君に届け reminds me 初恋
君に届け、シーズン3がNetflixで公開された。
さっそく1話を観た。
風早君と爽子が付き合ってから、初めてのデートと夏休みの講習から一緒に下校するシーン。風早君が変にキザなセリフを吐かずに、等身大のままなのがめちゃくちゃ良い。二人で恥ずかしがっているのとか、いつから好きだったとか、確かめ合っているのとか、もう本当に最高。
当時、君に届けの漫画を読んでいた高校生時代にタイムスリップした気持ちになった。「桐島、部活やめるってよ」でもタイムスリップしたので、最近多いな。
映画に限らず、懐メロを聴くと当時その曲を聴きながら思い浮かべていた人が、鮮明に蘇ってくることがある。
私にとっては、ericaの「あなたへ贈る歌」がその代表だ。歌詞の状況が全く一緒なわけではないけれど、歌詞に共感できたり、リズムが良かったりで、何度も繰り返し聴いていた。今でもSPOTIFYでたまに聴きたくなる。
そして、初恋のあの人のことを思い出す。
君に届けで恋愛欲が刺激されたので、当時の甘酸っぱい記憶を、久々に思い出して恋愛小説でも書いてみるか。
私の父は車が大好きで、そんな父の影響もあったのかもしれない。その人は、一番最初に技能教習を担当してくれた人だった。
そう、私は教習所マジックというものにかかり、教習所の教官に恋心を抱いた、幼気な大学生であった。しかもそれが初恋であった。
白いワイシャツと黒いパンツ姿のその人は、当時ハマっていた進撃の巨人に出てくるリヴァイ兵長に似ていた。黒髪で、色白。身長もそこまで高くなかった。
「今日は初めての実習ですね。」
静かで落ち着いた声だった。
「今日はまず最初にハンドルの回し方から練習するので、運転席に座ってください。」
教官と席を交換して、運転席に座る。
初めての運転席。
「じゃあハンドルを握って、右に回してみましょう。」
ゆっくり丁寧に回す。
ハンドル回しから教わるのって、なんだか面白いな。
「ハンドルを回すときは、常に手が対角線になるように回します。そうすると手が絡まないです。」
ハンドルの回し方についてのページを見せながら、落ち着いた口調で教官は言った。
本当だ、確かにそうだ。ハンドルの回し方があったことに驚きつつ、丁寧に回してみる。
「もっと早く回してみましょうか。」
速さを意識して今度は少し力を込めて回してみる。
「もっと、早く。」
手が絡まないよう対角線を意識して力の限り速く回してみる。
ハンドルがカクカク動いて限界のところまで回すと、ガン、という音と共に止まった。懸命にハンドルを回している自分の姿が滑稽に思えて、ちょっと笑いがこみ上げてくる。
ふと教官を見ると、教官も顔を背けて笑っていた。恥ずかしくて、私も顔を逸らした。
ハンドル練習が終わると、実際に車の運転をすることになった。
私はマリオカートが得意で、対戦でもいつも上位だったし、父も運転が上手だから、きっと私は運転が上手なはずだ。ワクワクしながらいざ運転。
「まずはブレーキを踏んで、エンジンをかけて、サイドブレーキを上げます。」
戸惑いながらも指示通りに操作する。
「では、ミラーで安全確認をしてからゆっくり、アクセルを踏みましょう。」
ゆっくりとアクセルを踏んで、ハンドルを回していく。教官の指示通りに、右に曲がったり、左に曲がったり、カーブを曲がったり。いざ運転してみると、ハンドル操作が思ったようにいかない。
「もっとスピード出していいですよ。」
びびってエンジンを踏み込むことができない。
しまいには、カーブを思い切りはみ出して曲がってしまった。
想像していた以上に難しかった。
「運転って、マリオカートじゃないんですね…」
落胆を誤魔化すように呟いた私の声に、教官はまた顔を背けて、ふっと、静かに息を吐いて笑った。
厳しそうに見えて柔らかく笑う人だな、と思った。好きだな、と思った。
それから教習を重ね、教官とだんだん会話をするようになった。
教習中に教官とする会話の内容は、本当にくだらないことばかり。犬派か猫派か?七夕で何をお願いするか?休日の日は何して過ごすか?あそこの洋食屋さんのハンバーグ美味しいんですよ。
そんなたわいもない会話を、あの狭い車の中で飽きもせずしていた。
「温泉入り終わってからラーメン食べるのが好きなんです」
というと、教官は
「最高だね。」
と、またふっと、静かに、けれど優しく笑う。
おじさんっぽいところもあるんだなと、ギャップにくらっときた。
教官との会話に気を取られて、停止線を超えてしまったとき。
「こらこら。」
と、ちょっとS気を見せて笑った姿に心臓を鷲掴みにされて、ブレーキとアクセルを危うく踏み間違えそうになったり。
そんな教習が続く毎日で、もう教習所卒業したくないと思っていた。
でもそんなこんなで時は過ぎ、最後の技能教習の日。
ジジ、ジジジ、ジジ
カードリーダーにカードをかざすと、教習車番号と教官の名前が印刷された紙が出てくる。毎回教官はランダムなので、その教官に当たりますようにと思いっきり念じていたけれど、残念ながらその教官が最後の教官ではなく…
最後の教習が終わり、もう会えないのか、ととぼとぼ歩いていると、教習所のエントランス近くに教官が。嬉しくて、私は教官の元に駆け寄った。
「ありがとうございました。」
顔を上げて、教官の顔を、姿を目に焼き付ける。ああ、もう会えないんだなって思ったらその場を去りにくくて、少しの沈黙。
「試験頑張ってね。」
そう言ってくれて。
「頑張ります。」
好きだなーと心で呟いて。
最後はじゃあまた、みたいな言葉で別れた気がする。
私が教官と紡いだものは、狭い車の中でのたわいもない会話と、くすぐったい雰囲気だけだった。
初恋はいつも、叶わないものだ。その人は私よりひと回り以上年の離れた大人の男性だったし、告白するなんてとても…。
でも、それで良いんだと思っていた。
目が合うだけで嬉しかったし、それだけで幸せで、切なさも含めて愛おしかった。
今ではもう、顔も声も匂いも、輪郭をなぞろうとすると逃げられて、記憶の中でぼやけてしまって、上手く形にはできないけれど。
それでも綺麗な思い出のまま終わらせることができて、本当に良かったと思う。
このあと、とことん男に幻滅する日々が待ち受けているとは、何も知らないこの頃の純粋な私。
でも教官のことだけは、今も思い出すと目を細めてしまう。
初恋が教官で良かったと、そんなことを思うアラサー独身女であった。現実に戻ると途端に痛いな。