君が為シリウスは輝く 第18話

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「プロトタイプとはいえもう完成しちまうとはなぁ……。十日も経ってないだろ」
「運がよかったんだって」

 シャウラの与太話に付き合うことにした。四六時中続くひどい頭痛を少しでもごまかしたかった。本当ならもっとデータを頭に叩き込まないといけないけれど、いよいよ目玉が飛び出してきそうだった。正直、何も考えたくない。
 オルキヌスの脚にもたれて目を閉じると、金属の冷たさが後頭部に心地いい。

「理論とか設計図なんかは大昔に完成されてたから。それをひっぱり出してきて再現すればオーケー」
「つってもよ、それってSONARだけの話だろ? SONARとORDERだけなら、似たようなもんだから互換性もあるっていうのはわかるんだが」
「使うのが音波か黒波かって違いだけだものね」
「いくらなんでもSOLAVISは無理がありすぎるだろ」

 SOLAVIS。まだ慣れない単語を舌で転がす。笑ってしまいそうになる。音波で海底の風景を可視化する技術の名前に、SOL、太陽という単語が隠れているなんて。とんだ皮肉。

「SONARなら距離と方向を割り出すだけだからまだ簡単だけどよ、それを映像化できるくらいまで精度を高めようと思ったらよっぽど高性能な受信機がいるんじゃねぇのか。そんなのこんな短期間でできるのかよ」

 頭のうえ、オルキヌスのコックピットからシャウラの声に交じってかちゃかちゃと金属音が聞こえてくる。話しながら細かい機械いじりができるのは感心するけれど、頭痛に響く。

「無理だったらしいよ、そんな高性能な受信機」
「え、無理って……」

 あ、とまった。

「ほら、手。SOLAVISのテストなんだから急いで。時間がないの」
「あ、あぁ、わかってるけどよ」

 そしてまた再開。わたしは頭痛に耐える。
 大事な大事なSOLAVISの初稼働試験。遅れるわけにはいかない。

「まぁ正確に言えば、無理、じゃなくて時間が全然足りないってこと」
「おいおい、本当かよ。テストなんだろ、受信機なしで本当に使えるのか? 音波を受信できねぇと使い物になんねぇだろうが」

 メカニックなのに、案外知らされていないのかとちょっと驚いた。
 それだけ余裕がないんだろう、科学班も、整備班も。

「使えないのにテストなんてするわけないでしょ」
「そりゃそうだが」
「SOLVIS専用の高性能な受信機がないってだけで、オルキヌスがもともと持ってるセンサーでそれなりに代用できる。本来の性能は発揮できないけど、まったく使い物にならないってことはないはず」
「プロトタイプの勝手がどんなもんか確かめるのがこれからのテストってことか」
「そういうこと。使えないよりはましでしょ」

 新種がいつやってくるのかわからないこの状況、完成度がどうあれ使える手札があるに越したことはない。試験データが手に入れば今後の開発にはずみもつく。

「あぁ、やっとわかったよ。どうしてこんなでっかい演算装置をオケアノスに詰め込まないといけないのかが」
「いままで理解してなかったの」
「詳しいことは聞いてねぇんだ。要はあれだ。受信装置の精度の低さをカバーするために、こいつで補正処理をかけまくるってことだろ」
「ご名答。見ただけでわかるなんて、さすがメカニック」
「舐めんなっての。コックピットの下半分埋め尽くすモンスターだぞ」
「それもそっか」
「簡単に言ってるけどな、こいつの性能甘く見るなよ。オケアノスの処理装置の十倍はパワーがあるんだからな」
「へぇ」

 わたしもちらりと見た巨大な演算装置。
 あの暴力的な代物を思い出すと、頭痛がまたひどくなってきた。

「つーかこんな計算量、正気かよ。あーでもそうか……。補間する部分も大量なのか。補間プログラムも急造の計算ごり押しか。まぁそのためにあるようなもんだしなぁ、こいつも」

 金属音がペースを上げる。つぶやきも増えてきて、シャウラの興奮具合がわかる。

「……けどよ、本当に必要なのか、こいつが」
「何が」

 頭痛のせいで苛立った声になってしまう。
 いまさらそんなことを訊いてくるシャウラもシャウラだけど。

「たしかにお前のオルキヌスは図体がでかいからセンサーも多い。音波を計測する母体としちゃうってつけだ。演算装置を載せる余裕もこいつしかないだろうな。ほかの機体じゃこいつを積んだらバランスが崩れちまう」

 やけに口が回る。わかりきった講釈ほど、鬱陶しいものはない。

「もともとの演算能力も高いからSOLAVISのデータを送るサーバーにもなる。技術的にも運用面でも、プロトタイプを使えるのはお前だけだ。けどよ」
「何」
「物を積み込めるスペースなんてコックピットしかねぇ。装甲の下はとっくにいっぱいいっぱいだからな」

 それくらいわかってる。だからシャウラは、わたしのコックピットにその演算装置をセットしているんでしょう。

「だから、何が言いたいの」
「待てねぇのかよ。センサーやプログラムがもうちょっと効率的になるまで。いや、別の装置ができるまででもいい」
「別の装置ってどんなの」
「オケアノスに積み込む必要なんてあるのか。ORDERやSONARみたくアルマのなかに格納するとかよ」
「そんなことしたら精度が悪くなるし、戦いのなかで守れない。OLVISやSOLAVISが機体のなかに組み込まれてるのは、より安定度と即応性を高めるためなんだから」

