第11夜 若手建築家プレゼン大会| TOPIC3 笹田侑志さん・向山裕二さん(ULTRA STUDIO)
この記事は、よなよなzoom#11:若手建築家プレゼン大会(2020年10月3日)で、ディスカッションされたものを編集しています。
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都市文化を批評的に捉えなおしつつ、建築的介入を作りだす(笹田侑志さん、向山裕二さん/ULTRA STUDIO)
笹田:我々は3人で事務所をやっています。
向山裕二、上野有里紗、笹田侑志からなる建築コレクティブです。2013年の学生時代から一緒に事務所を構えようとは話していました。その後、別々の場所で経験を積み、2018年に再結成という形で始めています。僕は2020年から正式に参画しています。
©︎ULTRA STUDIO
僕は福岡市で育ち、九州大学芸術工学部を卒業後、東京大学大学院に進学しましたが、建築設計をもっと詳しく学びたいと思い、スイスに留学しました。勤めたのは、パスカルフラマーアーキテクトという、ヴァレリオ・オルジアティの弟子筋に当たる方です。当時から現在に至るまで、ほとんど実作がないものの、建築界では有名になっている方で、純粋幾何学と哲学的空間を探求しています。僕自身、そんな影響を受け空間や形式に強い興味を抱いたところがあります。大学院を修了したのち、青木淳建築計画事務所(現AS)に6年間程勤務し、住宅、公共建築、アーティストとの協働、プロポーザルなどを経験しました。
こちらは、スイス時代の担当作品です。半円形のリビングを作って海をシンボライズしているような作品です。
©︎Pascal Flammer Architect
向山:私は向山裕二です。広島生まれ広島育ちで東京に進学しました。色々なコンペに参加しつつも、大学のエスキスはあまり受けていませんでした。そんな状況ですので、そのまま進学するのもどうかと思い、大学院は受けませんでした。その後、kwas(渡邉健介建築設計事務所)で2年間働いたのち、東京大学の大学院に戻り(都市史を専門)、スイスに留学したところで笹田と出会っています。ETHZでの勉学に加え、スイスを選んだ理由でもあるクリスチャン・ケレツの事務所でインターンをしました。これら一連のスイスでの経験で、日本とは違った美学に触れたことは大きかったと思います。大学院修了後は再びkwasで働きました。その後、もう一度海外で経験を積みたいと考え、1年間、フランスの田根剛さんの事務所で働いています。
こちらは、ETHZのスタジオで出された、「宗教とファイナンス」と言うテーマを建築として描きなさい、という課題で、「金融企業はNYに橋を作らればならない」という回答をした際のパースです。
©︎ULTRA STUDIO
笹田:3人目は上野です。もともとロンドン大学ゴールドスミスカレッジの視覚文化論学部にいたのですが、建築を改めて学びたいということで、AAスクールに入り直しています。その後、ノーマンフォスター事務所で働き、その後もいくつかの勤務を経ています。留学時のプロジェクトを日本で展示する企画、Japanese Junction展で出会ったことがきっかけで現在一緒に活動をしています。
こちらは彼女のイギリス時代の活動です。ロンドンにおいて、リーマンショック後の空きビルを利用したグループ展のキュレーションや、グラスゴーやマンチェスター、ベルリンなどのアーティストインレジデンスにおいて、当時の社会背景を反映し、観客を巻き込んだパフォーマンスイベントを行うなどの都市介入的な活動をしていました。
©︎ULTRA STUDIO
さて、今回は、以下の5つのトピックについてお話します。
時代の定義
集団としての作家性
アンビルドの思考実験
物語性
マニフェスト
DEFINITION OF THE AGE|時代の定義
我々は3人で設計活動を行っているため、自分たちが何を目指しているのか、ということを言語化し、問いながら進めています。週に1回程度、ULTRA会議という自主ゼミを行っており、最近読んだ本の話をはじめ建築にまつわる様々な議題を持ちより、ディスカッションを重ねています。
こちらは、今日のために僕が作った簡単な年表です。
©︎ULTRA STUDIO
縦軸に、建築・美術・思想・社会・SNSが横軸が年代となっています。3人の共通の興味としてここで示されているようなことがあります。
©︎ULTRA STUDIO
