君が為シリウスは輝く 第8話

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 三機のオルキヌスが光を吹く。三キロ先で激しい火花が散った。

〈やりました!〉
〈いいぞ、その調子だ〉

 群れを中心に緑色の領域が広がる。いつもより順調なくらい。
 けれど――。

「待って、おかしい」
〈はずれたってことですか?〉

 いつもと何かが違う。仮説はいくつか浮かぶけれどそんなことがあり得るんだろうか。わたしの知る限りでこんなケースはなかった。いや、迷ってる暇はない。

「はずれたように見えないからおかしいの。カフ、ORDERアップにして」
〈了解ぃ……あれ? 何だこれは〉

 ホログラムの一部が拡大される。浮かび上がる綺麗な白。まるでひとつの泡。

「やっぱり」
〈おい、シリウス。どういうことだよ〉
「よく見て。本来ならぼんやりと見えるはずなのにやけに輪郭がくっきりしてる」

 群れには必ず隙間がある。
 ORDERはその隙間を反映して、ぼんやりとした影を映し出す。
 今日はそうじゃない。

 敵との距離が二キロに縮まった。レーザーを受けて減速どころか加速している。
 確定だ。

「あれは群れじゃない。一体のヴァスィリウス!」
〈マジかよ!〉

 全員が、後方に控えていたオケアノスまでもが、思わず視線を前に向ける。
 黒一色の背景から、緑色がどんどん広がって、ひとつの巨大な頭を形成する。矢じりのように尖った頭。鼻先にレーザーを受けてもびくともしない。ORDERを見る限り体長は五百メートル。普段の二十倍。そしてオケアノスの五十倍。

 あんなの、見たことない。
 襲われたら全員すり潰されて終わりだ。

 ――誰かが死ぬことには慣れておいたほうがいい。

 こんなときに、シェアトの言葉がフラッシュバックする。

〈シリウス、どうする。真っ直ぐ向かってくるぞ〉

 奴がアルマに接触するまで目測で一分。横幅は二百メートル。大急ぎで逃げればαは助かる。けどアルマが無防備になる。ここに奴が突っ込んで来たら、足下にいる八十人はどうなる。
 逃げる選択肢はない。けれど、こんなに大きなヴァスィリウスとの戦闘データなんて存在しない。自分で選択肢を考えるしかない。どうしたら、どうしたらいいの。

〈おい、俺たちどうしたらいい〉〈手はないのか!〉

 あぁ、同い年だからってやかましい。

 ――誰かが死ぬことには慣れておいたほうがいい。

 あなたもうるさい、シェアト。

「ぎっ!」

 額に膝を打ち付ける。

〈シリウス……?〉

 個別通信から心配げなベルの声。

「大丈夫、すっきりした」

 わたしはシェアトとは違う。ひとりだって奴には殺させない。

「スピカ、ナオス、充填開始。前方の三組は全速後退、撃ち方やめ、充填開始」
〈どうするんだ〉
「ぎりぎりまで引き付けて、全員の火力を一か所に集中する」

 アルマの全長は五百メートル。三十秒あれば集合できる。
 そのとき奴とアルマの距離は、まだ数百メートル残っているはず。

「ミモザ、念のためみんなを避難させて」
〈わかった〉
「カフ、敵は本当に一体だけ?」
〈どれだけアップにしても影はひとつだけみたいだねぇ〉
「了解。全員、へりに並んで」

 ずらりと並ぶ十機のオケアノス。

「全員、射撃用意。狙いは奴の目。向かって左側」

 九時の方向にバルカンを一発。セファイエは両のバルカンを、オルキヌスはさらに加えて泡しぶくレーザーを奴に向ける。

「タイミングを合わせて。わたしの掛け声と同時に発射。いい?」
〈了解〉

 と輪唱。巨大ヴァスィリウスはアルマまで残り600、550――。

〈シリウス、まだか!〉
〈ナオス、静かに。シリウスを信じて〉

 500、450、430――。

 肺が震える。喉が痒い。あれ、息ってどうやってするんだっけ、思い出せない。
 わたしがもし読み間違えたら、何人死ぬことになる?

〈大丈夫。シリウスなら大丈夫だから〉
「――うん」

 呼吸なんてもういい。ただ、奴の眼だけを見る。
 410、390、380、370――

「発射!」

 はじめて目にする巨大な光の奔流。レーザーは共振によって束ねられ、バルカンを伴う。極太の雷が雨水のベールをまとっているようだった。
 奴の体が不自然に歪んだ。頭部の周囲に緑色の領域を撒き散らした。

〈当たった!〉
「まだ! 狙いをはずさないで!」

 体のもっとも脆い場所に攻撃を食らった以上、避けようとするのは当然。
 そして奴の動きが鈍ったいまがチャンス。

「奴の目を追いかけて!」

 暴れる巨体とトレースする光。狙いが定まらないうえに鱗にはじかれる。それでも執拗に目だけを狙い続けて、少しずつ奴の体がそっぽを向く。長い尾をくねらせて左に舵を切った。

〈軌道が変わった〉
「撃ち方やめ。すぐに充填を――」

 急に体が浮いた。GRIFFONとは違う不自然な浮遊感。

〈なんだ、体が引っ張られる――〉
「伏せて! 奴の動きに海水が巻き込まれてる」

 わたしのオルキヌスは引っ張られ続ける。機体が大きいせいで流れの影響が強い。
 脚がアルマの屋上を離れた。踏ん張りが利かない。
 吹き飛ばされる――

〈シリウス! 掴まって!〉
「ベル!」

 ベルの腕が、わたしの尾に絡まりついた。

〈あ……〉
〈シャウラ、僕を掴め!〉
〈お、おう!〉
〈シャウラを支えろ!〉

 そして浮きかけたベルをナオスが掴み、ナオスはシャウラに引っ張られ、そのシャウラもほかのみんなに支えられる。機体が徐々に落ち着き、水流が弱まる。
 流されていたら、わたしはどうなっていただろう。心臓が急く。

