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ペローの誕生日に青空文庫の「猫吉親方」ふりがな版の YOMIAGE  _'16/01/12_


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青空文庫、リンク先のテキストはふりがなつき。おや、コピペではふりがなが出ないのではなく、後ろに! ふりがな部分の区別のため、ボルドー体にしながら、慣れてきて、ふりがなを追加したり、削ったりもさせていただいた。


猫吉親方

またの名 長ぐつをはいた猫

ペロー Perrault

楠山正雄

         一

 むかし、あるところに、三人むすこをもった、粉・こなひき男がありました。もともと、びんぼうでしたから、死んだあとで、こどもたちに分けてやる財産・ざいさんといっては、粉ひき臼・うすをまわす風車・ふうしゃと、ろばと、それから、猫・ねこ一ぴきだけしかありませんでした。さていよいよ財産を分けることになりましたが、公証人・こうしょうにんや役場の書記・しょきを呼ぶではなし、しごくむぞうさに、一ばん上のむすこが、風車をもらい、二ばんめのむすこが、ろばをもらい、すえのむすこが、猫をもらうことになりました。すえむすこは、こんなつまらない財産を分けてもらったので、すっかりしょげかえってしまいました。

「にいさんたちは、めいめいにもらった財産をいっしょにして働けば、りっぱにくらしていけるのに、ぼくだけはまあ、この猫をたべてしまって、それからその毛皮・けがわで手袋をこしらえると、あとにはもうなんにも、のこりゃしない。おなかがへって、死んでしまうだけだ。」

 すえの子は、ふふくそうにこういいました。すると、そばでこれを聞いていた猫は、なにを考えたのか、ひどくもったいぶった、しかつめらしいようすをつくりながら、こんなことをいいました。

「だんな、そんなごしんぱいはなさらなくてもようございますよ。そのかわり、わたしにひとつ袋・ふくろをこしらえてください。それから、ぬかるみの中でも、ばらやぶの中でも、かけぬけられるように、長ぐつを一そくこしらえてください。そうすれば、わたしが、きっとだんなを、しあわせにしてあげますよ。ねえ、そうなれば、だんなはきっと、わたしを遺産・いさんに分けてもらったのを、お喜びなさるにちがいありません。」

 主人・しゅじんは猫のいうことを、そう、たいしてあてにもしませんでした。けれども、この猫がいつもねずみをとるときに、あと足で梁・はりにぶらさがって、小麦粉・こむぎこをかぶって、死んだふりをしてみせたりして、なかなかずるい、はなれわざをするのを知っていましたから、なにかつごうして、さしあたりのなんぎを、すくってくれるくふうがあるのかもしれない、とおもって、とにかく、猫のいうままに、袋と長ぐつをこしらえてやりました。


         二

 猫吉親方・おやかたは、さっそく、その長ぐつをはいて、袋を首・くびにかけました。そして、ふたつの前足・まえあしで、袋のひもをおさえて、なかなか気取ったかっこうで、兎・うさぎをたくさん、はなし飼・いにしてあるところへ行きました。そこで、猫は、袋の中にふすまと ちしゃを入れて、遠くのほうへほうりだしておきました。そこから、袋のひもを長くのばして、そのはしをつかんだままじぶんはこちらに長ながとねころんで、死んだふりをしていました。こうして、まだ世の中のうそを知らない若い兎たちが、なんの気なしに、袋の中のものをたべに、もぐりこんでくるのを待っていました。あんのじょう、もうさっそく、むこう見ずの若い、ばか兎が一ぴき、その袋の中へとびこみました。猫吉親方は、ここぞと、すかさずひもをしめて、その兎を、なさけようしゃもなくころしてしまいました。そうして、それを、えいやっとかついで、鼻たかだかと、王様・おうさまの御殿・ごてんへ出かけて、お目どおりをねがいました。