建築はモダニズムの初期、丹下健三さんから始めています。国家イデオロギーを表象する建築を志向してきた時代を経て、モダニズムへのマンネリが生じたと理解しています。ポストモダニズムの1970年代になると安藤さんや伊東さんが登場します。その少し後に、スーパースタジオやアーキズームというイタリアのラディカルアーキテクツが登場します。90年代になるとバブルが崩壊、ポストモダンが終焉し、隈さんに代表される建築家が台頭します。2000年代になると仙台メディアテークや青森県立美術館をはじめとするコンペが話題になったかと思います。その後、コンペという形式はなくなりプロポーザルに移行し、設計者を選ぶというスタイルへと変わりました。2000年頃までは模型写真や建築物の提案に重きが置かれた時代がありましたが、その後、建築物を具体的に表現することが禁じられた時代へと移行します。同時期に建築文化や都市住宅が休刊と、批評文化も停滞します。そんな時代にビャルケ・インゲルスは、「革命ではなく進化」と唱えています。物事を肯定的に捉える建築家像が社会に受け入れられてゆくのはこの時代です。日本では、デザインビルドが登場し、建築家の職能への迷いが生じ、ゼネコン・組織設計とのパワーバランスが変化します。2013年にはベネチア・ビエンナーレで、「ここに、建築は、可能か」展がありました。以降、身の回りの小さな物語に移行している印象です。
全体像で見ると、終戦後の高度経済成長、安保闘争を経て、東京五輪や万博と続きます。並行して建築もモダンからポストモダンに移行していきます。2020年代は世界中でデモが起きている中で五輪へと続いていくという流れが過去の流れとつながります。、建築を取り巻く状況もも10年くらいで変わっていくイメージがあります。ですので、身の回りの小さな物語とは異なる建築の展開がもう一度来るのではないか、と予見しています。2000年代はSNSが普及し、便利になった反面、あまりにも数が多すぎて、個の主張が消えていった印象があります。そんな中、もう一度、個のようなものが見直されていくのではないか、といったことを我々は話しています。
AUTHORSHIP AS A GROUP|集団としての作家性
これが2015年に3人で設計した最初の作品です。長野の軽井沢が敷地です。
©︎ULTRA STUDIO
野草園のオーナーが施主でした。施主は日頃、花を題材とした絵を描いていたため、草花への深い感謝の念を抱いていました。また来客をもてなすための雨風がしのげる場所が欲しいということもあり、最終的に小さなフォリーを作ることになりました。大まかな希望と広大な敷地に対して、我々の中で、何か設計のための設定を作っていくことにしました。最初に考えたのが、上部の理想的な小屋と、下部の土着的な小屋で作っていくというようなことでした。さらに、そのシンプルな形がストーリーによって変形されています。例えば、施主の記憶と関わりの深いフィレンツェの広場のような形態を引用したり、柱で製材されていないものを使ったり、現地で採れる浅間石を基礎とする掘っ建て形式を採用するなど、3人で空間の形式性と物語性のようなものを重ね合わせながら作った作品です。
©︎ULTRA STUDIO
UNBUILT THROUGH EXPERIMENT|アンビルドの思考実験
建てることを前提としないプロジェクトを考えながら、建築的思考を育てていくことを考えています。このプロジェクトは修士の終わり頃に考えていたことです。ここで試みたのは、モダニズムへの批判としてよく言われてきた、グリッドが身体性を欠いた物であるということを、再度批評的に捉えて解釈しなおすという試みです。
©︎ULTRA STUDIO
アンドレ・パラディオのヴィラ・ロトンダという建築を訪れた時の経験がべースとなっています。四面対称のプランによる均一性によって自分がどこにいるのかわからないという感覚に陥りました。その際、手掛かりになるものが空間の先にある風景の微細な違いであることに気が付きました。そうした感覚を建築空間で作るとどうなるのか、という実験をしています。真ん中にロトンダのプランがあり、その周りにシーグラムビルのプランをコラージュし、それを超高層として設計しています。
©︎ULTRA STUDIO
均質空間の差異と各々の空間に至るまでの動線の組み合わせで、均質な空間がコンテクストを最大化する装置となるという試みです。
©︎ULTRA STUDIO
NARATIVE|物語性
僕たちは、場所が持っているプログラムや機能を過剰に解釈する、別の言い方をすれば、何か思い込みみたいなものを抱くことによって、想定されているものと違う使い方や新しい世界が見えるような体験が作れるんじゃないかと考えています。
©︎ULTRA STUDIO
