なぜ柏原は罪を犯してしまったのか?ードラマ“流星の絆”考察
2024年10月現在、Netflixで視聴可能である2008年公開のドラマ「流星の絆」
面白さと切なさが交互に来る、邦画ドラマの傑作だ。
あの頃のニノが放つ魅力は凄まじかったし、もう令和ではコンプラ違反だろう戸田恵梨香の無茶ぶりセリフとコスプレ、でもコメディに振りすぎないシリアスとの丁度いい塩梅の脚本、子役含めた役者達の本気演技、もう全てのバランスが丁度いい。本当に凄い。何度でも観れる。
何度も何度も観るものだから、やっぱり犯人である柏原さんの考察をせざるにはいられない。戸神がもし証拠として実証できる傘を持っていなかったら、自白を強要して犯人にするつもりだったのか。兄弟のために犯人を捕まえたいという刑事のプライドと、捕まりたくないという人間としてのエゴ。しかし最終的にはエゴが勝ち、自分以外の犯人をでっち上げるということが彼の中での答えだったのだろうか。だからこそ自分の指紋が検出されるであろう傘が出てきたとき、突然煙草を吸い始め、動揺を隠そうとしていたのだろうか。深堀してみようと思う。
そもそも…前提に関する2つの疑問
彼の本心を探る前に、事件の発端である「息子の手術代200万円」という部分をまずは掘り下げて考えてみることにしたい。今すぐに手術代が200万円必要と仮定した場合、現実的に考えると、そもそもに関する2つの疑問が湧いてきたので検証してみよう。
1. 200万円という金額は、刑事にとってそこまで高い金額なのか?
この問題を考えるときにまず必要な前提知識は、刑事の給与体系である。
そもそも刑事は地方公務員で、給与の額は、都道府県、学歴(大卒・高卒)、年齢、勤続年数によって異なる。現場で捜査に当たる刑事の階級は、巡査(巡査長)か巡査部長。巡査・巡査長の平均年収は約301万~421万円。警部補や警部になると、現場で動き回るのではなく、管理職として部下の指揮監督の役割を担う。警部補・警部の平均年収約451万~586万円。(参考文献※1,2)
警部補・警部へと出世していないことは、萩村の以下のセリフから確認できる。
柏原さんを事件当時30代半ば~後半と仮定し、巡査もしくは巡査長だと仮定した場合、勤続年数に応じたインセンティブも含めると450万円~600万円ほどの収入があったのではないかと考えられる。また地方公務員ゆえの福利厚生なども含めると、そこから税金や生活費などを差し引いても、年間50万円~100万年ほどを貯蓄に回すことは難しくはない。
よって、30代からでもコツコツと貯蓄していれば、200万円の突然の出費というのは警察官である柏原にとって、十分支払可能な金額であると言わざるを得ない。
2. 高額医療費のために利用できる国の制度はなかったのか?
