海の思い出
5歳のとき、家族で海に行った。
母親から、「どこか行きたいとこない?」ってきかれて、食い気味に「うみー!」即答。
記憶では、7月に入ってすぐくらい。当日は、曇り。ってか小雨。鹿児島でもさすがに寒かった。
海にはウチの家族だけ。水着を着てるのは僕と、2コ上の兄貴だけ。
でも、ギャアギャア言いながら波に立ち向かったり、人型に砂に埋められたり。
真紫の唇で、僕と兄貴は父親のカメラに向かってマンキンの笑顔。
僕は生まれつき体が弱く、父親と母親はいつも僕の体調に気を配っていた。
そんな家族が海のシーズン前にどうしてそんな暴挙に出たかというと、8月に心臓の手術を控えていたから。
ファロー四徴症っていうけっこう重い病気。子供の頃の僕には、心臓に穴が開いてるって教えられた。
手術にはリスクもあって、両親は最後の思い出づくりに、息子の行きたいとこに行こうってことにしたみたい。
次の夏は訪れないかもしれないから。
それでガタガタ震えながら海ってことに。
手術は成功し、翌年以降も僕に夏は訪れた。
それからも家族で海に行ったような気はするけど、記憶にキチンと残ってる家族の海での時間は、真紫の唇で、兄貴と一緒に両親にマンキンの笑顔を向けたあの海だけ。