岡真理さんの『ガザ 存在の耐えられない軽さ』からまなぶ


雑誌『地平』7月創刊号:緊急特集『パレスチナとともに』から           鶴野琢志 〈〉内は引用                                  

《藤永香織さんのこと》
福岡にもガザから逃げ延びてきた人たちがいる。ところが、藤永香織さんはパレスチナに、ガザに行きたい想いを遮断されている。出入国を支配しているイスラエルは入国を認めない。ボランティアで行ったパレスチナで地元の男性と知り合い結婚した。その彼がイスラエルのガザ破壊で心を壊されてしまった。今では彼の前妻の子供二人を残すのみとなった。生活費を送金し、携帯電話で安全を確認するだけとなっている。もう20年にもなる。詳しくは冊子『ハヤーティ・パレスチナ 夢をつなぐカフェ』(復刻版:カンパを込めて1500円)をお読みいただきたい。
10月6日の毎日新聞で藤永さんのことが記事になった。

―「パレスチナ問題」と言うがそもそもパレスチナ人には何の罪もないことである。イギリスの「三枚舌」外交を足掛かりにユダヤ人の一部がエルサレムを含む一帯でパレスチナ人の居住地に無断で暴力的に入植を始め、 今日ではジェノサイドと言われるパレスチナ人皆殺し作戦という事態にまで進んでいるということである。―
    ※ジェノサイド条約:国連加盟国数193のうち153カ国が批准。日本はじめ主にアジアとアフリカ地域に未加盟が多い。 南アフリカは、230万人のパレスチナ人が暮らすガザ地区が砲撃・包囲されている現状について、イスラエルがジェノサイド条約に違反しているとして提訴する手続きを開始した。(2024年1月11日 
 ジェノサイドは日本語では集団殺害、集団殺戮、または大量虐殺などと表現される。

【現在進行形の破局】(114ページ~)
〈5月15日、世界は76回目のナクバ記念日を迎えた〉
ナクバとは「大破局」の意味。1947年国連はパレスチナ分割案を決議。1948年イスラエルが「建国」を宣言(5月14日)。その軍隊によってパレスチナ住民の四分の三にあたる75万人以上が集団虐殺やレイプ、強制追放などにより、暴力的に故郷から根こそぎにされ難民となった。死者は1万5千人から2万人。パレスチナ人を襲ったこの民族浄化の悲劇をナクバと言い、1948年5月15日を「ナクバの日」と定めた。ナクバ以来、パレスチナ人はイスラエルとなったパレスチナで、1967年に軍事占領されたヨルダン川西岸地区やガザ地区で、あるいは難民となった異郷の地で繰り返し虐殺に見舞われている。パレスチナは「現在進行形のナクバ」、あるいはイスラエル出身で反シオニストのユダヤ人歴史家イラン・パぺが名付けた「漸進的(ぜんしんてき)ジェノサイド」=民族浄化の暴力が続いている。

