君が為シリウスは輝く 第17話

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 日付感覚がどうもあやふやで、何日ぶりのお葬式なのかわからなかった。

 葬儀場は白一色だった。わたしの眼には鋭すぎて眩暈がした。ひたすら吐き気に耐える。肉体的な吐き気ではなくて、精神的な吐き気。頭が割れそうだった。

「シリウス、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ベルは?」
「わたしは全然へーき」

 非難がましい言い草が心に痛い。結局ラボで一晩明かしてしまったから。
 考えることは山積みだった。SONARに関する資料はすでにカフに渡してある。新兵器の開発はもう任せっきりで問題ない。
 重要なのはそこから先。新兵器はORDERやOLVISと同じように使えるのか、どんな仕様ならどんな戦術に組み込めるのか、新兵器に慣れるための訓練はどうするか、操作に習熟するまでどれくらいの時間が必要になるのか。
 そういうソフト面での問題は尽きない。

 いまの人類にSONARのノウハウはない。どんな問題が起こり得るのか、とにかくデータベースから情報を集めて想定するしか道はない。想定。想定。想定。
 途方に暮れるような作業であることは間違いない。
 けれどこんなことができるのはわたしだけ。実戦を取りまとめる指揮官で、大昔のデータベースに自由にアクセスできる艦長候補。わたしが責任を持ってやり遂げる。

 だから、安心して見てて。三人の死は絶対に無駄にしない。

「レグルス、スピカ、アーク。太陽とともに」

 三つ並んだ棺に、ネームプレートを入れていく。ベルも続いた。
 開場してすぐに来たつもりだったけれど、棺のなかにはすでにプレートが入っていた。ひとつはベネット。アルマの生活全般を取り仕切っている彼は葬儀のことも取り仕切っているから不思議じゃない。ひとつはカノープス、艦長のもの。その隣に名前が彫られていないもの。
 そして、シェダルと、彼と同い年の子供たち三人のプレート。

「シェダル、もう来てたんだ」
「ツーマンセルを組んでたから……ほら」

 部屋の隅。ベルの視線の先に、茫然自失の状態でシェダルがイスに座りこんでいた。顔面は蒼白。けど目の周りは泣き腫らして真っ赤だった。同い年の子がなんとか励まそうとしているらしいけれど、シェダルは答える気配がなかった。

「あいつ、昨日からずっとあんな調子なんだよ」
「シャウラ? 早いね」

 いつの間にかわたしたちの後ろにシャウラが立っていた。

「いろいろ気になったから早めに来たんだよ。最年長になっちまったんだからな」
「ふうん。頼りになるじゃん」
「別にお前のことは責めてねーって」

 本心で言っているんだろうけどシャウラの顔も青い。ブルーの瞳が、さらに青い。

「結構レグルスになついてたんだな、あいつ」
「アルが倒れて、その直後に抜擢されて、いろいろ急だったもんね」

 シェダルはまだ十五歳。精神的にも未熟だし、パイロットとしての腕だって、同世代でいち早く抜擢される程度ではあっても、半人前には変わりない。戦闘時でも非戦闘時でも、レグルスに依存する部分は大きかったはず。
 本人同士もそのことは理解していたし、互いに上手くやっていたと思う。

 その裏返しが、弱り切った姿。

「レグルスのことも急だったしね」
「シェダルはそりゃ不憫だけどよ、周りのことも可哀そうになってくる」

 シェダルの周りにいる子たちは声をかけ続けているみたいだけど、シェダルからは明確な反応が返ってこなくて、すっかり困り果てていた。

「シャウラだって、ナオスが死んだらシェダルみたいになるんじゃないの」
「……考えたくもねぇよ。誰かが死んだときのことなんて」

 ツーマンセルの片割れが死ぬショックは、計り知れない。遺伝子で決められた相手だろうと急造だろうとそれは同じ。わたしだってレグルスにはお世話になってたけど、シェダルが受けただろうショックとは比べるまでもない。

「レグルスみたいには、いかないよね」

 アルの式の前後でも明るく振舞っていたレグルスが思い浮かぶ。

「十歳も違うんだ。レグルスと同じことをシェダルには求められねぇよ」

 レグルスは大人だった。空元気を出せる程度には。
 シェダルは違う。精神のコントロールもうまくできないし、深く傷ついたときに周りの声をしっかり受け止められるほどの余裕も持っていない。周りの子たちもどうしていいのかわからない。わかりようがないと言ったほうが正しいかもしれない。それでもシェダルを元気づけるために何とかしようとしていた。