 猫吉は、王様のご前・ぜんへ出ると、うやうやしくおじぎをして、

「王様、わたくしは、主人カラバ侯爵・こうしゃくからのいいつけで、きょう狩場・かりばで取りましたえものの兎を一ぴき、王様へ けん上じょうにあがりました。」

 カラバ侯爵こうしゃくというのは、猫吉がいいかげんに、じぶんの主人につけたなまえですが、王様はそんなことはご存ぞんじないものですから、

「それは、それは、ありがとう。ご主人に、どうぞよろしく御礼・おれいをいっておくれ。」と、おっしゃいました。

 猫吉は、ばんじうまくいったわいと、心の中ではおもいながら、

「はいはい、かしこまりました。」と、申しあげて、ぴょこ、ぴょこ、おじぎをして、かえって来ました。

 そののちまた、猫吉は、こんどは、麦畠・むぎばたけの中にかくれていて、れいの袋をあけて待っていますと、やまどりが二羽・にわかかりました。それを二羽ともそっくりつかまえて、兎とおなじように、王様の所・ところへもって行きました。

 それから二・ふた月・つき 三・月のあいだというもの、しじゅうカラバ侯爵のお使・つかいだと名のっては、いろいろと狩場・かりばのえものを、王様へけん上しました。そしてそのたんびに、猫吉はお金をいただいたり、お酒を飲まされたり、たっぷりおもてなしをうけるうちに、だんだん王様の御殿のようすが分かってきました。

         三

 ある日のこと、猫吉は、いつものように狩場のえものをけん上しに行きました。すると話のついでに、きょう、王様が美しいお姫さまをつれて、川へ遊びにお出かけになるということを聞きこみました。そこで、猫吉は、さっそくかえって来て、主人・しゅじんに話しました。

「もしも、だんなが、わたしのいうとおり、なんでもなされば、あなたは、じきしあわせになりますよ。それもたいしてむづかしいことじゃないんですよ。だんなはただ、きょう、川まで出かけて、わたしのおしえるとおりの所へ行って、水をあびていればいいんです。そうすれば、あとはばんじ、わたしがいいようにしますからね。」

 カラバ侯爵こうしゃくは、そう聞いても、なにがなんだか、ちっともわけが分かりませんでしたが、なんでもかでも、猫吉のいうとおりにしました。さて、ちょうど猫吉の主人、すなわちカラバ侯爵が、水につかってからだを洗っているとき、そこへ王様の馬車が通りかかりました。すると、猫吉はきゅうに、火のつくように、かなきり声をあげてさけびたてました。

「助けてください。助けてください。カラバ侯爵がおぼれそうです。」

 王様は、このさけび声を聞くと、なにごとかとおもって、馬車の窓から首をお出しになりました、見ると、しきりにどなっているのは、これまでに、たびたび狩場・かりばから、いろいろと、けっこうなえものを持ってきてくれた猫なので、王様はおそばの家来・けらいに、はやく行って、カラバ侯爵をお助け申せ、といいつけました。

 家来・けらいが、いそいで川へおりて行って、カラバ侯爵を引きあげているあいだに、猫吉は王様のところへ出かけて行きました。

「わたくしどもの主人・しゅじんが、川につかって、からだを洗っておりますと、わるものがやって来たのでございます。主人はずいぶん大声・おおごえで、なんども、どろぼう、どろぼうと申しましたのですが、とうとう、わるものは、着物・きものをぬすんで、もって行ってしまいました。ですから、すぐに着る着物がございません。」

 猫吉は、こう王様にうったえました。じつは、その着物は、大きな石の下にかくしておいたのです。けれど、猫のいうことが、さもほんとうらしくきこえるので、王様は、御殿の衣裳部屋・いしょうべやのかかりにいいつけて、いちばん上等・じょうとうな着物を、いそいで持って来て、カラバ侯爵にお着せ申せ、とおっしゃいました。