【紛れもなきジェノサイド】(115ページ~)
〈2023年10月7日のハマース主導による奇襲攻撃を受けて始まった今回の攻撃が、前代(ぜんだい)未聞(みもん)の異次元の破壊と殺戮(さつりく)であることは、当初から明らかだった。攻撃開始から一週間とたたない時点で、ジェノサイド研究の専門家、ラズ・セガルはこれを「教科書に載せるような典型的なジェノサイド」と断じている。〉
〈死者は10日間で2800人を数え、負傷者は1万人以上に達した。そして攻撃開始からわずか一カ月で死者は1万人を超えた。〉〈広島型原爆二個分に相当する爆薬がガザに投下された〉
これは〈ハマースを標的にした攻撃による民間人の「巻き添え」被害などではない。ハマースに対する攻撃を口実にしたガザのパレスチナ人という存在そのものに対する殲滅(せんめつ)―ジェノサイド―である〉
パレスチナの死者についてガザ地区の保健当局はこれまでに4万1909人が死亡したとしている。うち、子どもが3割を占める。
(瓦礫(がれき)の下にはさらに1万人以上の遺体が埋まっていると言われる)
65%の住宅が破壊された。
〈安全だと言って人々を避難させた先々も爆撃し(移動の安全を保障するために設けられた「人道回廊(かいろう)」も攻撃された)、150万人もの人々が南端の街ラファに追い詰められ〉〈人為的につくりだされた飢餓(きが)、清潔な飲料水の欠如(けつじょ)、蔓延(まんえん)する感染症。冬の寒さを生き延びた人々を、今度は夏の暑熱が襲う。テントの中はオーブンと化し、感染症は拡大の一途だ。だが病院はほぼ破壊され尽くし、医療従事者も殺害されている。北部は壊滅的飢餓に瀕(ひん)する。〉
〈イスラエルは、ガザのパレスチナ人がガザという土地に根差した歴史的存在としてあるための、その歴史的記憶そのものをも破壊しているのだ。/パレスチナ系アメリカ人の作家、スーザン・アブルハワ―は断言する、これはホロコーストだと。〉 
 ※ホロコーストはギリシア語の「全部」、「焼く」に由来しており、第二次世界大戦中にナチス・ドイツがドイツ国内や占領地でユダヤ人などに対して組織的に行った絶滅政策大量虐殺を指す。 当時ヨーロッパにいたユダヤ人の三分の二にあたる約600万人が犠牲となった。そのほか、ロマ人、成人の精神障害者、反社会分子とされた人々(労働忌避(きひ)者、浮浪者、シンティ・ロマ人)、障害者、同性愛者エホバの証人スラヴ人に対する迫害などもホロコーストに加える学説もあり、それも加えると900万人から1100万人になるという。(ウィキペディアより)
 ホロコーストはジェノサイドに含まれる

 

【日本の主流メディアが発するメタメッセージ】(116ページ~)
    ※メタメッセージ・・・あるメッセージがもっている言葉そのものの本来意味ではない、言葉の背後にある別の見方・立場からの意味や意図や感情を伝えることをいう。
〈『改訂新版 世界大百科事典』は「ジャーナリズム」を「日々に生起する社会的事件や問題についてその様相と本質を速くまた深く公衆に伝える作業。また、その作業をおこなう表現媒体」と定義する。〉〈それがジャーナリズムであるならば、ガザをめぐる日本の新聞やテレビなどマスメディアの報道の主流は、ジャーナリズムが本来あるべき姿とは別物の、いや、むしろ真逆のものだ。ガザで起きていることの「本質」も、セガルが「典型的ジェノサイド」と、アブル・ハワ―が「ホロコースト」と断じる出来事の破滅的様相も、それに見合ったことばの強度で、深度で、量で伝えられてはいない。だから、11月7日、グレーテス国連事務総長の「ガザの悪夢は人道危機以上のものだ。人類そのものの危機だ」という発言が報じられても、国連のトップがそう発言したというだけのニュースとして聞き流されてしまうことになる。〉〈報道は事務総長の発言を伝えながら、その言葉が意図(いと)するものとは裏腹に、ガザに対して私たちはさして関心を向けなくてもよいという真逆の「メタメッセージ」を発信している〉
〈ガザの死者が三万人を超えたのは2月29日。だが、「報道ステーション」のその日の報道は開始から延々20分、大谷翔平選手の結婚話だった。それが終わると今度は、別のスポーツ選手の話題だ。ガザに言及があったのは、一時間超の番組が終了する間際(まぎわ)、「ガザでは今日、死者が三万人を超えました」の一言、それを受けてメインキャスターの「世界ではいろいろなことが起きています」といった趣旨の発言で番組は終わった。〉〈ウクライナについてかくもの熱心さと人間的共感をもって伝えてきた同じ報道番組がガザについては番組の最後で、死者が三万人を超えたとひとこと付言すれば事足りるとする。パレスチナ人の命は、かくも軽いのだ〉〈番組はその「報じ方」によって、ガザで三万人が殺されたことよりも、日本の私たちにとっては大谷選手の結婚の方がはるかに重要だということを言外(げんがい)に伝えたのだ〉〈パレスチナ人の命などとるに足らない、ガザで起きているのは、世界でいろいろなことが起きているア・ラ・カルトのひとつに過ぎない、だから気にしなくていい、というメタメッセージを送っているのである。ガザで今、起きていることが、紛れもないジェノサイドであるにもかかわらず、こうしたメタメッセージを発信することで報道はそれがジェノサイドにほかならないという出来事の「本質」を逆に、公衆の目から隠蔽し、遠ざけているのである。なにが報じられたか、ではない。それがどのように報じられたか、その報じ方によっていかなるメタメッセージが発せられているかが、受け手の潜在意識により大きく作用する。〉