これはウルトラスタジオのオフィスです。ここではオフィスの機能を4つに分けています。赤いゾーンのキッチンは快楽の最大化ゾーンです。逆にオフィスは作業に集中する修道院のようなゾーン。左上のところは知識やレファレンス、議論の場。真面目と不真面目が混じり合い、議論が活発化する場所になります。右下は模型を作る制作の場です。以上のような、4つの機能に別れたオフィスです。
©︎ULTRA STUDIO
このテーブルは、スカリオーラというイタリアの大理石を模倣した技術を使って石膏と膠と顔料でできています。バロック時代に流行した技術です。これは上野がデザインと工法の検討を重ね、DIYで作りあげています。
続いての作品は、会員制のカレー屋さんです。
©︎ULTRA STUDIO
月々4000円で、一日1回カレーが食べられ、お酒を有料で飲めるというお店です。入ってきたお客さんをもてなしたり、お酒をとってあげたりということを通して、コミュニティ的なつながりが生まれる施設です。
ここでは、カウンターというものが、如何にコミュニケーションを活発化する装置となりうるか、ということを考えています。一般的なお店では、入って注文して支払って出ます。ここでは、入ったら様々な人と交わり、カウンターで関係を育み、最後にメンバーどうしで次のイベントを企画したり、アイデアを交換して出ていく、といった、フィードバックサイクルみたいなものを設計できないかと考えました。
©︎ULTRA STUDIO
カウンターは、なぜか隣の人に話しかけても許されるような側面があると思います。そういった特殊な象徴性みたいなものを過剰に解釈することで、新しい場所ができるのではないかと考えました。
©︎ULTRA STUDIO
©︎ULTRA STUDIO
FUNCTION FOLLOWS SYMBOL
先ほどの年表であったように、昔の建築家はシンボルについて考えていたと思います。シンボルというのは、外のものを参照してそれを表現しているとも考えられます。例えば、丹下健三は、神社に代表される、日本的なものをシンボライズしていますし、戦後も日本的な要素を使って国家的プロジェクトを牽引していきます。その後、イデオロギーが崩壊していく中で、ポストモダンが台頭します。シンボルを大量に使う一方でその中身は誇張して言えばなんで良い、という時代がやってきます。これは景気の盛り上がりとともにやってきて、バブルの崩壊とともにある種の失敗体験として、トラウマに変わっていきます。そんな時に、アンチモニュメントとしての「負ける建築」が登場してきます。そこでの隈さんは象徴的な存在です。彼は、日本的な表象を建築物の周りに付加するという面白い点もありますが、何もシンボライズしないというのが一種の方向性として現れてきます。一方、同時代には純粋な記号ゲームみたいなものも出てきます。例えば青木さんは敷地のコンディションで記号ゲームをやっています。これから先、アイデンティティの時代がやって来る中で、再び、シンボルの復権が出てくると考えています。そこで何をシンボライズするのかを検討し、その時に、機能があるシンボル、と言うことを考えています。
これは青山のスパイラルホールでアーティスト、キュレーター、パフォーマーらと行ったインスタレーションです。氷河のような中でパフォーマンスを行いたいという要望がありました。そこで我々は氷河をシンボライズするものとして、アルミ蒸着のミラーフィルムを立体的に吊り下げました。アーティストが映像を照射することで、ミラーの複雑な反射が世界を照らし出す、という状況が生まれました。
©︎ULTRA STUDIO
©︎ULTRA STUDIO
最後は、ギャラリーがアートフェアに出展する際のブースデザインです。神像という、神道における仏像のようなものを展示しています。ある時期から、仏教における仏像と同様に、神道でも彫像を作るようになります。そこで、神道のような空間を如何にシンボライズし体験させるのか、を考えました。鋭角な三角形の奥まっていく空間が偽の遠近法を作り出し、対象との距離感を作る、ということを試みました。
©︎ULTRA STUDIO
(以下、ディスカッション)
廣岡:時代の定義にも、思い込みやレッテルを貼っている部分がありましたね。先ほどもおっしゃっていましたが、自分たちの思い込みを最大化する、ということが、創作のモチベーションになるというのはすごく面白かったです。歴史背景の細部というよりは、歴史を大局的に見てピックアップしているのも興味深かったです。かつそれを事務所内でやっているというのも意外でした。
全体的に、お洒落だな!と。
全体:笑
廣岡:あ、違う。うまく外しているなぁ、というか。工藤さん、武井さん、どうでしょうか。