 OLVISやSOLAVISは間近にいる敵を見るための目だ。戦いの最中に壊されると戦えなくなる。だから機体といっしょに守らなければならない。ORDERやSONARみたいに、もし壊れても次の戦闘までに修理します、とはならない。

「今日のテストは、お前が責任持つってことか」
「当然でしょ」
「最悪、死ぬぞ。お前」

 シャウラの手がとまった。頭痛が軽くなったような気がした。

「コックピットの半分を埋め尽くす演算装置だ。排熱ですぐ蒸し風呂になる。こいつの排熱量、ちゃんと考えてるのか」
「それ、指揮官に言うようなことじゃないんじゃないの」

 呆れ半分怒り半分で答えた。考えていないとなぜ思ったのか、こっちが聞きたい。

「……あのときは悪かった」

 急にシャウラの声がしぼんで感情のやり場がなくなる。
 シャウラはいったい何を考えてるの。

「……あのとき?」
「三人が死んで、ナオに絡まれてたときのことだよ。俺がちゃんとお前のこと庇えていればよかったんだ」
「シェアトを呼んでくれたのはシャウラなんだし、殴られそうになってたところもとめてくれたじゃない。それでじゅうぶん」
「それだけじゃだめなんだ。シリウスお前、思い詰めすぎてるんじゃないのか、いろんなこと。三人のこととか、アルのこととか、ナオスに言われたこととか」

 痛々しい声だった。いろいろ気にしてしまうのは、それだけ大変なはずなのに。

「あなただって、レグルスや、アークやスピカが死んでもやもやしてるでしょ」
「それはそうだが、それはそれだ。あれはあくまで艦長の命令だ。お前が全部を背負い込む必要はないだろ。ここんとこ、お前、どんだけ睡眠時間削った」

 わたしは答えない。

「……わぁったよ」

 いつもの、諦めにも似た声が返ってくる。

「わたしの心配より自分の心配をしなさいよ。シャウラだって参加でしょ」
「へいへい」
「そうだ。シェダルたちに訓練スケジュール渡してくれた?」
「あ、あぁ、ちゃんと渡したぞ。変な顔されたが」

 機械には強くても事務的なこと縁がないシャウラ。いまさらながら人選を誤ったかもしれない。まぁ、ほかに使えそうな相手がいないのも事実だけど。

「わたしのことは隠してるんでしょうね」
「だ、大丈夫だ、ちゃんとスケジュール通りにやってくれているみたいだしな」
「ならいいけど」

 無駄にならなかったようでほっとした。それなりに時間をかけて作ったものだから、ゴミ箱送りにされるとさすがに心にくるところだった。

「終わったぞ」
「お疲れ様」
「絶対に無茶するなよ」
「はいはい」

 ハッチから降りてきたシャウラに生返事で答えながら見送る。

 ふぅ、とひとつ息を吐く。
 テストの実験準備が整って、ようやく一歩前進したような気になれた。
 まだまだやることは山積みだけど、たまに息抜きをしないと息が詰まりそうになる。あと残っていることは、これからのテストと、テストの結果を分析して、開発の続き、訓練やブリーフィングの予定も組まなくてはいけない。それから――。
 それから、いちばん大事なことは――

 警報が鳴った。

「おい、嘘だろ……」

 懇願するように、シャウラは格納庫天井のスピーカーを見上げた。
 耳の奥で警報が何度も反響する。頭が割れる。胃から何かがこみ上げてきそうだった。まともに立っていられない。オルキヌスの脚に持たれていないと体が保てない。

 なんで。どうしてこのタイミングで。少しでも時間が惜しいのに、SOLAVISのテストができなくなってしまう。それ以上に、もし新種だとしたら……? SOLAVISが使えるかどうかわからないのだから、わたしたちはほとんど丸腰。
 レグルスとの通信がフラッシュバックしそうになった。

「シリウス。お前は何も気にするな。俺は何があってもお前の指示には従う」
「……当たり前でしょ」

 ぽん、と軽く叩かれた肩がじくじくと痛んだ。
 自分でそこに触れてみると、やけに熱を持っていた。

「シリウス」

 さらにそのうえから、ひんやりと心地いい手が乗せられた。
 大事な声と大事な感触に、頭痛も吹き飛ぶくらい心が弾んで、潰れそうになった。

「ベル……」
「久しぶり」

 目を開ける。明るい笑顔に、泣きそうになる。
 十日ぶりの解放なのに、どうしてこんな危ない戦闘と重なってしまうの。

「テスト、なくなっちゃうね」
「これが新種だったら、ぶっつけ本番……」

 怖い。
 レグルスの声がフラッシュバックしそうになるたびに、目を閉じてかき消す。
 わたしは守れるんだろうか。みんなを、ベルを。

「大丈夫。シリウスとわたしがいれば、絶対うまくいくから」

 背中に回される腕。肩に当たるやわらかい体温。首筋にかかる息。甘い匂い、心臓の音までが聞こえてくる。十日ぶりなのにとても懐かしかった。わたしは体をよじってベルの胸元に頬ずりするような仕草で、ベルと視線を合わせた。

「うん、頑張る」

 いちばん大事なことのために。
 わたしにとっていちばん大事なことは――


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