【事態の根本原因はどのようなものか】(118ページ~)
〈「出来事の「本質」を語るには、その出来事が根差す、問題の根本原因を踏まえねばならない。
しかし、主流メディアの報道がこの間(かん)、見事なまでに一貫しておこなっているのが、ガザをめぐる問題の根本原因を理解するために私たちが必要とする歴史的文脈の捨象(しゃしょう)である〉
〈パレスチナ・イスラエルの「紛争」には「複雑な歴史」「入り組んだ歴史」があると言ってお茶を濁し、「憎しみの連鎖」や「暴力の連鎖」といった「どっちもどっち」のイメージに落とし込む。「歴史」が語られないわけではない。〉しかし、ユダヤ教徒、イスラーム教徒やキリスト教徒の〈千数百年にわたるこの共生の歴史を破壊したのが近代におけるシオニズムによる侵略であるという、むしろ今、起きている出来事の本質にかかわる史実には触れない。〉〈ガザのジェノサイドとして暴力の頂点を迎えている問題の歴史的文脈を要約すれば以下のようなものだ。〉
▼19世紀末、ヨーロッパにおける反ユダヤ主義を背景にシオニズム(パレスチナにユダヤ国家建設を企図する政治的プロジェクト)が誕生し、英国の後ろ盾(だて)を得て、パレスチナへの入植が推進される。
▼第二次世界大戦後、国連は、ナチスによるホロコーストの結果生じた25万人のユダヤ人難民問題を解決するために、パレスチナの分割とユダヤ人国家創設を可決。1948年、パレスチナ人の四分の三を民族浄化し、パレスチナの78%を占領してイスラエルが建国される(ガザの住民の7割は、このとき難民となった者たちとその子孫である)。
▼イスラエルとは、アメリカやカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの白人共和国、そして満州国と同じ入植者植民地主義の国であり、パレスチナ人は80年近く、その暴力の犠牲となってきた。
▼1967年にイスラエルは、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区とガザ地区を占領、以来、国連安保理決議に違反して占領を続け(エルサレムに関しては、国際法に違反して併合し)、さらに国際法違反の入植地建設を国家的価値を有する事業と位置づけ、その拡大を推進する。占領下の人々は60年近く、その人権を否定され、入植者に土地を奪われ続け、日常的な暴力にさらされている。
▼2007年以来、イスラエルは、国際法に違反し、ガザ地区の完全封鎖を続ける。封鎖は産業基盤を破壊し、失業率は47%、世帯の8割が国連による食糧支援で食いつなぐ生活だった。ガザは10月7日以前からすでに人道危機状態だった。
▼ヒューマンライツ・ウオッチやアムネスティ・インターナショナルが訴えるように、イスラエルはヨルダン川から地中海まで、その支配下に置いている土地の全土において、パレスチナ人に対するアパルトヘイト体制を敷いている。占領下であれ、イスラエル市民であれ、パレスチナ人には自己決定権がなく、基本的人権を奪われている。

〈「入植者植民地主義」と「民族浄化」と「アパルトヘイト」と「占領」と「封鎖」。これが、主流メディアが「複雑」で「入り組んでいる」と称して、説明しない(説明することを忌避(きひ)している)、ガザ、そしてパレスチナをめぐる問題の歴史的背景の要諦(ようてい)である。〉

