第13夜 街の景観と建築| TOPIC4 風景 建築 制作 (板坂留五さん)
この記事は、よなよなzoom#13:街の景観と建築(2020年11月21日)でディスカッションされたものを編集しています。
風景 建築 制作 (板坂留五さん)
景観と風景
今回のテーマを考えたとき、言葉づかいとして私の中では景観より風景という言葉を使うことが多かったです。まず、景観という言葉は景観計画やランドスケープのようなジャンルの一つのイメージが強く、計画されているものや客観的に統率の取れているもの、集落なども当てはまると考えていました。一方、私がよく使う風景という言葉は計画されているかは問わず、無意識的に目に入る、屋外の眺めや様子を指しています。ここからはその風景について話していきます。
興味の移り変わり
2018年に藝大修了とともに独立して実作が少ないため、今回は学生時代の課題も含めて風景をどう扱ってきたかということや建築にどう取り込んでいくかを話していきたいと思います。
まず、興味の移り変わりを整理すると、
つくるエンジン、モノの見方、全体性・コンセプト、の3つの軸にわかれています。
©板坂留五
初めに、つくるエンジンの軸です。
学部生時代最初の課題が住宅で、敷地から見える風景を設計のきっかけとして扱いました。
その後、風景を見直すための建築を考えるようになり、風景にはつくるためのエンジン的な役割があるのかと考えるようになりました。
モノの見方の軸としては、モノの意味をずらしたり置き換えるなどといった、モノの記号論への興味から始まりました。その後、そのモノが既に持っている意味自体への興味から、徐々に、設計を通して別の意味を新たに見つけるといった方へ向かっていきました。
全体性やコンセプトについて、学部時代には「バラバラ・等価・即興」といった全体性のないことを目指すべきだと思っていましたが、そこから段々と、形としては全体性はな苦とも、それに含まれるもの同士の関係性がある、といったコンセプトのあり方を考えるようになりました。
また、実務を経験するなかで具体的にクライアントができ、自分の作る空間が実際にできると居心地についても大切に思うようになりました。
今回のよなよなでは、一番目の軸をメインとして話していきたいと思います。
内神田での複合施設の設計課題「sukima building」
学部2年後期の設計課題は、大丸有地区の延長にある内神田のエリアの1,2街区を選び、そこを建て替え、暮らし方とともに商業やサービスについても、建築を伴って提案するものでした。とりあえず街を大手町から歩いていくと、段々スケールが切り替わり全然違うスケールで一つの街区の中にビルがひしめき合うのに面白さを感じました。その隙間で起こっているごみ捨てや喫煙する人などに目がいき、それを突き詰めようと思い、sukima bulidingを制作しました。
制作の過程としては内神田エリアの隙間を実測やものの採集から始めました。さらに、オフィスビルの集合体の現状から、課題で与えられた住居機能などが混ざった建物となった場合、異なるプログラムの居室が隣り合うことでどのような関係が生まれるだろうか、と考えました。
そして、1つの建物の中で隣同士の居室やテナントが持つ隙間が30㎝から4mの隙間をもって建っていたら、お互いの室内の間取りはどういう風に変わるかというのを具体的にパターン化しました。
©板坂留五
30㎝から4mとかいった隙間の寸法のパターンと、容積率から7階建てとなったので、地上階だったら歩行者との関係、中層階だったら住戸同士の関わり、最上階は採光や眺めに関することでパターンを作りました。
例えば、隙間が30㎝の中層階だと、隣の部屋に向けて窓をあけてしまえば、隣の部屋の外壁がすぐそこにあるので、内壁のように扱うことができます。そうすると、その隣の部屋は必然的に壁になるので、風呂やトイレなどの窓がなくても良い機能が面することになります。このような隙間による壁の周りの使いかたからそれぞれの間取りを考えました。
そして、決めた敷地の中に隙間のグリッドを引き、その中を陣取りするように面積をとり、その後、先ほどのパターンで間取りを決めていくという形で複合施設を設計しました。
最後のアウトプットでは、各住戸間の隙間を中心に壁を倒した俯瞰パースのようなアクソメ のような図を描きました。
建物内部は個人の価値観でできてしまいがちな印象があったのですが、自分が風景からアプローチできるならそこにいる人の暮らしや活動に関われるのではないかと思った課題でした。
©板坂留五