「あ、おはようございますなのです」
「ん」
「おはよ」

 会場に入ってきたアナとウェズンに挨拶を返す。

「ナオスはずっと研究フロア?」
「あぁ。睡眠時間も削ってな」

 αのメンバーはこれで全員。近いうちに編成が変わるだろうけれど、これまで七人を指揮してきたことには変わりない。

「どうしたの、シリウス」
「わたし、シェダルのところに行ってくる」
「でも、シリウスもいろいろ立て込んでるんじゃ……」
「心配してくれてありがと。みんなを元気づけるのも指揮官の仕事だから」
「……うん、そうだね」

 躊躇ったように目を伏せたベルだったけれど、頷いてくれた。

「つってもかなり落ち込んでるぞ、どうするんだよ」
「ナオスから何か聞いてる?」
「かなり忙しいみたいだから話してないけどよ……。うまくいってるのか?」

 わたしがやろうとしていることに、シャウラも合点がいったらしい。

「ぼちぼち、ね。全部が全部思い通りにはいかないけど、着実に進んではいるから」
「そうか。それを言えばいいのか」

 全員が研究の進捗について知っているわけじゃない。いちいち周知するのも面倒。
 でも開発が終われば自然と知れ渡ることだし、伝聞で広めるにはちょうどいい。
 明るいニュースなんだから。

「ま、なんとかなるでしょ。ベル、わたしこのままラボに行くから」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」

 不安げなベルを安心させようと軽く笑って、シェダルのもとへと急いだ。

「ちょっとシェダル借りていい?」
「す、すいません……」
「お願いします」
「します」

 シェダルを励ましていた三人はおずおずと下がっていった。

「深呼吸できる?」

 当の本人は、ただ顔をこちらに向けるだけだった。両目のあたりが、ぽっかりと落ち窪んだよう。ひどい顔なのは誰にとっても明らかだった。
 精神的な支柱がいない現状、心のケアはわたしが何とかしないといけない。
 指揮官として。

「いい、シェダル。しっかり聞いて」

 深呼吸はしてくれなかった。けれど聞いてくれていると信じてわたしは続ける。

「いま、カフやナオスたちが必死で研究を進めてる。新種を倒すために」

 いまからレグルスやスピカやアークを生き返らせることはできない。
 シェダルが落ち込んでいるいちばん大きな理由はどうやったって拭い去れない。
 ならば、不安を取り除いて少しでも安心させてやるしかない。研究が順調に進んでいることは間違いなく安心材料になる。わたしたちの命を守ってくれるものだから。

「研究は進んでる。方向性も決まったし、どんなことをすればいいのかもわかってる。全部、レグルスが命に代えても入手してくれた検体のおかげ」
「レグルスさんの……」

 口を利いてくれた。わたしの言葉はちゃんと届いている。

「時間はまだかかるだろうけれど、絶対にうまくいくから。そうすれば、わたしたちだってちゃんと新種と戦えるようになる」

 つまり、いままで通り。
 そこから先はひとりひとりの腕にかかっている。わたしの指揮にかかっている。

「だから、安心して。わたしが指揮している限り、シェダルには死なせ――」
「どうしてそんなに冷静なんですか」
「え?」

 唐突にシェダルの声がひりついた。

「どうしてそんなに簡単に元気になれるんですか。死んでるんですよ、三人も」

 さっきまでうなだれていたとは思えないくらいの大声だった。

「あのとき出撃していたら三人とも死なずに済んだかもしれないのに。あんたが見殺しにしたんだ、レグルスさんを」

 それはわかっている。わかっているつもりだ。

「検体が手に入った? レグルスさんが死んでるんだ。美談にするなよ。見殺しを正当化するなよ。死ぬまで役目を果たしてくれたからはい次なんて、僕たちは機械のパーツじゃない」

 頭を思い切りハンマーで打ち抜かれた思いがした。
 わたしはレグルスの死を、検体を手に入れるためのプロセスとしか考えていなかった。さんざんみんなを死なせたくないと言っておきながら、いざ死んでみたらどうってことはない。わたしは他人の命を、レグルスの命でさえも、歯車のひとつとしか見ていなかった。

 わたしは本当に、みんなに生きていてほしいと思っているんだろうか。

 ベルが死んでしまったら、わたしはどう思うんだろうか。
 ベルに生きていてほしいという思いは、ニセモノなんじゃないだろうか。
 ベルでさえ、歯車のひとつとしか見ていなかったとしたら、わたしは――。

 シェダルがまだ叫んでいる。けれどもう、何も聞こえなかった。

 視界の端で水色が揺れた。
 ベルだった。

 ベルの腕がすっと伸びてシェダルを突き飛ばした。空中でシェダルの体が返りそのままうつ伏せに落下。その一瞬で腕の関節をベルに極められ、乗りかかられ、身動きを封じられる。全身の痛みか、呼吸できない苦しさからか、シェダルの口がぱくぱくと開いていた。水上に揚げられた魚のようだった。

