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現国の朗読CDに登場したお茶の間の人気者のせいで、私のクラスは崩壊した。

現国の授業に関して、ひとつだけ忘れられないトラウマがある。

高校生の頃、宮沢賢治は『永訣の朝』の初回授業でのことだ。
現国教師は「今日は朗読CDを流します」と私たちに告げた。聞くや、私はひそかにホッとしたのを覚えている。

私は読書が好きな質で、現国の教科書は進級当日にまるごと一冊読み切ってしまうタイプの学生だった。そのため授業で耳にする物語はいつも新鮮味がなく、他の部分で興味を惹かれるものがなければひどく退屈なのである。
例えば作品や作者の裏話や逸話を聞かせてくれるとか。例えば迫真の朗読であるとか。要するに担当教師次第というわけで。

が、私のクラスの現国担当は新任の若い女性教師だった。まだ授業を完遂することで精いっぱいの彼女は、指導要領に沿わせたこと以外は何も言えないし朗読も非常にたどたどしい。とはいえ懸命であることは痛いほどに伝わってくるので、私にできることといえば精々退屈で舟を漕ぐことなど無いよう、真剣に授業を聞いている体でやり過ごすくらいなことだった。が、これが存外、つらかった。

そんな私にとって、朗読CDを聴く授業は有難いものであった。
というのも、朗読CDは有名な大御所声優や芸能人が読み手のものが多いので。オタクにとってとくに声優の朗読は単純にテンションが上がるし、純粋に朗読のクオリティが高いので聞いていて楽しい。つまり普段の授業よりずっと暇はしないのである。

ラジカセにCDをセットする先生の背中を横目に人知れず胸を躍らせる。今日は誰だろう?私の知っている人物だといい。いつか聴いた『走れメロス』は大塚明夫だったため、大変素敵な時間を過ごさせていただいた。
古い備品のCDラジカセから、ガチリと存外大きめに再生ボタンの音がする。やがて流れるのは、低い物悲しげな声で。

「けふのうちに とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ」

途端、教室中にざわめきが走る。
無論詩の美しさに感嘆したのではない。このクソ田舎にそんな詩心に富んだ高校生などいない。
聞こえたのは、低めの男性の声。低く、よく通る。抑揚のやや少ない、少し鼻にかかった、やや陰気な、ときに粘着質な──

ちびまる子ちゃんの永沢君だ、コレ。

察したのはオタクである私ばかりではない。この余りにも個性的な声、日本国民であれば聞き覚えの無いわけがない。それが証拠に、私の背後から一軍男子学生たちの「いや待って待って待って~~~」と色めき立つ声が聞こえた。

「みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ」

教室の動揺をよそに切ない朗読は続く。朗読が始まるや否や騒ぎ始めた学生陣に先生は「静かに!」と一喝した。理由を理解していないらしい。なんでだ。ちびまる子ちゃん見たことないんか。

教室を包む原因不明の含み笑いに先生は不安と怒りで神経質に眉根を寄せている。非常にまずい。このままでは私たちが学級崩壊を起こし授業を放棄したみたくなってしまう。

一旦落ち着こう。永沢君が永訣の朝を朗読していることの何がそんなに可笑しいと言うのだ。彼は確か幼い弟を溺愛している人物だったし、むしろ妹を慈しむこの詩にはよく似合った配役じゃないか。
そう思えば異様に熱の入った朗読も納得できる。彼のかわいい幼い弟と賢治の病に苦しむ妹を重ねてしまったのかもしれない。切ない。泣ける。いいぞ。オモロがかすんできた。

今まさに命尽きようとしている賢治の妹。彼女は今際の際、痛ましいほどにいじらしい願いを兄に言うのだ。
「あめゆじゅ とてちて けんじゃ(雨雪を取ってきてください)」と──。

「ンヒャメユジュウゥ、トテチテケンジャアァ」

唐突な高音。教室中に悶えるような忍び笑いが響く。かろうじて我慢していた大人しめの生徒たちが吹き出した声である。

永沢君の朗読はいよいよ熱が入りすぎて、妹パート「あめゆじゅとてちてけんじゃ」を全力の裏声で演じ始めたのだ。
永沢君はすごい。全力の高音を絞り出しているにもかかわらず、どう聞いても永沢君なのである。

「真面目に授業を受ける気がないなら出て行ってください!」と、先生は今にも泣きだしそうな声で言う。
違うんです先生。我々は決して貴方に反抗しようとしているのではないんです。ごめんなさいもう二度と先生の音読を退屈がったりしません。だからどうか、どうか一旦、CDを止めていただけないでしょうか──。

「ンヒャメユジュウゥフ、トテチテケンジャアァァァ……ンフ」

無慈悲なる第二波。教室に豚の悲鳴のような音が響く。私の笑い声である。
最も真面目に授業を受けていたはずの生徒による裏切りで、いよいよこらえられなくなった先生は半べそで教室を駆け出して行ってしまった。

誰が悪かったというのか。
少なくとも永沢君は間違いなく悪くない。茶風林さんには本当に申し訳ないことをした。でも、私たちだって誰も悪くなかったのではないか。あるいはみんなも先生もちょっとずつ悪かったのではないか。

放置されたCDラジカセからなおも朗読を続けてくれる永沢君に悶え苦しむ同級生は使い物にならないので、私はぼっちで先生を職員室へ迎えに行った。オラ オラデ シトリ エグモ。
「みんなどういうつもりなの?」と涙目の先生を前に、私はただただ歯切れ悪く「いえ、その、永沢君が……」と答えることしかできなかった。

私たちのクラスはしばらく、全員が「永沢君」という実在しないクラスメイトの幻を見たオカルト集団として警戒された。

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