【メディアは加害の共犯者でありつづけるのか】(120ページ~)
〈植民地戦争―それは、歴史的に北米大陸で、アルジェリアで、ベトナムで、アイルランドで、そして中国で起きたことだ。日本の台湾植民地支配があったればこそ、1930年の台湾先住民による日本人民間人に対する襲撃と虐殺(霧社(むしゃ)事件(じけん))があった。満州国建国があったればこそ、1932年の反満抗日ゲリラによる撫(ぶ)順(じゅん)炭鉱襲撃があった。〉〈同様に、10月7日に行使されたパレスチナ側の抵抗の暴力に先立って、イスラエルによる入植者植民地主義の、占領の、アパルトヘイトの積年にわたる暴力がある。私達に必要なのは、この歴史的視座である。このような視座に立てば、ガザに対するジェノサイドを「テロ組織ハマース」に対する「自衛の戦争」だとするイスラエルの主張が(台湾先住民による抵抗の暴力を、蛮族のテロとして殲滅(せんめつ)した日本同様)いかに自国の加害の歴史を棚上げした認識の上に成り立っているかが分かる。〉
〈イスラエルの自衛権云々は、イスラエルが国際法上、占領国であるという事実を無視した上に成り立つ議論であり、国際法の専門家は、イスラエルはガザ攻撃に関して「自衛権」を主張することはできないと表明しているが、それを明言しうる国際法の専門家がスタジオに招かれることはない。〉
こうして行われる〈日本の主流メディアのガザ報道はイスラエルのプロパガンダの普及に貢献し、このジェノサイドの暴力が湧きあがる問題の根源を有耶無耶(うやむや)にすることで、まさしくジェノサイドに共犯しているのである。〉
「4月半ば、ニューヨークタイムズ紙がパレスチナ・イスラエル報道に関し、記者に対して「ジェノサイド」「民族浄化」「占領地」という語彙(ごい)の使用を避け、「パレスチナ人」「難民キャンプ」といった語彙も可能な限り使用しないよう指示していた事実が、内部の者によってリークされた。」〈アメリカの主流メディアはことごとくプロ・イスラエル資本の傘下にある。〉
〈プロ・イスラエル資本の傘下にあるわけでもなく、NYTのように「上からの」規制があるわけでもないだろう日本のマスメディアは、しかし、アメリカ・メディア同様に「ジェノサイド」「民族浄化」「占領」や、「(入植者)植民地主義」「アパルトヘイト」といった言葉を報道に用いず、歴史性を捨象することで、結果的にイスラエルに奉仕している。〉
    ※プロ・イスラエル・・・アメリカ議会(政界)で経済力を背景に政策を売買するイスラエルのロビースト
〈ジャーナリスト保護委員会によれば、5月16日現在、ガザでは、105人のジャーナリストおよびメディア従事者が殺害されている。アルジャジーラのエルサレム支局は閉鎖となった。出来事の様相と本質を世界に伝えんとする報道のゆえだ。彼らが殺害されるのは、彼らのことばに力があるからだ。この不正な現実を変える力が。/企業メディアにジャーナリズムを期待することがそもそもナイーブだと笑われるかもしれない。それでも、願わずにはいれない。この拙稿を読んでいるあなたが記者ならば、ガザのジャーナリストたちがその命を代償にして世界に伝えようとしたガザの事実を、日本の人々に伝えてほしい。あなたのペンで闘ってほしい。この世界の明日を変えるために。ことばにはその力がある。〉