工藤:ULTRA STUDIOが社会とどう繋がって行こうか、という視点が聞きたいです。本音というか。
武井:ULTRA STUDIOのつくる作品を見ている中で、なんだかよくわからない異常性を感じていました。ヤバイ人たちが出てきたな、と。歴史の一部に乗ってるというよりは、歴史をぶっ壊す、というような勢いがあった方が良かったのかもな、と思いました。
廣岡:そうですね。向山さんの作品を見たことがあるのは1,2回だけなのですが、すごく丁寧な設計をされる方だな、という印象がありました。素直にやることと、それを俯瞰的に見てアンチを打つのを同時にやっている印象でした。今日の話でも、ストーリー自体は整然としているのですが、実際は中指を立てているというか。あとは、僕も話を聞いていて、どこがお二人が思っている真髄なのか、掴めきれませんでした。あえて外しているのか。
笹田:捉えようとしている、というのが本音です。レッテル貼りも、そうなるという予見という側面もあります。ヨーロッパの若手の作品をインターネットを介して見るのですが、少しずつ、全体としての作風が変わっているような気がしています。それを俯瞰的に見ると、先ほどのような年表ができ上がります。
橋本:僕は、位置付けたりとか、こうあるべきとか、実務を引いて見るということを、逆にできていません。2年前に独立する時に、目標を持って漕ぎ出したわけではなく、来たものを打ち返している状況がある中で、ある意味見失っている部分もあります。整理がどう繋がるのか、そして、その先の展望なども感じました。良いものができる道筋なのであれば、それはそれでいいですし。あと、確かに、素顔を知りたいという思いはありましたね。ちょっと格好いいプレゼンすぎて。笑。
笹田:確かに、今進行中のプロジェクトがこのような一貫したストーリーで話せるか、というと、今後の課題もあります。8割が打ち返す作業で、それ以外の、人前で話すときに、残りの2割を詰めているような印象でしょうか。
向山:3人組でやっているというのは強く働いています。作品で個人の思想を表せるのは確かに強いのですが、我々はコンセンサスを都度、取らないといけない、というのがあります。そのために言語化作業は欠かせません。
また、先ほど、時代の定義にも、思い込みやレッテルを貼っているというお話がありましたが、歴史観とは、何を選ぶかだけではなく、何を切るのかも重要なのだと思います。そのように飛び込むことでしか、歴史観は描けません。そういう自己批評能力を持った状態でいたいと考えています。
廣岡:建築家が正当に歴史を認識しているかというとそうではありませんよね。それでも、彼らの中で繋がっている歴史観があって、それをどう組み立てたのかがあればいいんだと思います。自分たちが面白いと思っているところのスターティングポイントが明確に現れるというか。
今のお話を聞いていて、僕は、どういうものをつないで、という、本心がやっぱり気になったとの思いは拭えません。なんでそういう風になったんだろう、ってのは聞きたいです。例えば、なぜオフィスの本棚は青なのか、そして、なんだあの突出は。と。
武井:僕個人としては、すごく面白い事務所だと思っていたので、とても面白かったです。同時に、理路整然と語られるよりかは、もっともっと尖っていても面白かったかなとも。
桔川:僕も対極にいるなぁ、と。学部卒というのもあり、素直に思考するという時間が欠けているなと。ある種、プロジェクトを通じた実験を繰り返してきましたが、本当に自分が何を探求しているのか、というのは考えきれていなかったな、とハッとさせられました。年表に関しては、僕も時代は反復するという点に同意しています。谷口さんの時代があり、妹島さんたちの時代、そして藤本さんの世代があり、僕ら世代がある。建築の分野はアンチテーゼを繰り返しながら、2個上の世代をブラッシュアップしている、という側面もあるのかな、とも思っています。そんな中で、ULTRASTUDIOの提案が、年表においてどう差別化されているのか、というのも気になりました。
僕の認識では、2個上の世代は、言語化しつつも形態を自由にしようという意思が強いように感じています。逆に1個上の世代は、言語化が強いですよね。言語化と形態の作風において、どう自分たちを位置付けているのか。
向山:どう差別化しているのかは明らかな気もしているんですが。うーん、難しい。
笹田:どのタイミングで体系を記述するのか、というのはありますよね。考えるのが先か、作りながら考えるのか。それの往復であることは間違いないないですが。
廣岡:最後に出ているものの効果がどうか、だけしか語らないのも戦略なのでしょうか。なぜこの形になったのか、とか、そういうリサーチはしていないのですか?
