アラサーになって読む「人魚姫」は全くの別物に見える
大人になると、童話が変な沁み方をすることがある。
気まぐれに読み返した「人魚姫」なんかはまさにそうで、子供の頃に見た物語とあんまり別物に感じるから驚いた。
「人魚姫」。
人間の王子さまに恋をした人魚のお姫さまが、悪い魔女の力を借りて陸に住む王子に会いに行くお話。
まずすっかり忘れていたのだが、彼女たちの海の世界では、子供が自由に陸の世界へ近づくことが許可されていない、という設定があった。15歳の誕生日を迎えると初めて海面へ上がって地上の様子を眺めることが認められるのだ。
人魚姫は7人姉妹の一番幼い妹で、姉妹の中でもとりわけ陸への興味が強い子だ。姉たちが地上の様子を楽しげに語るのをうらやましく聞きながら、誰より遅い15歳の誕生日を待ちわびている。
なんだかこの感じ、すごく覚えがある。「子供」であることを理由に課せられる厳しいルール。禁じられるほどに募る、遠い土地へのぼんやりとした憧れ。
まるで、田舎の子供にとっての東京のような。
そう思って読むと、個人的にあまり響くところの無かった、淡くはかない悲恋物語を見る目ががらりと変わった。
海は広大で美しい。でも、美しいだけだ。それに比べて、姉たちから聞く陸の楽しそうなこと。立派な建物に、趣向を凝らした調度品に、贅を尽くした船上のパーティーに……。クソ田舎──もとい海の大自然に囲まれるばかりの年若い人魚姫に、都会──もとい陸の生活がどんなに魅力的に見えたことか。
でも、思春期の頃は一緒に陸の流行についてキャーキャーはしゃいでた姉たちは、じきに「ゆうて地元が一番っしょ笑 いつメン最高卍」とかなんとか言い出すのだ。そんで20歳そこそこあたりで、高校の同級人魚とか事務員として勤め始めた缶詰工場の15歳年上の部長とかとでき婚する。「高校卒業したら陸の専門で免許取って美容師になる!」とかいつまで経っても息巻いてるのは人魚姫だけだ。
そんな時に魔女先輩に会っちゃうわけ。あんたは絶対こんな田舎で燻ぶってていい人間じゃない、あんたの顔なら王子のオキニどころか本命になれるっしょ、ところで大学の先輩が売ってるこの教材の通りにしたら人間の足が手に入るらしいんだけど……とかそそのかされたら、10代の田舎の女の子なんかそりゃ騙されるよね。
だとしたら人魚は王子のために陸に行きたかったのか、あるいは陸に行くべき理由として王子に恋をしたのか。
いずれにせよ、好きな男のために上京!みたいな動機で故郷のクソ田舎を捨てると大抵ろくなことにならない。地元の海じゃ「ぶっちゃけ広瀬すずレベルなら断然人魚ちゃんの方が勝ちでしょ~笑」とか取り巻きがほめそやしてくれたけど、陸の……しかも王子の周りには広瀬ずずの顔に菜々緒の身体がくっついたような女がゴロゴロいる。しかもみんなアンミカばりに自己プロデュースが上手い。人魚姫は海出身のピュアな女の子(笑)みたいなマスコット的なポジションで王子の認知を得るのがせいぜいだ。
王子の本命になりたいなどという良く言えば意識が高い、悪く言えば身の程を知らない願望だけを原動力に陸へ来た人魚姫の心は、当然あっという間に折れる。
そんなところへ、地元の姉たちが押しかけてくるのだ。あんた相談も無しにいきなり上陸して、結局王子とうまくいってないんでしょ。みんな何も言わないから、海に戻っておいでよ。魔女先輩に借金してるのも知ってるから。お姉ちゃんたちの髪を売ったお金でカンパしあってお金も返してあげる。とか言って。
クソ田舎を捨てる前だったなら、陸に上がってくる前だったなら、それも悪くないって思えたかもしれないけれど。でも多分、海に帰った人魚姫は思い出してしまうんだろう。トリトンパパが斡旋してくれた農協の事務職とかで働いてるときに。なけなしの貯金が全部中古のミライースのローンと車検に消えていくときに。名前も覚えていない職場のおばさんに「あんた陸にいたんだって?」とかいきなり話しかけられるたびに。
王子のことを考えれば耐えることのできた中央線の満員電車を。どうにかこうにかもぎ取った定時退社後の、繁華街の万能感を。街で知り合った同い年の子に身の上話をしたときの「ふーん」の、程よい無関心を。
恋を失ったって、泡になって消えたって、手放したくないに決まっている。
分かるから。私なら人魚姫のことめっちゃ理解できるし、泡にならなかった世界線の、アラサーになった人魚姫と「あの時の私ら推しのためなら何でもできたよね笑」って磯丸水産で朝まで飲み明かせる。
と思ったが、アラサーを迎えられる世界線の人魚姫は、私とは全く種族の異なる女になっている気がする。残業後はジムかボクシングで汗を流すし、金曜はワインスクール通うし、週末は愛犬のチワプーと散歩するし、隔週で美容皮膚科でメンテナンスとかすると思うので、多分仲良くなれないだろう。
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