追加(1) 早尾 貴紀(はやお たかのり) 『イスラエルの過剰な攻撃性に関する三つの問いをめぐって』
①(123ページ)〈ユダヤ人国家としてイスラエル人は第二次世界大戦下でのホロコーストでジェノサイドや民族浄化の不当さや悲惨さをもっとも身を以て知っているはずなのに、どうして同種のことをパレスチナ人に対して行うことができるのか〉
→(124ページ~)〈ユダヤ人国家を創設するというシオニズム運動〉は〈ユダヤ・ナショナリズムとに起源を持つのであって、20世紀半ばのホロコースト生存者がイスラエル建国を担ったわけではない〉それどころか〈ホロコースト生存者は、シオニズム運動に参加せず、つまりパレスチナへの移民を選ばずヨーロッパに残ったために迫害を受けることになったのであり、いわば「自業自得」であるとシオニストたちからは冷淡に認識された〉生き残った25万人のユダヤ人に対して〈ヨーロッパ各国は〉ユダヤ人のそれぞれの国への帰郷ではなくその大半を〈新生イスラエルへ送り出すことでユダヤ人問題の解決を図ったのであった〉シオニストはヨーロッパから避難民として帰ってきたホロコーストの生存者を入植者を増やす「駒」として利用したに過ぎない。〈戦う「強さ」こそを核に持つシオニズムは「弱さ」の象徴であるホロコースト生き残りを蔑(さげす)んでさえいたことを想起せねばならない〉
②(123ページ)〈紛争地帯とはいえ、イスラエルの攻撃にあるこの過剰な暴力性・非人道性はどこから来ているのか〉
→(126ページ~)〈パレスチナ入植を進めたシオニズムの起源が、ヨーロッパの排外主義的なナショナリズムとともに、ヨーロッパのアジア・アフリカに対する植民地主義にある/すなわち、シオニズム発生の経緯を振り返ると、その暴力性の深淵(しんえん)はヨーロッパ近代に根ざしている〉
ハミット・ダマシは〈「イスラエルの対ガザ戦争にはヨーロッパ植民地主義の歴史全体が含まれている」では「入植者植民地主義」・「明白なる天命」・「野蛮人の根絶やし」〉この三つの思想がヨーロッパのアジア・アフリカ支配の原理をなしており、イスラエルのガザ攻撃にもがそれで濃厚に現れ出ている〉と指摘する。〈ヨーロッパが南北アメリカや南アフリカやオーストラリアに入植していった際に、入植者が先住民を奴隷化し、土地や資源を奪い、労働力を搾取し、そしてそこに入植者コミュニティが中心となる国家を建設するのがセトラー・コロニアリズムである。イスラエルもそこに連なる〉
    ※セトラー・コロニアリズム・・・新しい土地に入って来た入植者が、その土地に先住していた人々の存在を抹消し、不可視化していくプロセスであり、そうした歴史から生まれる人々の思考と社会の構造を指す(マイクロソフトbing)
〈アメリカ合衆国の場合は、神から授けられた「明白なる天命」によって正当化のイデオロギーを得た。テキサス共和国の併合を「神による意思」として煽動する標語として使われ始め、その後さらなる西部侵出、さらにはハワイやフィリピンなどの海外膨張時まで一貫して使われた。〉〈シオニズムにおける「聖地や」「約束の地」という短絡した聖書解釈でパレスチナの全面占領を正当化することが、マニフェスト・デスティニーにあたる〉
※マニフェスト・デスティニー・・・アメリカ合衆国西部開拓を正当化する標語であった。「明白なる使命」や「明白なる運命」、「明白な天命」、「明白なる大命」などと訳出される。「文明は、古代ギリシアローマからイギリスへ移動し、そして大西洋を渡ってアメリカ大陸へと移り、さらに西に向かいアジア大陸へと地球を一周する(ウィキペディア)
〈そして「野蛮人の根絶やし」は、1899年のコンラッドの小説『闇の奥』で、アフリカ中部ベルギー領コンゴに来たベルギー人の象牙商人が口にした言葉から来ている。「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」、と。ヨーロッパ人は「文明人」、アフリカ人は「野蛮人」という典型的なヨーロッパ中心主義的な人種主義と植民地主義にもとづき、先住民のアフリカ人のジェノサイドが正当化される。ガザ地区でパレスチナ人が無差別に虐殺されているが、この常軌(じょうき)を逸した殺戮が長期にわたって継続できるのも、自分たちが「文明人」でパレスチナ人が「野蛮人」だという絶対的な差異を認め、そして野蛮人は同じ人間ではないと認めているからだ。事実、“10・7”ガザ蜂起の直後に、イスラエルのガラント国防大臣が「われわれは人間動物を相手にしている」と発言し、またネタニヤフ首相やヘルツォーグ大統領が「ガザ攻撃は西洋文明を守る戦争である」と相次いで繰り返すなど、文明対野蛮という図式での発言が際立っているのは、その明確な証左である。〉※これらの論を展開する在米イラン人の中東研究者であるハミッド・ダバシはヨーロッパ中心主義的な人種主義と植民地主義がヘーゲル哲学に根差していることまで言及しているがここでは触れない
③(124ページ)〈人権と民主主義の先進国を自任しているはずの欧米諸国がなぜイスラエルのこの蛮行を容認し、軍事支援までしているのか〉
→(128ページ~)理由は二つある。その第一は〈シオニズムはヨーロッパの人種主義と植民地主義の模倣と反復〉だということ。〈ヨーロッパ中心主義的な「正義の暴力」を「野蛮」なアジアに対して行使するのは、当然欧米諸国の根底的な価値観と利害に合致している。それはイスラエル建国前のパレスチナへの入植活動から、建国後の西岸地区・ガザ地区への軍事占領まで一貫してきた。どれだけ露骨な国際法違反の暴力・収奪・隔離(かくり)があろうとも、イスラエルが処罰されたことなどない。シオニズム運動の側も、歴史上つねに「アジア・アフリカの野蛮に対するヨーロッパ文明の防壁」を自任し、そのことでもって欧米からの具体的な支持と支援を求めてきた。イスラエルと欧米とはかくも強い同質的な結合をなしている。それは21世紀に入ってからのガザ包囲攻撃でも変わることなく、イスラエルを止める動きはほとんどない〉
もう一つの理由。それは〈21世紀の「対テロ戦争」の世界でイスラエルがある意味で先頭に立っているという事情である〉〈2001年の“9・11”いわゆる米国同時多発攻撃をきっかけに、アメリカ合衆国がアフガニスタンおよびイラクを標的とした「対テロ戦争」を大々的に掲げて、そして世界に対して「我々の側につくのか、テロリストの側につくのか、中立はない」と迫ったときに、そもそも米国との特別な同盟国であったイスラエルは公然とそれに便乗して、パレスチナの抵抗運動をすべからく「テロ」と分類し、かつそれを欧米諸国に共有させたのだった。/それ以降、イスラエルは急速に「対テロ戦争」の最先端国としての地位を獲得し、パレスチナ占領および周辺アラブ諸国との戦闘の過程で開発してきた武器やセキュリティー技術を、イスラエルの「主要輸出産品」として売り込むことができるようになった。イスラエルの政府と企業メディアによる防衛・セキュリティー製品見本市(ISDEF)は折しも2007年に始まり、「その性能は実戦で実証済み」を売り文句に世界中で見本市を開催するようになって現在に至る。〉〈イスラエルの占領政策が、「対テロ技術」を欲する欧米諸国に対し、その技術と手法と経験との貴重な提供者となったことは事実である。とりわけ2006年にパレスチナ議会選挙で勝利したハマースをヨルダン川西岸地区から排除してガザ地区に封じ込めた07年以降、ガザ地区への軍事攻撃は恒常的に激化しており、それ以降ガザ地区がとりわけ壮大な武器の「実験場」となっていることが、欧米が執拗(しつよう)にイスラエルを支持し続けることの背景をなしている。〉〈さらに新しい軍事技術の実験が、“10・7”ガザ蜂起以降に生じている。それはAIを利用した「標的の自動生成」とそれに沿ったドローンによる空爆攻撃である。
  ※AI・・・(アータフィシャル インテリジェンス)人工知能。『人間と同じ知的作業をする機械を工学的に実現する技術
〈“10・7”以降のイスラエル軍の膨大な数のガザ空爆は「ラベンダー」という名前のAIマシーンが判定した「標的」に対してなされているという。「ラベンダー」は約230万人の全住民の行動履歴データが入力された監視システムから自動的に「テロリスト」の確率を判定する。写真や動画、移動した場所、会った人物、通話記録、SNSへの投稿やコメントなどなどが把握されて、それらのデータの集積からAI「ラベンダー」がハマースやイスラム聖戦などの抵抗組織への関与の度合いを評価し、標的生成をする。〉それが20秒くらいで決定される。〈一人の潜在的な「標的」(この判定も怪しいが)に対して最大20人が巻き込まれることを許容して建物ごと爆撃している以上、民間人の殺害を意図的・組織的・継続的に行っていることになる。そして問題は、欧米諸国(そして日本も)がこのようなシステムで民間人空爆をしているのを容認していることである。なぜか。〉〈各国は重大な関心を払っている。実戦でどれだけ使えるのか、精度はどうか、効率はどうか、コストはどうか、国内外の世論の反応はどうか、自国軍に配備することができるか。見るべきところはいくらでもあるだろう。/パレスチナ人の人命や人権などよりも、戦争技術の論理と資本の論理が優先される。これが③の問いへのありうる回答だ〉
おわりに〈ガザ攻撃は徹頭徹尾、近現代世界の問題であり、植民地主義と人種差別、そして戦争テクノロジー(科学技術)と資本主義の問題なのである。イスラエルの攻撃性の異常さをあげつらっているだけでは本質的な理解と批判にはたどり着けない。/つねに世界的・歴史的なコンテクスト(文脈・背景)で理解することこそがイスラエルの暴力を止める手がかりになるはずである。〉