「あ、ありがとう、みんな……」
〈もう! どこまで規格外なのですか、あいつは!〉
〈大鑑巨砲……〉

 そうしている間にも、奴はぐるりと向き直る。見逃してはくれなさそうだった。

〈シリウス、いまの攻撃、効果はあったか〉
「あったと思う。でも、体が大きすぎて何回やればいいか」
〈そうか……〉

 落胆を隠しきれないアーク。
 わたしだってそうだ。レーザーじゃいつまでたっても倒せないそうにない。
 その間に何度みんなを危ない目に合わせなければいけないのか。

〈シリウスぅ、アステリズムβの出撃はどうする〉
「だめ。流れに巻き込まれる機体が余計に増える」
〈そうかぁ……〉
〈こうなったら、わたしが行こう〉
〈ちょっとレグルス、あなた何をする気〉
〈奴に取りつく。そしてブレードで奴の眼孔を開く。そうすれば攻撃は届くはずだ〉
「ま、待って、それもだめ!」

 慌ててレグルスを遮った。

「そんな自殺行為もだめ。見たでしょ、奴の動き。大きくて速い。いくらレグルスでも振り落とされずに捕まるなんて危険すぎる」
〈だったらどうするんだ〉

 フラストレーションに満ちたレグルス。戦闘意欲は普段ならありがたいけど、今日に限っては暴走されると困る。レグルスを危ない目に合わせるわけにはいかない。

 みんなが安全で、なおかつ奴に決定的なダメージを与えられる方法……。
 ひとつある。奴らの習性。ヴァスィリウスが攻撃するときは口を開ける。
 前回の戦闘でも、ポラリスが死んだときもそうだった。そして、さっきの水流。

「大丈夫。いい方法を思いついた」
〈本当か……?〉
「だからみんな。もういちどさっきの隊列をつくって」

 奴はまた十二時方向からの突進を決めたらしい。

「今度はさっきと逆、向かって右側。いくよ」

 同じ手順。目を狙い動きを逸らす。また深海が動いた。機体が引っ張られ浮く。

〈捕まって、シリウス!〉

 ベルがわたしの右腕を掴む。
 わたしは、右腕を強制切除した。関節が泡を吐く。
 離れていく片腕とベルのセファイエが見えた。
 静まり返る通信。深海を泳ぐわたし。

〈シ、リウス……?〉

 ベルの声はやけに痛々しかった。
 錐揉み状態のなか姿勢を立て直し、奴に一発レーザーを放つ。気付かないわけはない。わたしのオルキヌスは機体が大きいぶんレーザーの出力も高い。

「さぁ、来なさい」

 大きな頭がこちらを向く。
 シルエットに一本の濃いラインが走る。ラインは徐々に膨らみ、目の前に迫る。
 大きな大きな、オルキヌスくらい一飲みにしてしまいそうな大きな口。
 予想通り。目がだめなら口。内臓に、食道から直接レーザーを叩き込む。

「え? あ……」

 けれど残念。不意な海流に姿勢が崩れた。
 砲口はあらぬ方向を向き、背中から奴の口に吸いこまれていく。

 だめだったか。二週間前の戦闘を思い出す。ラッツは自爆した。わたしもそうするのがいちばんいいんだろう。口くらいは砕けるはず。あとはみんなが倒してくれる。
 引き金から指を離す。自爆用のコードを入れて、あとはスイッチを入れるだけ。タイミングが大事。口が閉じきる瞬間。機体が潰れる直前。視界がどんどん白くなっていく。上顎が迫ってきて、それに合わせてOLVISが距離の近さを淡い色で示す。

 全部が白い。もう、そろそろかな――。

〈シリウス!〉

 意識を強制的に揺り戻される。
 すぐそばに、ベルがいた。真っ白ななかを赤いシルエットが煌々と輝いていた。

〈早く!〉

 何が起こったのかわからない。わたしは奴の舌に寝転がっている。隣にベルがいる。ベルは、ふたつのブレードを奴の両顎に突き刺している。

〈急いで、いつまでもつか――〉

 ようやく理解した。ベルは奴の口を抑えている。

〈あ、あぁぁっ……!〉

 ベルの悲鳴。セファイエの腕が泡を吹いた。
 このままじゃベルのセファイエは潰されてしまう。
 このままじゃ、ベルは死んでしまう。

「ま、待って! いま撃つから!」

 祈るような思いでレーザーを撃つ。奴の体はあっけなく砕けて、海中に四散した。
 浮遊感。
 ベルに向かって泳いだ。コックピットをくっつけて、救難用のハッチをつなげる。

「ベル!」

 ベルはシートにぐったりと沈み込んでいた。青ざめて、汗にぐっしょりと濡れて、それでもなぜか微笑んでいる。一瞬の安堵も、恐怖感がすべてを塗り潰す。

 どうして笑ってられるの。ベルは死にかけてたのに。
 わたしのせいで、もう少しで死ぬところだったのに。
 本人を目の前にしてどうしてそんなに嬉しそうなの。

 ベルの頬に、赤い雫がぽたりと落ちた。

「ごめん、シリウス……。腕痛くて、すぐにシリウスのとこに行けなかった」
「そんな……そんなこと、どうだっていいから……」

 どうしてまだわたしのことを気にかけてくれるの。
 溢れるものを我慢できない。

「シリウス、そのおでこどうしたの。血が――」
「そんなこともどうだっていいから!」

 溢れ出るものを我慢できない。

「帰ろう、ベル……わたしが代わりに操縦するよ」


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