「何言ってるの」

 聞いたことのない声だった。

「艦長がシリウスに指示したとき、シリウスやレグルスがどんな思いだったかわからないの」

 ベルは、シェダルに乗せた左膝を食い込ませた。かすれた呻き声がひとつ飛んだ。

「みんなを生かすためにレグルスは死んで、艦長はそうなったとしても仕方ないって判断したの。レグルスは納得してる。きみの言ってることは、レグルスに失礼だよ」
「そんな……がっ――」
「おい、やめろよ、ベル!」

 ようやく、シャウラや騒ぎを聞きつけた人が駆けつけてきた。数人がかりでベルを引き剥がし羽交い絞めにして連行して行った。別の数人がシェダルを抱えて、ベルとは別の方向へ連れて行った。

「シリウス……」
「大丈夫……」

 あとに残ったのは、わたしとアナとウェズンの三人だけだった。

 一時間後、三人でベルのもとへと向かった。ただ、ベルは鉄柵の向こう側だった。

「もう。やりすぎだって、ベル」
「ご、ごめんなさい……」

 地べたに座り込んで項垂れるベル。シェダルに怪我がなかったとはいえ手を出したのはベルのほうなのだから、禁固刑は致し方ない。

「でもさ、シェダルだって悪いよ。せっかくシリウスが気を遣ってくれたんだからさ、もうちょっと大人の対応ってのがあるんじゃないの」
「シェダルにそれを求めるのは酷だよ」
「わたしはベルの言う通りだと思いますけど。シェダルは子供すぎるのです」
「そんなこと言わないの」
「喧嘩両成敗……」
「そういうこと」
「むぅ、やけにシェダルのこと庇うじゃん」

 女の子座りのまま床を手の平でぐりぐりするベル。不機嫌になっている合図だ。懲罰房には毛布くらいしかないし歩き回ることもできないからさぞストレスだろう。まぁ、それくらいじゃないと懲罰の意味がないけれど。

「いちばん年下なんだから、面倒は見なくちゃいけないでしょ。指揮官の役目だよ」
「年下だから? それだけ?」
「それだけだよ。どうしたの」
「べっつにー。ま、それならいいよ」
「どうも。って、どうしてわたしのほうが許される立場なの。逆でしょ、逆」
「うぅ、すいません……」

 すぐに機嫌がよくなったかと思えば、またお仕置きのことを思い出して肩をがっくり。見ていると段々申し訳なくなってくる。

「ううん、やっぱり、わたしのほうこそ謝らないと」
「どうして? 手が出ちゃったのはわたしのほうなのに」
「おふたりとも悪くないのですよ」
「ウェズン」
「むぅ……」

 ベルとウェズン、ふたり揃って怪訝な表情で首を傾げている。

「あのとき、わたしがベルのことをとめないといけなかった。そもそも、シェダルとの話しかたももっと気を付けるべきだった。ベルがここに入っちゃったのはわたしも悪いんだよ」
「そ、それは違うよ。わたしだって、シリウスがいろいろ言われて頭に来ちゃって、それで自分でも抑えられなくなったんだから」
「それを抑えるのも、わたしの役目だったんだよ」
「役目役目って、そんなに全部背負い込まないでよ」
「なら、ベルだって今日のことはひとりで背負い込まないで」
「むぅ……」

 わたしの言いたいことに、あまり納得できていない様子。

「じゃ、じゃあさ、シリウスだって、シェダルの言ってること気にしちゃダメだよ。別に、わたしはシリウスにとって機械でもなんでもいいと思ってるんだから」
「そんな、ベルが機械なんて――」

 咄嗟に否定しようとして、なぜか喉が詰まる。

「わたしだってそう思ってるのですよ。シリウスの言う通りにするのがいちばんみんなが生き残れるのです。だったらわたしたちは機械になったほうがいいのですよ」
「同じく」
「それは、ちょっとわたしのこと信用しすぎじゃないかな」

 戸惑うし、かえって自信が揺らぐ。そこまで完璧なことができるんだろうか、と。

「三人はそれで納得するの。わたしだって間違えるかもしれないし、昨日みたいに新しい敵が来るかもしれない。わたしの指揮のせいで死んじゃうかもしれないんだよ」
「そのときはそのときだよ」
「そんな……」
「誰だって間違うときは間違うのですよ」
「シリウスがミスしても、わたしたちで何とかすればいい」
「確かにそうかもしれないけど……」

 三人が言っていることはとても正しい。指揮官の指示を守らなければ戦闘は崩壊する。パイロット個々人が勝手に動くよりも、指揮のもと統率のとれた動きをするほうが生存率は高くなる。指示が間違っていたとしても、よほど致命的なものでないかぎり各機の技量で押し返せる可能性は高い。だから三人は正しい。

