第7夜・自らも作る建築家 TOPIC2|マイナスから建築を考える(吉永規夫/Office for Environment Architecture)
吉永です。よろしくお願いします。今でもたまに「自分たちで作る」ということはしていますが、できればプロに作ってもらいたいとは思っています。笑。図面引くのも正直、面倒な部分もありますが、でも、いいものを作りたいからやり続けているのだと思います。
現在、私は独立して大阪で店舗や住宅の設計、施工を手掛けていますが、私、実は建築学科で建築を学んだわけではありません。私自身は建築設計をしたくて入学したのですが、和歌山大学システム工学部は「環境デザイン」という大きな枠組みの中に建築が位置付けられています。それもあってか、授業ではある種、建築が持つ負の側面を学んでいた部分もありました。
大学卒業後は本多友常先生のもとで3年くらい修行し、小学校の改修などを担当しました。担当作品の中には、建物をきちんと直して、後に重要文化財になったような事例もありました。この経験は大きかったです。こういう、きちんと直して後世に伝えるということは、建築家にとって、大事な仕事なのではないでしょうか。
©Office for Environment Architecture
大阪長屋の改修の可能性
その後、大阪で独立して、店舗や住宅などを手掛けています。さて、今日は大阪に残る長屋の改修事例をご紹介します。
大阪には、大正時代末期から昭和初期にかけて、大大阪時代と呼ばれた時代がありました。当時木造長屋が至るところに建てられ、98%の人が長屋に暮らしていたとも言われています。これが現在の大阪の都市部の住まいの原型となっています。
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私も2008年くらいから2軒長屋に住んでいます。隣が空き家の状態に不安を感じた、隣のおばあさんが入居者を求めていたことが縁でした。5年くらいは全く改修せずに住んでいたので、外から帰ってきたら室内気温が2度くらいだったり、隣のおばあさんが仏壇にお参りする「チーン」という音で目が覚めたり、色々な経験をしました。
結婚を機にリノベーションをしようという話になり、2015年に自分たちで改修をしました。天井を開けてみると、天井から屋根までの壁(界壁)がありませんでした。そりゃぁ、音も筒抜けですよね。笑。大工さんに色々と習いながら、自分たちでできる改修や音対策などを施し、ワンルーム空間の住まい兼事務所に改修しました。
©Office for Environment Architecture
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自宅改修を経て、地面と近い暮らしがいいなぁ、とか、色々と良い面も見えてきました。また、大阪には長屋がたくさんあるので、これはもしかしたらビジネスになるかもしれない、という淡い期待もありました。
そこで、「よし!ながや!」
とか、吉野家をもじって「早く、安く、巧くの吉永屋」
とか、色々考えて、「ヨシナガヤ」シリーズを始めることにしました。
大阪の長屋に関して改めて調べてみると、ここ20年で大阪は長屋の数が激減していることがわかりました。実に、1日7軒が取り壊されている計算になります。この事実を知った私は、建築に関わる者として、古いものを生かせないかと考え、
「ヨシナガヤ」=よい長屋にする、という思いで、長屋のリノベーションを手掛けるようになりました。私が思う良い長屋とは、住みやすい長屋です。路地環境など周辺も含めて長屋をポジティブに捉えています。
ヨシナガヤシリーズで試みてきたこと
ヨシナガヤは100棟を目指して35歳の頃に始めました。
ヨシナガヤ002は、あまり予算に余裕がありませんでした。長屋は安く取引される傾向にあり、予算がない中でデザインするという場面にはよく出会います。施主施工で改修をし、古い畳を防音壁にするなどの工夫をしました。
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ヨシナガヤ004では、「クロス張り替えるくらいの金額で、ヨシナガヤみたいにできませんか?」とお施主さんから問い合わせがありました。「いやいや、クロス張り替えるくらいではヨシナガヤにはならないので、クロス張り替えましょうか?」といった押し問答を繰り返したりしましたが、要は安くしてくれ、という意味ですよね。ヨシナガヤを始めたのが35歳だったのですが、長屋はいくらやっても儲からないな、と、この辺りで気がつく訳です。
©Office for Environment Architecture
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ヨシナガヤ005は、築105年の10軒長屋の1つをセカンドハウスとしてリノベーションしました。100万円で取得した住宅で、軽自動車くらいの値段で改修して欲しいという依頼でした。できることを選択しながら、とにかくローコストで仕上げています。ちなみにこちらの住宅は、数十年前に平屋から鉄骨梁を入れ2階建てにしたものでした。長屋自体の力強さというか、生きる力というものを垣間見た気がします。
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長屋はそれまでの時間の積み重ねがあるので、増改築が加えられているものも多いです。どの物件にも生きるエネルギーのようなものを感じます。また、リノベーションして入る我々は、前から住んでいる方を大切にする必要があるとも思います。音対策を大切にしたり、物件によっては工事期間中お隣さんが住むアパートを用意するなどの工夫もしてきました。