ちょうど学部2年のころから、同じ芸大の中にある乾久美子研では「小さな風景からの学び」のリサーチが始まっていました。廊下には写真も貼りだしてあり、自分も似た収集をしていたので刺激を受けました。また、マルティーノ・ガンパーの「100 Chairs in 100 Days」という本のように、何かを組み合わせて新しいものを作るということにも興味を持っていました。
蒲田での卒業制作
境界についてテーマとして扱いたい気持ちがありました。商業エリアと居住エリアが隣接しているような街区ごとの境界というよりは、一つの街区の中にいろんな職種の人や相反する人が住んでいるところを対象としたいと考えていました。
その結果、京急蒲田駅の東側の小さな町工場がひしめくエリアを対象とすることにしました。この街には、いろいろな町工場の建物の外にある構築物、海外や地方に移転し使われなくなった工場がマンションや戸建てになり虫食い状態になっている街区、そこに住む住民のために昼間は騒音が出ないようにシャッターを閉めている工場、など時代の変化とともに同じ街に集まったことによる様々な現象がありました。この状況から、町工場の建物の外にある構築物が面白いと感じ、それらを題材として収集し進めていきました。
その後、設計段階でプログラムを決める際に、リサーチとデザインの関係性を考えることになります。進め方として避けたいものは、リサーチとデザインが連関していない<ブラックボックス型>や、リサーチが優先されデザインがおまけのようになる<リサーチ優先型>、その逆で作りたいものに合わせてリサーチを行う<デザイン優先型>などといった型でした。これらに対して拒否感がある原因は、リサーチからデザインへという順番が決まっていることなのではないかと考えました。
そこで、私はリサーチとデザインを同時に進めることができないかと考えました。リサーチをして得たものを設計に生かすのはもちろん、設計をしているときに対象についての発見や気づきが得られるように進められるのではないかと考えました。
©板坂留五
そして実際の進め方として、いくつかの方法を考えました。しかし、何か一つの建物に集約すると博物館のようになり、空間に意味や価値のない<リサーチ優先型>となってしまいます。パタンランゲージのように工場の人の行為と形の関係を探るとリサーチ→デザインと順番になってしまう、メイドイントーキョーのようにカタログ化しリサーチのみとするよりは、アウトプットを建築にしたいというように迷走していました。
そのとき、乾久美子さんに「単純に小さな町工場の持つ建築的なタイポロジーが建築的ボキャブラリーとして面白いから、これを使って楽しい住宅地にしたいとかっていう方がもっと単純なんじゃないですか?」と言われ、先に作りたいものを決めてしまうと自分が蒲田に対して魅力的だと思っていることを捨ててしまうような気がして、とりあえずは手が止まるまではいろいろな風景をリサーチし、自分なりに解釈していこうと思いました。
まず、集めた構築物を図解化しアクソメに落とすことから始めました。その後、それらを印刷し、重ねて、ある工場の増築フェーズを追ってみました。その過程で、重ね順や色、向きなどを少し変えるだけで全く違うものになり、そこに面白さを感じました。
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そして、これを新しく建つ住宅に行ったらどうなるだろうかと考えたのですが、手が止まってしまいました。なぜなら、重ねる=増築には、理由、つまり機能や意味付けが必要だからです。この街にとって赤の他人である私が、ここに建つ住宅に付与していくには、思い出、記憶や歴史的価値観、住民との対話などに対するリサーチが不可欠だと考えられます。ですがそれを行うことは、私が卒業制作で取り組みたいこととは違うと感じ、作成したアクソメをカード状に印刷し、その図像の重ね合わせによって設計することにしました。
具体的に説明すると、集めてきた構築物を「カケラ」と名付け、意味と形態によってできていると定義しました。工場で何かしらの用途(意味)で使われていたものから形態のみを取り出し、意味のない状態の「カケラ」とし、それを住宅のベランダなどに付けることで新しい機能(意味)をもつようになるというようにし、モノ自体が意味と形態を入れ替えながら形を更新していくという考え方で進めました。
同じ大家が持つ複数のアパートや建売の戸建て住宅などを対象にし、それぞれ7枚の構築物のカケラをくっつけることをルールとし、空間の使われ方の変化を検証しました。
7枚とした理由は、カケラが少ないと無難に住宅に取り込めてしまうため、必ず無駄になるようにし、自分の想像のできないものを作り出すことを目指したためです。