結論、ある。その中でも特に柏原のケースで利用をおすすめしたかったのが、「高額医療費貸付制度」である。無利子で高額療養費支給見込額の8割~9割相当額を事前貸付する制度で、1973年から施行開始されている。(参考文献※3)
医療費控除が適用されない施術だった可能性も考えてみたが、基本的に医療費控除の対象外となるものは、美容整形手術や健康診断など、生死に直接関わらないものであるため、制度が利用できなかった可能性は考えにくい。
これら2つの疑問を踏まえると、ますます不思議でならないのだ。
ちゃんと貯金していれば。ちゃんと国の制度を利用できるか確認していれば。そのほかにもたくさん、人を殺してお金を奪う以外の方法があったはずなのだ。そこまで想像してみて初めて、なんとなくわかったような気がした。
柏原を殺人犯にした、高すぎたプライド
1. 男としてのプライド
きっと柏原には、プライドがあったのだ。
ドラマを観ていて、ずっと違和感があった。
手術代をどうにか工面し、息子を支える立派な父親を演じていたにも関わらず、妻とはとうの昔に離婚している。きっと、妻は悟ったのではないか。柏原にとって大切なのは、自身のプライドであり、息子の命ではないということに。親、兄弟、親戚、友人。あらゆる人に頭を下げてお金を工面することも、なけなしのツテを辿って医療費制度に詳しい人を探すこともなく、殺人に踏み切った思考回路からは、自分の手さえ汚せば良いという、短絡的でかつ周囲に助けを求めることできない男としてのプライドの高さを感じる。きっと妻にさえ、手術代が払えないと正直に話すことができなかったのではないだろうか。病気の息子を共に支える妻とでさえ、良好な人間関係が築けない、人に頼ることのできない柏原の性格は彼の人生をますます孤独にし、その自身の孤独を、親を無くし天涯孤独となった兄弟に重ね合わせていたのではないか。
萩村はセリフで、「息子と君たちを、重ね合わせてんのよ。」と言っているが、あれは嘘だと思う。その証拠にドラマで萩村の推理は百発百中外れていて、戸神に近づく推理を立てたのも柏原だった。
それなりに歳を食い、妻も息子も失い、出世コースから大きく外れ、万年刑事に成り果ててしまった、誰からも必要とされない柏原の虚無感を埋められるものは、兄弟にとって自分だけが彼らの人生を狂わせた絶対的な存在であり、たとえ殺したいと思われていても、犯人として必要とされていることだった。そしてそれが、柏原にとっての唯一の生きる意味だったのかもしれない、とも感じた。
2. 刑事としてのプライド
そしてもう一つ、柏原の大切なプライドがある。刑事としてのプライドだ。
時効が来るまでの約15年もの間、柏原は自首することもなく、担当刑事を誰かに譲ることもなく、懸命に捜査のフリを続けていた。そして兄弟の計画に乗り戸神宅に強引に押しかけた。
ここで柏原は、Noを予測していたはず。
そうすれば警察に連行して戸神が音を上げるまで自白を強要し、犯罪成立。絶対に冤罪だとわかっている、ましてや自分が犯人にも関わらず他人を犯人に仕立て上げようとする柏原の根性は、やはり腐っているとしか言えないが、そうせざるを得ないほど、刑事という職業が肉体的、精神的にも負荷が大きく、柏原の心を徐々に蝕んでいったとも考えられる。
ドラマでは柏原の背景についてはっきりと語られたことはないが、浩一の父が200万円の借金をする時に頼られるほどヤクザに顔が利く刑事だったことを踏まえると、裏社会の汚さ、人の命が軽率に扱われる現場(私の中では闇金ウシジマくんの世界をイメージ)と日常的に関わっており、殺人に対する人間としての良心や善意が失われたと考えても不思議ではない。日常的にストレスのかかる職場環境、家庭でも息子が病気になるというダブルパンチで、柏原自身の精神状態が極めて不安定となり、衝動的に殺害してしまったという説も挙げられそうだ。
しかし一方で、犯人を検挙すべく冤罪を成立させようとした刑事のプライドが邪魔をしており、やはり柏原という男の考察は一筋縄ではいかなそうだ。
以上、柏原はなぜ罪を犯してしまったのか。それは柏原自身が抱える自身のプライドを捨てきれなかったからではないか、という考察でした。
最後に…
全っっっっ然関係ないけど、ポストイット高山がドラマのキャラクターの中で3本の指に入るほど好き。(伊藤淳史の電車男の次くらい。)本当に良いキャラすぎて、そして桐谷健太の演技が合いすぎて、もう何度見ても笑っちゃうのよね。そして時代が変わっても色褪せないクドカンの脚本、本当凄いね。質の良いドラマは何年経っても面白い。こういうドラマ、民放だとコンプラ違反でもう無理だろうから、Netflixとかでやってくれないかな。
参考文献
※1 https://financial-field.com/income/entry-267965
※2 https://www.gyakubiki.net/readings/employment/2663/
※3 https://www.taiyo-seimei.co.jp/net_lineup/colum/medical/012.html