目を逸らさない決心
こんばんは。
なんとなく寝る前に開いたので、書きます。
ダレオド
1月の末、中川正子さんの『ダレオド』という写真集がおもしろいよ。と教えてもらった。
元々、Instagramでずっと追いかけていた方で、折角好きそうだよって言ってもらったので調べてみると、古本であった。半額くらいで買えて、いい買い物をした。(新品が欲しいのは山々だけど、4000円以上の買い物はやっぱり厳しいので古本で。)
それから3週間くらいが経つ。
今日なんとなく、また見てみてようかなと思って、布団に持ってきて開いてみた。
もう何十回ってみたけど、初めてみたいな感じで惹き込まれる。こんな、軽いちゃっちい言葉で表せないのだけど、私はこんな言葉しか出てこない。
見た人にしかわからないのだけど、途中で蝉の亡骸の写真が出てくる。多分だけど、この写真集の中で唯一の明確な死だ。いつもこの1枚に、手が止まってしまう。心臓をギュッと握られるような感覚になる。その後は何も無かったように、どこにでもあるような風景、だけども凄く光が綺麗な写真が続いていく。
この写真集は、外国で見た
「誰も見ていないみたいに、踊って」
という言葉から出来たらしい。
みんながみんな、きっと誰も見ていないところで踊って暮らしている。蝉もきっと人間が見てない所で踊っていたんだろう。そう思うと、亡骸でさえとても愛しくなる。その一方で、見られないまま踊り疲れて死んでいくことの怖さ、それもまた感じてしまう。
だから、「誰も見ていないみたいに、踊って」という言葉は、とても心に響く。見ていないみたいに、だけど実際は見てくれている人がいる。そこに安心感を覚える。
わたしが踊っている姿を、見てくれている人がいればいいなと、心から願ってしまう。そんなことを、今日見た時に感じた。
良ければ、見てみてほしい。
そしてその時に、1文でもいいからあんなこと言ってたなと思い出して欲しい。
それだけで、私が人知れず踊っていたことを見てくれたことになるから。
衝動的に書いているし、私のただの解釈であったり、考え方である。だけど、こんなに考えさせてくれる写真集に出会わせてくれたことに、とても感謝している。ありがとう。
読みにくかったら、ごめんなさい。
ただ、たった今感じたことを伝えたかった。
少しでも伝わると、心の底から嬉しい。
おわり。
前にも言った、写真集が苦手だと。取捨選択が自分に委ねられたこの時代に、相手の全てを受け止められる気がしないからと。ただ、少しだけ、ほんのちょっとだけ、目を逸らさないようにしようと思えてきている。おしまいっ!