例えば賃貸アパートだと、既存のアパートをアクソメで立ち上げ、そこにカケラのカードを重ね、中の居室との接続やカケラの組み合わせで場や機能が付けられるということをやっていきました。
©板坂留五
大きな搬入口の屋根をつけると駐車場が室内化したり、長い外廊下を棟間に渡したりすることで空間を接続させたりしました。
©板坂留五
平面的に見ていくと、地上階では中央に劇場ができ、隣接するところにカフェができています。2階では渡り廊下が2棟をつなぎ、ロビーと居室をつなぎ、ウィークリーマンションとなっています。3階の一室が映写室隣、駐車場が映画館となっています。
このように、カケラを外付けすることで、室内の間取りや使い方、あるいは屋外の流れを変えるということを考え設計しました。
講評の際、風景を集めて抽象化パターン化して建築化するみたいな流れでなくて、風景を見たままの形で扱ったことが議論になりました。例えば、街の一つ一つのパーツは、庇っぽいもの・ガレージっぽいもの‥と分類はできるが、分類した瞬間に、ある程度抽象化することになります。その時に、もともと持っていたそれ自体の面白さが捨象されてしまうことに違和感があり、形だけはそのままの姿で死守することで、捉えがたい面白さを残しておける、と考えたからでした。また、そのまま持ってきたときにおこるズレとかミスマッチが面白さになるだろうと、考えていました。その中で出た、中山英之さんの「計画と目的が、完璧に建築の技術によって一致してしまう世界に対する強烈な不安、な訳ですね。」という発言はその後も意識するようになりました。
ここまでが前半戦です。設計のきっかけとしての風景から、設計に用いたあとにもう一度新しく風景を見直し、価値を付けられるようにしたいと考えるようになりました。このフェーズが修了制作まで続いていきます。
淡路島での修了制作&実施設計(半麦ハット)
実施ということで、前述の卒業制作の手法を完全に実践することは断念しましたが、その中でも風景と建築、リサーチとデザイン、街の観察と建物の設計の関係についてはどちらも置いてきぼりにしないという気持ちで取り組みました。
敷地は淡路島の北部の東浦というところです。両親が施主で、母親の子ども洋服店の2店舗目兼週末住宅という用途で、2年ほどの期間で行いました。周辺状況としてはもともと工場跡地で南に海苔工場、北に住宅街というふうになっています。
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まず、街のリサーチから始めました。海苔工場のタンクや乾燥機の巨大な換気口や、神戸や三宮へのアクセスが良く住みやすく移住者の多い街であることから建売住宅が並んでいたり、海に面しているところでは自作のデッキ、内陸部ではカーネーションのための温室が残っていたりしています。バラバラといろいろなものがある混在している一見普通の郊外地域で、特有の風景があった蒲田のときとは違い、いくつもの要素が並列しているように感じました。
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その中で、最初に興味を持ったのが、外装に用いられるサイディング材でした。建売住宅で用いられるサイディング材と、もともとトタンでおおわれていたノリ工場が間口を改修した際に張ったサイディング材、公園で土留めに使われていたサイディングの端材など、街の色々な場面で見かけられ、単価や色、種類などは違うものの、風景が連動しているように見え、面白そうだと感じました。
しかし、島外の観光客には「海鮮」「オーシャンビュー」などといった言葉が向けられ、島内の不動産屋は「古き良き瓦葺きの街並み」にしたい、と話していたり、「わかりやすさ」によって本当の「らしさ」や先ほど感じた面白さが取りこぼされているのではないかと思いました。住んでいる人は「らしさ」や私が面白いと思っていることを無意識的に取り込んでいるように感じ、その無意識的な街らしさに心を惹かれていきました。
そこで、修了制作では、
つくづく、「らしさ」はそんなに簡単にみつかるものなのか、
そして共有すべきものなのか、と不思議に思う。
というフレーズをテーマに進めていきました。
設計のスキームとしては、どんなものがあるのかをとことん調べることは変わらず、設計の材料を集めることから始まりました。それらを組み合わせて新しい場を作るスタディと施主(両親)との話し合いを平行して進めるうちにまとまっていきました。
