「UNDEAD×UNKNOWN」水村ヨクト│第1話「生ける屍×宇宙人(アンデッド×アンノウン)」
第1話「生ける屍×宇宙人(アンデッド×アンノウン)」
一人称視点。宇宙船内。地球が目の前に浮かんでいる。
レイ『見えました。太陽系第三惑星地球』
通信相手『(ザザッ)よし、そのまま大気圏に突入。任務を遂行しろ。……今回こそは期待しているぞ』
レイ『任せてください』
徐々に近づく地球。視界が少しの間不明瞭になり、大気圏を通り抜ける。と同時に大きな揺れと共に船内に警告音が鳴り響いた。視界がノイズがかり不明瞭になる。
レイ『何!? ……エンジントラブル? 本部! 本部! 応答願う!』
通信相手『……だ………お……せ……! …う……!』
レイ『くそっ! なんで……』
モニターに「サブエンジン起動」の文字。
レイ『……っ! これで着陸はできる……が』
近づく地面。森の中に着陸を試みる。
レイ『……帰る手段を、消失』
着陸後、扉から船外へ出る。宇宙船の大破を確認。木々を掻き分け、開けた場所に辿り着く。
レイ『何も無いな……(ザザッ)テストテスト……地球着陸一日目。ジャングル? ……と思しき土地に不時着。これからこの星の偵察と帰還方法を模索――』
ガサっと死角から物音が聞こえる。
音の方へ視界を向けると、そこには何か動くものが見える。
レイ『……生物?』
近づいてくる。画質が悪く、それが何かハッキリしない。
レイ『地球人、か? ならば情報を聞き出して始末する……翻訳機能を起動。この星の共通語は……English?』
レイ『そこの地球人。止まれ。さもなくば撃――』
刹那、人型のそれはレイに襲い掛かり、映像が完全に乱れる。
*
アラームの音。ベッドからヒトマが起き上がる。
ヒトマ「ふぁああ」
アラームを止めたヒトマは、ベッドから降りる。
朝食に缶詰とゼリー飲料。
デジタル時計で日付を確認。
ヒトマ「今日で92日目」
家具売り場の生活範囲を出て、デパートの売り場を歩くヒトマ。
ベッド、生活用品、娯楽雑貨などなどを描写。
所々にバリケードが施された箇所が見える。
ヒトマ「寝床も食事も、娯楽すらなんとかなってる」
階段を上る。途中、『大型複合商業施設、ついに開店! 世界初、施設内で太陽光発電・生ゴミバイオマス発電により全電力を自家発電!』と書かれたポスターが見える。
屋上のと扉を開け、空を眺めるヒトマ。
ヒトマ「空、青……。(伸びをして)今日もいい日になりそうだな、詩乃」
詩乃の写真ポケットから取り出し、眺めるヒトマ。
制服姿の詩乃が笑顔でピースサインをしている。
地上からデパート屋上の煽り。
ヒトマ「…まあ、こんな状況じゃなければ、だけど」
地上にはゾンビの大群がうじゃうじゃと蠢いている。
*
デパート食品売り場。
冷凍ケースを確認するヒトマ。問題なく稼働している。
ヒトマ「まだ大丈夫そうだな」
手に取った冷凍食品に賞味期限2023年8月と表記されている。
突如、遠くから「ガシャン」と物音が聞こえる。
バックヤードへの扉を見るヒトマ。
ヒトマ「……マジかよ」
青ざめるヒトマ。音の方へゆっくりと歩いていく。
バックヤード扉を抜け、商品搬入口に移動。途中、釘バットを手にする。
ゆっくりと角を曲がると、そこには血まみれで横たわるレイの姿。
ヒトマ「ひっ」
一度曲がり角に引っ込み、深呼吸をするヒトマ。バットを持つ手は震えている。再び顔を覗かせ確認する。
美しくも禍々しい雰囲気で横たわるレイ。
ヒトマ「……綺麗だ。じゃなくて、ゾンビ化はっ!?」
微動だにしないレイ。ヒトマはゆっくりと近づき、レイをバットで突く。
ヒトマ「死んでる、のか?」
よく見ると、血まみれの身体に傷は一つもない。
