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祝いの朝〈あした〉



前書:これはなんですか?

 FF14の自機小説です。オリジンが書きたかった。それとメインクエスト(新生エオルゼアの途中、タイタン討伐前)がきな臭くなってきたので、旅立ちが祝福に満ちていれば、旅路の中にどんな艱難辛苦があっても乗り越えられるだろうと思って書きました。命名規則に沿ってないのはそういう里だと思って吞んでください。

本編『祝いのあした

 エールポートに雨が降っています。フレカニ・チライキナが広場から埠頭に目をやると、商船が停泊しています。それも二隻も。その大きさといったら、まるでお城のよう! 船窓から船室の明かりが漏れ出でて、月星の代わりに海を照らしています。甲板の上ではゼーヴォルフやララフェルの人たちが懸命に働いています。
「帆布もっと持って来い!」「樽はいい! 酒に雨を入れるな!」
 彼らの怒号が、フレカニの立つ泉の広場にまで届きます。
 フレカニは金の髪を濡らしながら耳を澄ませました。街の人々は靴音も高く足早に広場を通り過ぎて行きます。きっと屋根を探しているのでしょう。
 水面に、船に、石畳に、エーテライトに。雨が降り注いでいます。しかし雨音は雑踏に紛れて聞こえません。フレカニがおばあちゃんと暮らしていた頃は、雨が降るたびに笹葺きの屋根がしゃらしゃらと鈴のように歌っていたものです。
 
   *ー*ー*
 
 おばあちゃんは里で薬巫女くすりみこをしていました。きっと今でも、薬草や巫術で里や街の人たちを癒していることでしょう。
 おばあちゃんを含めて里の者は皆、ララフェルですから、フレカニは自ら柱を立て、壁を塗り、梁を渡し、屋根を葺き、床を張り、炉を切って、ローエンガルデが住める家を作りました。里で一番大きな家です。ここでフレカニはおばあちゃんと二人で暮らしていました。
 その夜も、フレカニはおばあちゃんのお手伝いで薬草の仕分けをしていました。全て干し草です。それでも、フレカニには葉や花の匂いや手触りでどんな薬草かわかります。囲炉裏の向かいではおばあちゃんがせっせと薬研を引いています。ふと、薬草を下ろす音が止みました。煙草の薫香が漂ってきます。おばあちゃんが煙管に火をつけたのです。
「フレカニや、おまえ、雪が解けたらどうしたい?」
 フレカニは仕分けの手を止めました。福寿草チライキナが芽吹けばフレカニも立派な大人です。里では成人の儀式を終えた者は嫁いだり、娶ったり、麓の街へ職人修行に出たりします。
 フレカニは居住まいを正し、結い上げた髪の毛に埋めた簪も挿し直しておばあちゃんに向き合いました。 
「薬巫女になりたいな。おばあちゃんみたいにいろんな人を治すの」
「そうかい、そうかい。なあ、あんた、旅に出る気はないかい」
「なんで?」
「ここじゃあ、治療が要るのはプレーンフォークくらいだからさ。麓の街まで行ったって、ミッドランダーと、たまにエレゼンを見かけるくらいだろう? おまえは同族に会ったこともなかろう? いろんな、とは言えないよ」
「それは……」
 フレカニは言葉を探しました。おばあちゃんの言う通りです。
 酷く静かな夜でした。雪が降っているのです。屋根の歌声も聞こえません。
「あたしが『マンドラゴラの雄叫び亭』の親父の病を倒しに行った時に……」
 おばあちゃんが麓の街の酒場の名前を口にしました。今まで何十遍と聞いてきたお話しです。
「女将さんから『冒険者のお客がローエンガルデの赤ん坊を忘れて半月も経つのに引き取りに来ない』って相談されて、お礼の付録と思って連れて帰ってきたのが、私」
 フレカニにも語り継げます。結局、その冒険者はフレカニが大人に成ろうとする今になっても、麓の街にもこの里にも現れません。
「そう、そう。憶えてしまったね」
 おばあちゃんがふうっと紫煙を吹きだしました。おまじないの仕草です。コトリと煙管を置く音がします。おばあちゃんがフレカニの膝に乗りました。
「吾が孫や。本当の故郷を探しに行っておいで。同族を治しておやり。冒険を続けていれば、いつか親御さんにも会えるかもしれない」
おばあちゃんはつま先立ちで腕を伸ばしてフレカニの頬を指先で撫でました。頭にまで手が届かないのです。
「おばあちゃん、いいの?」
「もちろんだとも」
 おばあちゃんがフレカニを見上げて目を細めて笑うのが見えました。

