エスカレーター
エスカレーターに初めて乗ったときのことを思い出した。
今となってはもうただの動く階段のようなものとして自然に乗り、殺伐としたラッシュのときにはマナー悪く歩くなどしているけれど、初めて乗るときの感情は「怖い」だったと思う。
なんだかよくわからない板が勝手に上にいく。この板に乗ると自分の足元が動いていくんだ、もし乗れなかったらどうなってしまうんだろう。右足だけ乗せたら右足だけ上にどんどんいっちゃって、私の左足はついていけなくなって、だから両足いっぺんに乗らなきゃ、でも両足いっぺんに乗るなんてことはできなくてでもみんな軽々と両足をあの板に乗せていて私も両足を乗せないといけないのに、乗せようと思っていた板はもう上までいっちゃって、次の板に今度こそ右足と左足を乗せなきゃ、でも右足のせたらぜったい左足のせなきゃいけなくて、そんなことできるわけないよ、また次の板がやってきて、乗せようとする足が震えて、また次の板がやってくる。
どうやってエスカレーターに乗ったのかは思い出せない。
せーの、で、ぴょんとしたのかな。
降りるときも怖かったはず。足元の板が吸い込まれていくから。銀色のところに着地しないと私の足は板と一緒に吸い込まれちゃうんだ。だから必死の思いで飛び移ったんじゃないだろうか。
私はたぶん、片足立ちが苦手だったんだろうな。
自分の身体が自分じゃない何かによって動かされるのが怖いんだと思う。
スキーのリフトも苦手だった。
ぐるんぐるんと椅子がまわってきて、せーので座る。
せーので座る?そしたら浮いちゃうじゃん。うまく座れなかったら落ちちゃうってこと?なんて考えると本当に怖くて、いまでもリフトに乗るのはあまり気持ちがよくない。
こういう記憶をふと思い出して、私はエスカレーターの板をひとつ見送るのです。