 けれどそれは、命令を忠実に守る機械のようなものだ。機械は文句を言わない。
 みんなの命をそんなふうには扱いたくない。全員でちゃんと生きて帰りたい。

 けれども。
 わたしは本当にそう思っているんだろうか。

「あ、ミモザ」
「そろそろ話は終わったかしら?」

 ベルにつられて振り返ってみると、ミモザが立っていた。
 布巾をかぶせた金属のお盆を両手に持っている。
 もうそんな時間かと焦った。あの布切れの下には破廉恥な物が隠されているから。

 さっきまでのことは振り払って、心機一転、立ち上がる。

「ベル、わたしそろそろ戻るね」
「うん。ちゃんと気にしちゃダメだからね」
「考えとくよ。部屋にひとりだと、考え事するのにはちょうどいいから」
「ひ、ひどい!」
「あはは、冗談だって。また来るからね」
「わたしたちも失礼しました」
「ん」

 言い残して部屋に戻ろうとしたら、

「あ、シリウス」

 と、わたしだけベルに呼び止められる。

「どうしたの?」

 一瞬だけ、ベルの表情が曇って見えた気がした。
 見間違いなのかどうかすら判断できないくらい一瞬。

「無理してこっちに来なくていいからね? どうせ二週間なんだし。わたしのところに来るより、カフのほう手伝ったほうがいいんじゃないかな。研究が早く終わったほうが、シェダルのことも見返せるでしょ」
「わかった。進捗具合を見て考えるよ」

 もちろん嘘。進もうが進まなかろうがここには来る。ベルに会いに来たらなんだかんだ一時間くらいは使うだろうけれど、それくらい睡眠時間を削れば捻出できる。
 嘘だとばれないように、精一杯笑顔を振りまいて懲罰房をあとにした。
 懲罰房のエリアとほかの通路を隔てる電磁柵を生体認証でパスしてから、

 ――誰だって間違うときは間違うのですよ。

 という言葉をネタにアナとウェズンを訓練へと向かわせる。

 そういえば、シェダルの訓練スケジュールはどうなっているんだろう。ツーマンセルを組んでいたレグルスが死んでしまった以上、シェダル本人が作らないといけないのだけれど、ちゃんと組めるんだろうか。新しい装置が完成すればそれの訓練も入れなきゃならないし、いくらかイレギュラーな訓練になるかもしれない。
 レグルスとスピカとアークの席を埋めるために、シェダルと同い年の三人もパイロットに就任する可能性だってある。となると、四人分のスケジュールが必要になる。

 わたしが組んだほうがいいかもしれない。普段のテスト結果から全員分の習熟度や性格を見極めつつ、どんな訓練メニューが必要なのかを考えてスケジュールに起こす。なかなか面倒臭い作業を、四人分。
 シェダルとはさっきのことでちょっと気まずくなっているし、もしわたし以外の誰かが作っていればわたしが作ったスケジュールはまったくの無駄になる。
 いやいや、指揮官として面倒を見ると言ったのだからちゃんとやろう。

「寝れるかなぁ、わたし……」

 思わず呟いてしまった。それが悪かった。

「まったく、頑張るよねぇきみも」
「あなただって頑張らないといけない立場でしょうが」
「僕だって、新種のデータとにらめっこしたりブリーフィングを組んだりしてるよ。さすがに睡眠時間を削るつもりはないけどね。人間、健康が第一だから」
「どの口で言ってるの」

 シェアトだった。長い手足で廊下を塞ぐようにキザな立ちかたをしている。
 そして耳につく声と話しかたも変わらない。

「少なくとも僕は、きみみたいに自分の体に無理を強いたりはしていないさ」
「だからだめなんじゃないの」

 そうだ、わたしはシェアトとは違う。わたしは戦死者なんか出さない。
 この嫌悪感はその証。

「そこまで自分を削ってどうなる」
「わたしは、自分がどうなったって構わないの」

 体調が悪くなったとしても最悪、体内環境調整用ナノマシンがある。大昔、自己管理も仕事のうちだと言われていた時代とは違う。自己管理だって機械に任せられる。それこそ、自分の体を機械扱いしても構わないということ。

「君が死ぬぞ」

 ベルの顔が浮かんだ。

「別にいいんじゃない。後任は大人たちが決めてくれるだろうし」

 さんざん他人のことを機械扱いしろと言っているシェアトの受け売り。わたしがいなくたって、大人たちがその代わりくらい選定してくれる。選定作業の間はシェアトに負担を強いるだろうけれど、それもわたしからの八つ当たりだ。

「みんなが生き延びてくれるなら、わたしは死んだっていい」

 このみんなという言葉は、本当にそう思っているんだろうか。


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