追加(2) 栗田 禎子(くりた よしこ)『ガザ侵攻に抗うグローバルサウス 誰が国際法をよみがえらせるのか』
(138ページ~)〈2024年5月にはパレスチナの国連正式加盟を支持する決議が国連総会で採択される―これに対しイスラエル代表は壇上で国連憲章をシュレッダーで裁断するという行為に出たーという展開も生じた。/現在、「即時停戦」は国際世論の大勢となった〉〈国際社会の姿勢にこのような変化が生じるにあたり、アジア・アフリカやラテンアメリカなどの、いわゆる「グローバルサウス」の国々が重要な役割を果たしてきたことである。〉〈先進国内部に広がる「グローバルサウス」〉〈「イスラエル」でもあり「パレスチナ」でもある日本/長く米軍占領下に置かれ、辺野古への基地建設強行、さらに最近では日米政府による南西諸島の「軍事要塞化」という事態に直面している沖縄の人々は、実は「パレスチナ」と同じ境涯(きょうがい)に置かれていると言うこともできる。ガザ侵攻強行にあたりイスラエルは核兵器に言及することで周辺諸国を牽制(けんせい)し、米政界でも侵攻を支持する政治家がガザは「ナガサキのように扱ってやるべきだ」と公言するなど、今回の危機の過程では世界の民衆を恐怖で支配する核兵器の存在もあらためてクローズアップされているが、広島や長崎で原爆投下という究極の無差別殺戮、ジェノサイドの対象となった被爆者もまたガザの人々と同じ経験で結ばれていると言えるのではないか〉

