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何事にもプロであれ

先日投稿した記事の1年間という「カンマ」の中で自分のコンセプト/テーマは、『何事にもプロであれ』だということを書きました。

今日はそこを深掘りしていこうと思います。

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プロとは何か

プロフェッショナルとアマチュア。

辞書を引けば答えは出ます。

しかしながら、明確な境界線はありません。

誰しもプロにもアマチュアにもなり得ると思っています。

ましてや、個人競技やフリーランスでのお仕事。

個人に重きが置かれればおかれるほど、どんどん分からなくなってきます。

確かに、大所帯でなければプロアマで分ける必要性が無いからかもしれません。

世の中に多くいる◯◯のプロ。

もはや個人の裁量であると思っています。

一人に一つずつある「人生」という題のオリジナルストーリー。

それを地球?人口史?人類?でオムニバスとして過去現代未来が存在しているように思います。

その中で様々な職業が生まれスポーツが生まれてきました。

何か明確な基準点からではなく、優劣をつける中でその分野のプロフェッショナルは生まれてきたと思います。

これこそ「誰しもプロにもアマチュアにもなり得る」と思うポイントです。

そこで。

「プロとは何であるのか」問題です。

僕は、「どれだけその分野に対してバカになれるか」だと考えます。

丁寧に言えば「一生懸命になれるか」「目的を立てて取り組めるか」「終着駅を決めずに走り続けるか」では無いでしょうか。

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一つの物事に没頭するということ

「物は言いよう」です。

日本語は本当に奥が深い。

そしてそこで満足するか、それでいいかはその人次第なのかなとも思います。

「一つの物事しかできないんだよね」

今年、僕は(自分に対しては)「言い訳」だ、と洗脳しようと思っています。

「一つの物事に没頭する」=「複数のことを同時進行できない」

下にも繋がりますし、1年間という「カンマ」にも書きましたが、

生き方は自由。ただ、時間は有限。

なのです。

どんなことを言って納得しても、残されている時間は刻々と少なくなっていますし状況は変わりません。

「私って◯◯タイプだからさ〜」という前に時間意識を持って生きていきたいですね。

これは人間に対しても食べ物に対しても。

自分のタイプの真逆にトライすることで、新たに自分を肯定できるチャンスにもなりますし本当に新たな発見があることもあります。

「食わず嫌い」もやめましょう。

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2021年になっても自分という人間は続く

「コロナウイルス」によって行動が制限されたり、経済がきつい時があったり。

自分も言い訳して夢が叶うならたくさんしたいものです。

しかしながら、「言い訳」は自分を現実逃避させ落ち着かせる「麻薬」でしか無いのです。

時間は刻々と流れ、周りは動き続けています。

自分にできることって本当にないのか?

「そんないくつもチャレンジする時間ないし」

「何個も同時になんてできないよ」

それならそれでいいです。

一つ一つできることを頑張るしかない。

ただ、時間の流れは不変であるということ。

物事を極めていく人間はこの瞬間も何かやり方を見つけているということ。

人生に一回休みはありません。

そんな考えを大切に、高みを目指して自分は進みます。

あなたは?

さあ、今から何しよう?

2021/01/26

カンボジアに学校を建てたり、愛で地球を救ったりはしませんが、貴方を見たことのない世界にちょっとだけ連れていけます。