修了制作の発表の形式としては、正面に貼られている風景のマッピング、左側に貼られている設計図面、見たものと考えたものが向かい合っている形になっています。
風景のマッピングは、撮影した写真を地理的な関係は無視して、関係のありそうなものを隣り合わせで配置していったしりとりのようなものです。中央にはホームセンターが位置していたのが意外で面白かった点です。
具体的な設計についてですが、温室の架構のふた屋根があり、住宅の基礎とサイディング材が足元を巻いていて、白い木の構造体は海苔工場と同じようなもので住空間を作っています。ふた屋根の向かって左が店舗、右が中庭と住宅と店舗の共有部というふうになっています。店舗に突き出しているデッキがゲストルームになっていて、デザイナーが滞在する際に店を見渡たせ、店全体が自分の空間だと感じられる配置になっています。また、中に入り込んだサイディング材から照明が出ている様子は内外の境界をあいまいにしています。
©板坂留五
実施設計に入ると、ガラス温室と住宅の熱の考え方の違い、ガラス下見板の雨漏り問題、延床面積と坪単価が合わない、母が購入したアンティーク扉を建具として利用する、などといった諸問題にぶち当たりました。
それと同時に、サンプリングで実施設計にできるのかという周囲からの懐疑の目や、ガラスの温室が住宅になること、修了制作を実現することへの期待感も感じていて、不安がありました。
しかし、西澤徹夫さんや工務店の方と協議していくことで、コンセプトとしては形に対する制約はなく、風景をどう扱っていくかという態度に目的があると明確化され、竣工へ向かっていくことになりました。
結果的にはふた屋根は変わっていませんが、ガラスからフレキシブル構造に変更になり、一部サイディングだったり、波板のスレート屋根があったり工務店さんや温室メーカーさんなどと協力しながら工事が進められました。
©板坂留五
竣工した建物は、鉄骨で外周を作っていて、中は木造になっています。ショップとリビングが両サイドにあり、北側にベッドルーム、南側にエントランス、バスルームは自宅用とゲスト用の二つあるというふうになっています。
©板坂留五
入口はショップと住宅で分かれており、ショップは高さがある空間となっており、住宅側にはロフトがつく計画になっています。バスルームからエントランスにはコアの隙間を抜ける洗面室があります。
サイディングは外装で使いながら内部の窓材にも使っています。簡単に削れることを発見したのがきっかけで、サイディングは表面材以外にも厚みのあるもの、丸みのついた内装材、といった側面も持っていることに気づき、とても面白い建材に感じています。鉄骨柱がサイディングの窓台から突き出ているようになっています。
半麦ハットをやっている最中は、風景と建築はどういう風に関わるんだろうという不安を抱えてやっていました。しかし、どのように風景につながるか、半麦ハットを見て街を歩いたときにどこまでリンクするか、どういう意味がもたらされるかは考えられていませんでした。
風景の見方を決めようとはしていなかったので、実際どう見えているのだろうかと思い、内覧に来てくれた方に何を考えたかを題に寄稿文を依頼し、そこに写真家の視点も加えて一つの本にしました。
©板坂留五
そうすると思ったとおりのことを思ってくれている人から、自分事としてとらえ全く違うことを思っている人などいろいろな立場がありました。今はそれら視点に対して自分はどうしていくべきか風景への向き合い方を考えています。
(以下、ディスカッション)
廣岡:風景に対してアイロニーとポジティブさが両面あるように感じました。どちらかではなく両方の立場をとるという姿勢に感銘をうけました。二者択一ではない考え方の大切さを感じました。
板坂:いい意味で、なんでもやりたいという学生感が出ていたのかもしれません。
富永:建築学生の理想形ですね。どうやったらそうなれるのか知りたいですね。
板坂:学部生のときは評価されませんでした。卒制でやりきってやっとという感じでした。
富永:答えを出さないことを恐れない勇気がすごいと感じました。
板坂:教授にダメ出しされても助手さんや仲間などがいたので、何とかやってこられましたね。
廣岡:指導するとき、安易に答えを出させてしまいがちなので気を付けないといけないですね。
藤木:見習うべきところが多いですね。自分の疑問や思っていることに素直に一つずつ検証し積み上げ次のステップに進む姿勢はすごいと思いました。
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編集:原裕貴、佐藤布武(名城大学佐藤布武研究室)
文字校正:板坂留五