追加(3) 三牧 聖子(みまき せいこ) 『ジェノサイドを否定するアメリカ、ジェノサイドに抗するアメリカ』(146ページ~)
〈Z世代のアメリカの若者たちは、自国が多くの他国民の命を奪い、さらには自国民の命すら大切にしない国であることを骨身に染みてわかっている。20年超の対テロ戦争に880兆円も費やした結果、アメリカ国内の社会保障や医療体制はぼろぼろになり、新型コロナ危機では、世界最高の医療がある国で、世界最大の死者を出した。格差が拡大し、教育やまともな住居ですら、庶民には手の届かない贅沢品(ぜいたくひん)になりつつある。こうした自身の経験をもとに、彼らは、アメリカが「命を粗末にする国」ではなく、「命を大切にし、命を守る国〉になることを強く求めている。〉
    ※Z世代・・・1990年代後半から2000年代に生まれた世代 

追加 (4)『座談会 暴力と不公正に声をあげつづける』(154~164ページ)※タイトルのみ
    
追加(5) 『インタビュー 軍事侵攻下のパレスチナから 小説家・作家アーティフ・アブー・サイフ』
           訳者解説「パレスチナの声を聴く  中野真紀子」(165~173ページ)※タイトルのみ

         (以上、第99回水平塾大学での学習資料として提供)


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