないのだと自分をひたすら責めた。
そしていつか社会で生きていけなくなるのだろう、動けなくなるのだろうと覚悟した。そしたら私は終わりだと。
でも、私の感覚を無理やり制御させることだけはしなかった。
私は私の感じてる感覚を守りたいのだと。
そうして逃げを繰り返しながらも何とか高校を卒業。
大学に行く気にもなれてなかったので、勉強をあまりせず、浪人。
1年後、大学に入学した。
*
誰に向けた文章でもないけれど、高校時代の死にたいと、この先の人生に絶望しかないと感じていたあの頃を思い出したのでnoteに書き記してみました。
結局あのころ思い描いてた「いつか動けなくなる」は社会人一年目でやって来ました。
新卒の会社を休職し、退職。
今はアルバイトで事務職をしています。
アルバイトという環境下だからこそ、安心しながら働けて「私にもできることはあるのかな」と思えるようになりました。
正社員の仕事を再び探したいなと思うようにもなりましたが、また高校時代に予期した「動けなくなる予感」が過ぎったり、不安もあります。
私はこの先どう生きていけばいいのかな。
無理をせず、でも高校時代の私が少しでも希望を持てるような生き方が、できるようになりたいな。
そんなとりとめもない思い事でした。