長屋を改修することの重要性|田島5丁目の長屋の改修
ここで一つ、紹介したい話があります。危険倒壊家屋に指定された長屋で、屋根と外装を整える最低限の修繕を施した物件があります。お金もないし、工事も難しい工事でしたが、最低限の雨仕舞いを設えました。
©Office for Environment Architecture
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しかし、修繕完了から2日後、隣家の漏電が原因で火災に巻き込まれ、取り壊さざるを得なくなってしまいました。修繕をした長屋は、5軒長屋の1つで、他4軒は全て空き家で、誰も管理されずに放置されていました。
©Office for Environment Architecture
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このことから私が言いたいことは、建物は人がいて、初めて成り立つものだということです。
大阪府内には70万軒の空き家があるといわれています。建築に携わるものとしてもっと空き家問題に対してより真剣に考えなければならないと思っています。私自身、建築を通してしか何もできませんが、もっと真剣に空き家問題に取り組まないといけないと考えています。建築従事者は、建築にまつわる諸問題をきちんと理解し、行動に移さないと建築家の信頼を失いかねないという危機感があります。
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ヨシナガヤはNo.19までできました。築80年程度の長屋がとても多いのですが、リノベーションを通して、大阪、ひいては日本の100年住宅を実現できればと思います。
(以下ディスカッション)
廣岡|私も大阪にいたことがあるので、長屋が多くあることは知っていたのですが、こんなに空き家が多いということにまず驚きました。あと、どの作品も、ただ目立とうとしているのではなく、まちと一緒にあるような、集団としての美しさで捉えられているように感じました。
ヨシナガヤを通して、大阪を作っているというような印象すら持ちました。リノベーションのプロジェクトというと、内装を変えているようにしか聞こえませんが、私は吉永さんの外観の手の付け方がとてもいいと思いました。新しい開口の付け方でも、キッチンと通りが面することって、こんなにハッピーなんだと気づかされました。元々炊事場が街に向いていることには、環境的な意味があったと思うのですが、調理をしている人がまちの様子を見られるのはとても良い環境ですね。
吉永|私がいつもまちを歩いていて面白いと思っているのは、ガスを着火する音が聞こえてくるなど、音がつながっていることなんです。しかし、ライフスタイルの変化によって音対策も必要になっているのも事実です。
実は、外観についてはあまり作れてないという葛藤もあります。でも、私は自分のことを芸者だとも思っていて、目の前のお客様にパフォーマンスをすることが重要なのだとも思います。依頼に対して色々な回答を出すことの積み重ねを大切にしています。
廣岡|「芸」とは、人の手で生まれるものですよね。今伺ったお話も含めて全てが生々しくて、ご自身を「芸者」と捉えられているのはよく分かります。大阪を作っているというのは、物質的な意味だけではなくて、コミュニケーションから建築、場、そして集団という意味を含みます。日本の近代建築は、1つが美しいものを目指してきた側面はあると思います。それとはまったく違っていて、ヨシナガヤは集団としても美しく、まるで京都の町屋のようでした。大阪では長屋を文化的なコンテンツとして軽視されがちですが、吉永さんのお話から、自分たちのルーツが長屋にあるのだということがよく分かりました。吉永さん自身の捉え方も、人と人との結びつきなどを大切にされており、単なるリノベーションに収まらない、大阪を作っているという印象につながっているのだと思います。
伊東|先ほど仰っていた「芸」の考え方が面白いと思いました。長屋という1つの軸を反復することでスキルが積み重ねられる点も、芸事と共通していると感じました。それぞれ挑戦されている中で軸が一本通っているので、単独の建築にとどまらない実験ができてうらやましいです。
佐藤|少ない予算の中で何ができるか考えつつ、先に住まれている住人の方のことも考えて、豊かな環境づくりを設計の中に落とし込んでいましたね。吉永さんが考えるディテールのお話で、建具や収まりについて気になったので、伺ってみたいです。
吉永|例えば、扉は合板に丁番がついているだけのシンプルな作りにしています。コスト削減のためなのは勿論ですが、私は大工ではないので、レールや複雑な取手はつけません。できることをやった結果がディテールに表れると思います。一方で、私が建具を作ることによって、建具屋さんの仕事を奪っているかもしれないという心配もあります。簡素化・簡略化が本質だと思います。プロに頼むことでできることも増えるので、職人さんも含めた建築分野にとって何が良いことなのか考えています。
廣岡|では、続いて伊東さんのレクチャーに移ります。
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編集:伊藤萌、佐藤布武(名城大学佐藤布武研究室)