 王様は、侯爵をたいへんていねいにもてなして、ごじぶんの、りっぱな着物を着せました。ところで、猫吉の主人は、生まれつきりっぱなようすの男でしたから、その着物を着ると、いかにも侯爵らしい上品・じょうひんなひとがらになりました。それを見た王様のお姫ひめさまは、すっかり侯爵がすきになりました。そこで、王様は侯爵にすすめて、馬車・ばしゃに乗せて、いっしょに旅をすることにしました。

 猫吉は、じぶんけいりゃくが、うまくあたったので、だいとくいで、馬車よりも先へあるいて行きました。すこし行くと、まきばの草を刈かっているお百姓・ひゃくしょうたちに出あいました。すると猫吉は、

「もうじき王様が馬車に乗ってお通りになるが、そのとき、このまきばはだれのものだ、といっておたずねになったら、これはカラバ侯爵のものだと、おこたえしなければいけないぞ。もしそうしなかったら、それこそ植木鉢・うえきばちにはえたちいさな草を引っこ抜くように、おまえたちの首を、引っこ抜いてしまうぞ。」といって、すっかりお百姓たちを、おどしつけました。

 王様が、やがてそこを、お通りかかりになりますと、なるほど猫吉のおもったとおり、このまきばは、だれのものだ、とおたずねになりました。けれどお百姓たちは、すっかり猫吉におどかされていましたから、

「わたしどものご主人、カラバ侯爵さまのものでございます。」と、みんな声をそろえて、こたえました。

 王様は、うまうまと、だまされておしまいになりました。そして、侯爵にむかって、まじめにおよろこびをおっしゃいました。

「どうもたいした土地・とちもちでおいでだな。」

 そこで侯爵は、すかさず、そのあとについて、

「ごらんのとおり、このまきばからは、まい年、なかなかたくさんな取りいれがございますので。」と申しました。

         四

 まずこういうやり方で、猫吉親方は、いつも馬車の先に立ってあるいて行っては、麦刈り、草刈りをしている男とみると、おなじようなことをいって、おどしました。

「王様がお通りになったら、これはみんなカラバ侯爵の畠・はたけでございますというのだ。そういわないと、おまえたちみんな、挽・ひき肉にしてしまうぞ。」

 そういってあるいたあとに、すぐ王様は通りかかって、麦畠・むぎばたけも、牧場・まきばもみんなカラバ侯爵のものだときかされました。そのたんびに、王様は、カラバ侯爵が、たいへんな広い領地・りょうちをもっているのに、すっかりびっくりしておしまいになりました、そうしてそのたんびに侯爵にむかって、

「どうもたいしたご財産・ざいさんで。」といいました。

 このあいだに、猫吉親方は、ひとりさきに、どんどんあるいて行って、とうとう人くい鬼・おにが住んでいる、りっぱなお城へ来ました。この人くい鬼は、世にもすばらしい大金持・おおがねもちで、王様が、みちみち通っておいでになった、カラバ侯爵のものだという広大・こうだいな領地・りょうちも、じつはみんな人くい鬼のものでした。猫吉は、この人くい鬼のことをよく聞いて知っていましたから、そのとき、ずんずんお城の中へはいって行って、

「ご近所・きんじょを通りかかりましたのに、あなた様のごきげんもうかがわずに、だまって通る法・ほうはございませんので、おじゃまにあがりました。」と、さも心から、うやまっているように申しました。

 それを聞いた人くい鬼は、すっかり喜んで、人くい鬼 そうおうな れいぎで、猫吉をもてなしました。

 さて、ゆっくり休ませてもらったところで、猫吉は、おそるおそる、

「あなた様は、ごじぶんでなろうとおもえば、どんな けものの すがたにもおなりになれるのだそうでございますが、それでは、ししとか ぞうとかいったような、あんな大きな けものにもおなりになれるのでございますか。」と、たずねました。