向山:まず、建築家は説明責任が強く求められる、ということにはネガティブな側面があると思っています。その部分を突破できないか。ものによっては、「どういう意味があるのか」と問われると、「なんとなくこうした」としか答えられない部分もあります。話し合いの中で出てきたとしか。こうったものに一貫した説明を与えるものは、シンボルや、ナラティブしかないです。そういった要素が建築として抜け落ちるというのは問題かと。
昨今の社会との向き合い方として、目の前の人やコミュニティに応えることが優先され、社会に対してどう答えるのか、という回路が弱いと思っています。我々はそこを考えたい。
廣岡:社会に対してどう立ち向かうか、ということ、は、工藤さんが話している方向性と、向き合い方が違うだけだと思うんです。ULTRA STUDIOは社会に対してかなり批評的な印象を持ちました。大文字の建築を目指す人が多い中、そこへのリスペクトを持ちつつ、自分たちはそこに対して批評的である、という気がします。笹田さんたちは別のアプローチで人と人との向き合い方とかで向き合っているとは思いますが、その角度がどこかが把握しきれないんです。あとは、説明責任、の話も面白かったですね。
向山:必ず説明しなければいけないと同時に、説明できない建築を作れない、という状況も生んでしまっていると思います。お金が儲かることや機能的であること、人の役に立つということなどから離れて建築を考えられたら、それは幸せなことだと思うんです。ずらすことや過剰にする、ということで、説明責任の外から作りたいと思っています。もう少し詳しく言うと、Function follows Symbol と、Symbol follows Form、Form follows Function、という3つのループで何かを作れないかと。デザインプロセスとしては普通なんだと思うんですが、そういうことを、もっと突き詰めていきたいです。
橋本:ちょっと角度が変わるのですが、質問してもいいでしょうか。みんながそれぞれ尖っている3人でやっていて、「私たち」という言い方をしていますよね。3人の言語を重ねるための工夫として、どんなことをやっているのでしょうか?こういう議論を重ねているのでしょうか。3人の間で生じる合意形成のプロセス、というのがとても面白いのだろうし、その重なりで見えてきたところが知りたいな、と思いました。
向山:3人だからこそ生まれる議論はあるかなと思います。また、お互いの意見が相対化されやすい。3人が面白いと思うものは自然と絞られていく印象があります。ただし、合意形成が生まれる場面とそうではない場面があります。
橋本:そこで生まれた合意形成のようなものが、おそらくその周りにも合意されるということなのでしょうか?
向山:我々は社会の合意を目的にしている訳ではないのですが、合意が得られないのも、それはそれで寂しいかもしれません。しかし、そもそも合意とは、事前に得られるかどうかがわかっているようなものでは無いと思います。
橋本:ボールは社会にむけて投げているし、その方向性が近い3人でやっているというところなんですね。
笹田:誰も受け取ってくれない可能性もありますけどね。あとは、誰もがわかりやすい物語は信じていない節もあります。
橋本:みんな伝えたいことは、あえて噛み砕いて伝えますよね。
向山:我々も、専門家じゃない方と話すときは、もっと噛み砕いて話します。ただ、こういう議論がされる場を、僕らは持たないといけないと思います。
工藤:本当にそうですよね。
橋本:あともう一つ。笹田さんがスイスにいたときの事務所はなぜ面白いのですか?
笹田:建築の強い形がメディアで注目されがちなのですが、事務所で過ごす時間が面白かったです。朝、みんなでご飯を食べながら映画の話などをして、誰かがご飯を作って、お昼を食べながら夕方くらいまで喋っていたりします。そこでは、実に多様な会話が行われていました。音楽、映画、政治、スキャンダル...、ヨーロッパ全域にまたがる話、アジアに広がる話、そして幾何学。そこでの会話が世界に通じている感覚が面白かったです。社会的に認められている面白さとしては、竣工していない計画案が面白い、とか、ミステリアスさというか。
廣岡:九州芸工大の方々と話していると、建築が実作で面白いというよりも、建築ができていなくてもジオメトリーで面白くないといけない、という話が出たりします。そういうものの見方ができるんだ、ということは衝撃的でした。パスカルフラマー自体は実作は少ないんだけど、幾何学で魅せられる力がありますよね。
笹田:篠原時代の価値観に近い部分はあります。スイスは結構日本を参照するんですが、篠原一男にあこがれているような部分があります。彼らがやってきたのは、純粋幾何学があって、敷地も施主もみずに、そこに建ち上がった建築を、限定された建築写真で伝えるというものです。一時、写真だけの建築は貧しいとされましたが、もう一度、イメージが重要な時代がきていると思っています。そういう流れとともに篠原を見ているスイス建築家は、
時代に符合している部分もあるかと思います。
武井:3人いるから共通の言語が必要だ、と言うことをもう少し詳しく聞きたいです。僕らの時代は結構フレキシブルにプロジェクトをすすめられますよね。色々な方とやっていける時代で、ちゃんと3人でやり切る、ってのは大変ではないでしょうか。
向山:役割が分かれているのも大事だと思っています。それは作業的な部分ではなく、思想的な役割分担です。上野が企画・ナラティブで、プログラムやストーリーを考えること、笹田はフォーム、形で、僕は理論です。プロジェクトの説明は事後的に与えられている部分も多いですね。3人でやるのは楽しいですよ。でも同時に常に気遣いは発生しますよね。
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編集:佐藤布武(名城大学佐藤布武研究室)
文字校正:ULTRA STUDIO