ヒトマ「……人間だ」
レイの手に何か握られていることに気づくヒトマ。それを恐る恐る手に取る。
ヒトマ「なんだこれ……?」
ヒトマはその球をポケットに入れ、再びレイを見る。
瞬間、レイの目が開き、体が起き上がってヒトマの首を掴む。
ヒトマ「ぐぇっ」
釘バッドを落とし、レイに押し倒される形になるヒトマ。
レイ「ふぅ……ふぅ……」
息を切らすレイ。ヒトマ の姿を捉え、何かに気づく。
レイ「? お前は……他と違うな。何者だ」
手の力を緩めるレイ。
ヒトマ「カハッ……はぁ……英語? くそ……なんなんだよ」
レイ「……言語が違うのか? 翻訳機能起動。解析」
レイの首元にある機械が光る。
ヒトマ「ぅわ、なに」
レイ「……日本語か。これで通じるだろうか」
ヒトマ「え? ああ、通じる! なんだ……日本語いけんじゃん」
深く溜息を吐くヒトマ。
ヒトマ「生存者に会うの何カ月ぶりだよ……」
レイ「……生存者? ということは、外の”奴ら”は生きてないのか?」
ヒトマ「……もしかして知らない? 奴らは、まあゾンビって呼ばれてる……未知のウイルスにやられちまった奴らだよ」
レイ「……ゾンビ」
ヒトマ「ああ、死んでるはずなのに、人肉を求めて彷徨う、まさに生ける屍」
レイ「普通の、生きた地球人は?」
ヒトマ「いないね。少なくとも、俺が確認できる範囲には全く人はいない。……てか、そろそろ放してくれないか」
ヒトマの上に跨り、首元を抑えたレイに言う。
レイ「……大体状況は掴めた。つまり、私は地球侵略のために偵察に来てみたら、既に地球は滅んでいた。と言うことだな」
レイはヒトマの首から手を放し、跨るのをやめて立ち上がる。
レイ「貴様ひとりを除いて」
ヒトマ「地球、なんだって?」
レイ「地球侵略だ」
ヒトマ「は!? ってことは、お前は……自分が宇宙人とでも言うのか?」
レイ「地球人風情が私を『お前』などと呼ぶな。……そう、私は惑星エーデアから来た誇り高き軍人だ」
ヒトマ「……こんなときに冗談はよしてくれよ」
ヒトマの堅い笑顔。
ヒトマ「それより、俺は生田人間(ヒトマ)。お前は?」
レイ「冗談? 私は冗談は言わない」
ヒトマ「……地球人様の名前に興味はないってか。へえへえ分かったよ電波少女」
レイ「信じられないか……無理もない。地球の科学力は我々に遠く及ばないからな。証拠を見せてやろう」
自分の体を何か探すように弄るレイ。そして、辺りを見渡す。
レイ「……あれ? ない」
急に焦りだすレイ。
レイ「えっ? 確かにここにあったのに……」
ヒトマ「もしかして、探してるものって……これ?」
ポケットから先程取り上げた球を取り出す。
レイ「っ!? なぜ貴様がそれを持っている!?」
ヒトマ「え! あ、いや、無防備だったからつい」
レイ「……盗賊の発想だな。ほら、早く返せ」
ヒトマに近づくレイ。ふと詩乃の顔を思い出す。
無意識のうちにレイを避けるヒトマ。
レイ「……何のつもりだ?」
ヒトマ「な、なんだろ?」
レイ「ふざけるな地球人! お前ごときが持っていい代物じゃない」
力ずくで奪い取ろうとするレイ。それを軽く避けるヒトマ。
5分後。
未だに球を奪えない、疲れた顔のレイ。余裕の表情のヒトマ。
ヒトマ「……お前、貧弱?」
レイ「う、うるさい! お前って言うな貴様!」
ヒトマ「と、とにかくこれは、渡さない」
ヒトマの眼光が鋭く光る。
レイ「私は今、調子が悪い。ゆえに、身体的実力差があることは認めてやろう。では、取引でもしないか、地球人」
ヒトマ「取引?」
レイ「そう、ゾンビパンデミック(こんな状況)だ。望むことの一つや二つあるだろう? 地球より遥かに進んだ我々エーデアの技術を用いて、お前の望みを一つ叶える。そうしたら、その球を返せ」