   *ー*ー*

 里一番の薬巫女の孫娘が成人の儀式で旅立つ話は川の水を汲みだすように里にも街にも広がりました。
 『マンドラゴラの雄叫び亭』の親父さんも女将さんも、もう既にご隠居さんです。
「あの時の赤ん坊がねえ。俺よりでかくなっちまって」
 親父さんが目頭を押さえます。
「フレカニちゃん、これ持って行きな。子供時分もあと少しだろう」
 女将さんが目配せします。貰った小瓶には赤砂糖カソナードがぎっしり詰まっています。これで拵える齧り飴は子供のご馳走おやつです。フレカニは小瓶を握り締めました。
「親父さん、女将さん、ありがとう」
 ここにおばあちゃんの煎じ薬を届けるのもこれが最後です。
 里には一人だけフレカニの旅立ちを厭う者が居ました。乳母姉うばあねのニサトゥニコロです。日向ひなた氷柱つららが溶けだす頃合いになっても口を聞いてくれないどころか、弟子入りしたはずのおばあちゃんの家にも寄り付きません。
「わがまま言いっ放しの娘じゃないさ。時間薬を使うといい」
 おばあちゃんは呑気に煙管をくゆらせています。
 そうして、フレカニが旅の支度をしたり、今まで通りにおばあちゃんの手伝いをしているうちに、不意におうちの扉が開いたのです。
「フレカニ、あんずの丘まで行きますよ」
 ニサトゥニコロです。口を聞いていなかったのが嘘みたいな調子です。
「今から?」
 フレカニは柄杓ひしゃくで鍋を混ぜていました。
「行っておいき」
 おばあちゃんが柄杓を横から取りました。
 杏の丘は子供の遊びです。里から少し離れて藪だらけの坂道を抜けると、大昔に誰かが植えた杏の木がぽつんと聳えています。プレーンフォークとローエンガルデの娘たちも良く知った道のりです。冬終いの緩んだ雪の上をニサトゥニコロは軽々と駆け、フレカニは一歩一歩と脛まで雪に絡まりながら進んでいきます。美しい花と凶悪な棘と美味しい実をつけるローズヒップの木はまだ雪の下で眠っています。夕日が雪原を橙色に染めています。子供たちはもう帰る刻限です。杏の丘にはフレカニとニサトゥニコロの二人きり。
 杏の木に辿り着くとニサトゥニコロは素早くフレカニによじ登りました。懐かしい重みが肩に載ります。かつて、まだ二人ともほんの子供だった頃は、こうやって遊んでいたのです。
「ここは相変わらず見晴らしがいい」
 ニサトゥニコロが指を指して色々と景色を教えてくれます。里の家々の煙出しから夕餉の湯気が立っていること、街に明かりが灯り始めたこと、街の門前でチョコボが羽根を休めていること。どれもフレカニにはぼんやりとしかわからないことです。
「それに、それに、ええと、」
 ニサトゥニコロの声色がだんだんと湿気しけってきました。
「姉さん?」
「フレカニ、どうしてもここを離れるの? 冒険者なら酒場にだって偶に来るでしょう。同族だって親だってそこで探したらいい」
 フレカニは首を振りました。
「違うの。これは私が冒険者になって探さないといけない。それに、私、自分が生まれた場所のことを、まだ何にも知らないもの」
「ウッ……フッ、ウワーッ」
 ニサトゥニコロの肩が震えはじめ、遂にはフレカニの首に縋って泣きだしました。襟元が冷たく濡れそぼってきました。それでも凍りつきはしません。春が近いのです。フレカニは乳母姉が落ちないように、しっかり抱き締めています。
 「姉さん、おまじないを仕掛けない? ここに髪を埋めて、私の心をひとかけら、里に置いて行くの」
「エグッ……、フエッ」
 首元で姉が何度も頷くのが判ります。
 結局、ニサトゥニコロが泣き止む頃には空の端っこに群青色が染みだしていました。フレカニは乳母姉を降ろしました。懐にはいつも、山歩きにも川下りにも使う小刀を忍ばせています。そして、自分の結い髪を解いて髪を一束切りました。それを結い纏め、ニサトゥニコロに渡します。
「これは姉さんに。まじない袋は姉さんが作って? 私の無事を祈ってくれる?」
「わかった。任せなさい」
 姉の指先はすっかり冷え切っていましたが、己が依り代を力強く握ってくれました。
 フレカニは更に一束、髪を切り取り、足元の氷を砕いて杏の木の根元に髪を埋めました。子供の頃の思い出を忘れないように。祝詞のりとは、見習い薬巫女のニサトゥニコロの役目です。もう一束は、里に帰ってから庭先に埋めました。故郷が増えますように。そして一束はおうちの炉に捧げました。同族の人たちと仲良く出来ますように。
 髪の毛を切り揃えて、旅支度はすっかり調いました。

