見出し画像

人でなしのオーロラ

 ここではオーロラの破片が時々降ってくる。蟲の翅に虹色の光沢をまぶしたような小さなオーロラを発電所に持って行くといい値で売れる。今日もオーロラはパンに化けた。世界を鎧うオーロラを所々欠いた天は暗く、空の穴からは雨が降り注ぐ。僕は雨に当たらぬように帰路を駆けた。

 部屋の扉を開けると、消したはずの灯りが点いている。ヒリつく暇もなく目の前に影がゆらめく。

「イェパ、久しぶり!」
 コーセイだ。彼は僕の肩甲骨を撫でる。
「心配したろ?」
「うん」僕もコーセイを抱きすくめる。

 僕が寝床から玄関まで見渡せる位置に座ると、コーセイは半年ぶりとは思えない自然さで隣についた。僕は布を被せた籠をそっと退けて彼が座る場所を作った。

「16ガイク、ってとこに居たんだよ。東京にあんなしょぼいとこねえよ」

 コーセイは分けあったパンを噛み噛み器用に喋る。16街区は色街で賑やかなのに。ここに迷い込む前にコーセイが居たところは、僕のとは違って余程の大都市らしい。 

 キン、と呼び鈴が鳴る。

「俺なら居ないって言って?」「エエ……」

 恐る恐る玄関へ行きスコープを覗く。廊下には見知らぬ男が立っていた。しかも金属パイプを担いで。

「マズい」僕は後ずさって振り返った。「ヒッ」

 コーセイが籠の中身を抱き上げていた。眠り続ける幼い女の子を。

「お前もヤッてんな?」
 彼はニッと唇だけで笑う。
「いや、これは、色々な、ワケが」
 今朝切りとったのに、もう幼女の背中からはオーロラ色の羽が生えている。

 ガンッ! 
「コーセイ!女衒がゴラアッ!」
 ゴン! 背後で扉を叩く音が続く。

「セイ、こっち」コーセイの手を取って窓際へ。

 バリンッ! 今度はその窓が割れた。

「私の娘、返して貰おうかしらァ」

 窓枠から滑り入った者は虹色の翼を広げ、立ち塞がった。

「イェパ!」

 コーセイが何か細長いモノを投げて寄こす。床に落ちきる前に掴み取る。僕の、旧世界の剣。抜剣ついでにまずは自称母親を、薙ぐ。

【続く】