ヒトマ「……何でも?」
レイ「そうだ。地球人の望むこと程度なら、私に叶えられないことなどないと思うぞ?」
ヒトマ「でも……今のままでも満足っていうか……」
レイ「このままこの生活を続けても、野垂れ死ぬだけではないか?」
ヒトマ「それはそれでいいと思ってる。そもそも俺は生きる資格もない、死にぞこないだから」
レイ「?」
ポケットの中の写真に触るヒトマ。
ヒトマ「……そうだな、できることなら、死ぬまでにもう一度、詩乃に会いたい」
レイ「それは誰だ」
ヒトマ「彼女」
ポケットから詩乃の写真を取り出し、レイに見せるヒトマ。
レイ「……そいつは生きているのか?」
ヒトマ「分からない。信じたくないけど、ゾンビ化してるか死んでるか……」
レイ「いいだろう。実験が上手く行けば、なんとかしてやれるかもしれん」
ヒトマ「実験?」
レイ「そうだ。まず――」
突如、バックヤードの奥からガシャンと物音が聞こえる。
二人ともそれに反応する。
ヒトマ「……そういやお前、どこから入ってきた?」
レイ「記憶にないが、私が入ってこれたということは……」
ヒトマ「奴らか……」
人一人通れる大きさの穴から、次々とゾンビが入ってくる。
*
レイ「貴様、戦えるのか?」
ヒトマ「……戦いはできるだけ避けてきた。お前は……期待できないな」
レイ「見くびるな、私は軍人だぞ?」
ヒトマ「わ、笑える冗談だ」
釘バッドを手に取るヒトマ。レイも臨戦態勢を取る。
レイ「地球では真実を言うことが冗談なのか?」
瞬間、複数のゾンビが二人に襲い掛かってくる。
手が震えるヒトマ。
レイは近くにあった鉄パイプを手に取り応戦。ゾンビの頭などを狙い次々殴りつけるが、なかなか倒すことができない。
ヒトマも自分の身は守るものの、なかなか攻めに転じない。
レイ「おい……! なっにし、てる! 倒せ!」
ヒトマ「……っ! くそ……! お前だって!」
一体、腰から体が二体に裂けた異形のゾンビが現れる。
ヒトマ「なんだこいつ!? こんなの今まで……」
異形ゾンビは釘バッドを払いのけ、ヒトマに迫る。無防備になったヒトマは尻餅をついて、涙目になりながら後ずさる。
ヒトマ(ああ、くそ……ここで死ぬのか俺……)
レイ「おい! 地球人! うわッ!」
ゾンビに倒されるレイ。
ヒトマ(いや、お似合いの最期じゃないか。俺なんか何にもできないくせに運だけで生き残っちまった、”生ける屍”なんだから)
目を瞑るヒトマ。詩乃の笑顔がフラッシュバックする。
詩乃「ヒトマ、また明日ね」
ヒトマ(ごめんな、詩乃……約束守れなくて)
ヒトマの視界の端で、力尽きたレイがゾンビに噛まれていく姿が見える。
レイ「ぅぐ……! 痛いっ……! うッ……ぐわぁ……!」
ヒトマ「……死にたくねえ」
異形ゾンビが、ヒトマに嚙みつこうとしたとき、突如動きを止めた。
ヒトマ「……?」
異形ゾンビの腹部から血が噴き出し、ヒトマの体が濡れる。倒れたゾンビの後ろには、レイの姿があった。
ヒトマ「……お前」
レイの体は肥大化しており、ゾンビに噛まれたであろう箇所が大きく変質していた。手足に武器にもなり得る突起が備わっており、見るからに強そうである。しかし、出血が止まらず、血まみれである。
レイ「う……痛……くない? うはあ……気持ちい」
紅く火照った頬。真っ赤に染まった四肢を振り回し、レイはゾンビたちを次々となぎ倒す。
レイの血とゾンビの血で辺りは真っ赤に染まる。
レイ「あはははは! うらぁ! 死ね! 死ね! はっはぁ!」
派手に暴れるレイを見て、ヒトマはただただ困惑している。
ヒトマ(なんだ? ゾンビ化したのか? いや……それとは何か違う……?)