 すると、人くい鬼は、早口・はやくちに、

「なれなくってさ。なれなくってさ。よしよし、うそでない しょうこに、ひとつ、ししになって見せてやろう。」

 こういって、いきなり ししになってしまいました。猫はすぐ鼻のさきに、大きな ししがふいにあらわれたので、あわてて、長ぐつのまま、あぶないもこわいもなく、軒・のきの かけひの上にかけあがりました。しばらくたって人くい鬼が、やっと、もとどおりのすがたになったのを見すまして、猫吉はそろそろ、かけひからおりて来ました。

「どうも、じつに、おどろきました。わたくしは、今にもひとつかみになさるかと思って、ぶるぶるふるえていたのでございますよ。ところで、これも人から聞きました話で、あてにはなりませんが、あなたはまた、ずっと小さなけもの、たとえばねずみなら、はつかねずみのような小・ねずみなんかにでも、なろうとおもえばおなりになれるということですが、まさかねえ、こればかりは、とても信じられませんが。」

 こういって、猫は、うたがいぶかいような目をしました。

「なに、信じられん。」と、人くい鬼はおこってさけびました。「よしよし、すぐ小ねずみになって見せよう。」

 人くい鬼は、いうまに、一ぴきのはつかねずみにかわってしまいました。そして、ちょろ、ちょろ、床・ゆかの上をかけまわりました。猫吉はしめたというなり、すばやく、小ねずみにとびかかるが早いか、あたまから、むしゃむしゃと、たべてしまいました。

         五

 そのとき、お城のそとのつり橋を、王様の馬車のわたってくる音がきこえました。猫吉は、その音を聞きつけると、さっそく、お城の門のところへ出て行って、王様にこう申しました。

「さあ、どうぞ、王様には、カラバ侯爵のお城におはいりくださいまするよう。」

 王様は、さっきからこのお城に気がついていました。そして、だれのお城だか知らないが、中はさぞかしりっぱだろうから、はいってみたいものだと、おおもいになっていたところでした。ですから、猫吉がそういうのを聞くと、ますますおどろいておしまいになりました。

「なに、これも侯爵のお城。いやどうも、お庭といい、建物・たてものといい、こんなりっぱなお城は見たことがないわい。では、拝見・はいけんしよう。どうぞ案内・あんないをたのみますぞ。」

 王様が馬車からおりると、猫吉は、そのあとからついて行きました。カラバ侯爵はお姫さまに手をかして、そのあとにつづきました。やがて大広間・おおひろまにはいると、おかざりしたテーブルの上に、りっぱなごちそうがならんでいました。じつは、このごちそうは、きょう、たずねて来るはずの友だちのために、人くい鬼がしたくしておいたものでした。けれども猫吉は、それがわざわざ、王様やお姫さまのために用意させてあったもののように見せかけました。人くい鬼の友だちも、王様がおいでときいて、えんりょして、かえって行きました。

 やがて、みんなはテーブルについて、ごちそうをたべました。王様は、お姫・ひめさまとどうよう、侯爵のりっぱひとがらに、すっかりほれこんでおしまいになりました。そのうえ、侯爵が、たいへんお金持なのを知って、なおなお、このもしくおもいました。そこで、五・六ぱい、さかずきをあげてから、王様は、

「どうでしょう、侯爵、おいやでなかったら、姫と結婚・けっこんしてくださいませんか。あなたは、わたしどもにとっては、申しぶんのない方です。」と、いいました。

 侯爵はそのとき、うやうやしく敬礼・けいれいしたのち、王様の申し出された名誉・めいよを、よろこんで、お受けすることにしました。そうしてその日、さっそくお姫さまと結婚しました。

 さて、猫吉は、大貴族・だいきぞくにとり立てられました。それからはもう、やたらにねずみを取ったりしないで、気らくに、その日その日をおくりました、と、さ。

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底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店

   1950(昭和25)年5月1日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。

入力:大久保ゆう

校正:秋鹿

2006年1月21日作成

青空文庫作成ファイル:

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