   *ー*ー*

 旅立ちの朝はまるでお祝いのように屋根が歌って起こしてくれました。ローエンガルデの成人女性に相応しい旅装束を、ニサトゥニコロのかか様が用立ててくださいました。実際に身に着けてみると、お腹も脹脛ふくらはぎもつま先も、まるで見せつけているようです。里の入口には雨を厭わず里中の皆が集まりました。
「行ってらっしゃい」「気を付けてね」「いつか本当の家族を連れてくるんだよ」
 皆、口々にフレカニの旅立ちを祝います。フレカニはしゃがみ込んで一人一人に挨拶しました。
 そして、おばあちゃんがフレカニの脛を抱き締めました。
「お前は目の効かないところがあるからね、聞いて、嗅いで、触って、良く分別するんだよ」
「うん。そうする」
 おばあちゃんは煙管に火を点け、ふうっと紫煙を吹きだしました。お呪いの仕草です。しかし煙草の匂いがしません。代わりに魔除けの草束ブーケガルニの香りがします。旅の無事を祈る祝福です。
 フレカニが瞳の奥を潤ませていると、ズンと背中が重くなりました。耳元でニサトゥニコロの息遣いが聞こえます。
「いつか渡り鳥に魂を預けて、フレカニに会いに行くからね」
 御魂渡みたまわたりは里に伝わる巫術の一つです。弟子の仕事を再開するようです。
「うん。待ってる。ずっと」
 こうして、フレカニ・チライキナは旅立ちました。

   *ー*ー*

 エールポートの遥か沖で星々が瞬いています。じきに雨も止むでしょう。グリダニアで買い求めたブラススペクタクルズがフレカニの世界を変えました。人々の表情が見え、書物には文字が並び、触らずともあらゆるものの輪郭がわかるのです。
 聞いて、嗅いで、触ることの他に、見ることが加わりました。そうして巡った諸国の中に、リムサ・ロミンサがあります。ここで出会ったゼーヴォルフの人々は、フレカニと同じルガディンです。都督殿はたいへん聡明で勇猛で立派なルガディンですが、縁者と呼べるほど近しくはありません。それに、ラノシアの潮風に当たってもちっとも郷愁を覚えません。むしろ、嗅ぎ慣れない魚や海の匂いに旅情を掻き立てられて、わくわくするほどです。
 切り取った髪の毛の最後の一束はおばあちゃん謹製の呪い袋に入れて荷の底に封じています。いつか生まれ故郷を祝福するために。
 フレカニは良く見える目でもう一度おばあちゃんに会いたくなりました。おばあちゃんの顔ははっきりとは思い出せません。おばあちゃんの声も、匂いも、抱きしめた時の触り心地も憶えているのに。
 フレカニにとっては髪を埋めたあの里が、未だに故郷なのです。

【おしまい】
SCREEN SHOT/©️SQUARE ENIX

ニサトゥニコロは後にフレカニ付きのリテイナーになります。しかしそれはまた、別のお話し。