遂にゾンビを一掃し、高笑いするレイ。
直後、レイの体がみるみる元の状態に戻り、同時にレイは意識を失って倒れた。体には傷一つ残っておらず、ヒトマがレイを初めて見たときの状態に戻った。
ヒトマ(一体こいつは何者なんだ……!?)
*
ゾンビの侵入口が新たなバリケードでふさがれている。
場所は移動し、デパートの大窓があるエリアに二人はいた。
ソファベンチにレイが寝転んでいる。
レイ「……うぅん」
目覚めるレイ。
ヒトマ「……起きたか」
レイ「ッ!? 奴らは!?」
ヒトマ「やっぱり記憶なしか。ハルクみたいに大変身したお前が全部なぎ倒してくれたよ」
レイ「……なんだそれは。地球人の冗談は変わっているな」
ヒトマ「冗談じゃねえ。本当だ。……お前が宇宙人ってこと、信じてやるからこっちも信じろ」
レイ「ふむ。いいだろう。詳しく聞かせろ」
レイに自分が見たことを話すヒトマ。
レイ「……つまり、私は地球外生物だからゾンビに噛まれると特異なことが起きると言いたいわけか」
ヒトマ「そうとしか考えられないだろ! 初めてだ、あんなの」
レイ「言われてみれば、私がここに降り立った直後も奴らに襲われたはずだが、無傷で貴様の前に現れたことを考えるとつじつまが合うな」
ヒトマ「……すごい! すごいぜ! お前がいればゾンビなんか怖くない!」
レイ「貴様、私を用心棒にでもするつもりか?」
ヒトマ「用心棒だなんて人聞きの悪い! 取引の件だ! これで詩乃の元に会いに行けるだろ?」
レイ「大体、あんな化け物たちが蔓延ってる中で何日も生き抜いたお前に用心棒など……待て、その詩乃とやらは近くにいるわけではないのか?」
ヒトマ「ん、ああ。ここから、車で五分くらいのところに住んでる」
レイ「奴らがうろついてる街を行く気だったのか貴様」
ヒトマ「あのときは本当に叶えられると思ってなかったから、現実味のない願いを言ってみただけだ」
レイ「愚かだな、地球人は……」
ヒトマ「……でもさ! お前のその強さがあれば! 会いに行くのも夢じゃないんじゃないか!?」
レイ「……不確定要素も多いが、まあ、幾分か可能性は上がっただろうな。ただ、まだ問題がある」
ヒトマ「問題?」
レイ「実験がまだだ」
ヒトマ「そうだ。その実験ってのは、一体何なんだ?」
レイ「ああ、ちょっとそれ、渡してくれ」
ヒトマのポケットを指さすレイ。
ヒトマ「ああ、これね」
ポケットから球を取り出すヒトマ。
ヒトマ「って! あっさり取引道具を渡すわけないだろ!」
レイ「チッ」
ヒトマ「舌打ち!?」
レイ「まあ、私の見えるところに掲げてくれればいい」
レイが球に手をかざし、地球外言語を話す。
すると、球が光り、ガンツの転送シーンのように二人の前に注射状の薬品のようなものが現れる。
ヒトマ「え? どっから出てきた!?」
レイ「……地球の科学力って……。これは(表記不可)という薬だ」
ヒトマ「ん?」
レイ「(表記不可)」
ヒトマ「なんてった?」
レイ「ああ、翻訳機能が対応してないのか。軍事秘密レベルの薬品だからな」
ヒトマ「軍事秘密……」
レイ「万能薬ってやつだよ。これを病人や怪我人に打てば大抵治る」
ヒトマ「すっげぇ……これ、地球人にも効くのか?」
レイ「さあな、試してみるしかない。……この薬はこのままでは未完成でな」
ガタ、と物音がする。そこには、這いつくばったゾンビが一体いた。
ヒトマ「!? 生き残り!?」
レイ「丁度いい、実験の時間だ」
言うとレイはおもむろにヒトマの腕に注射を打ち込んだ。
ヒトマ「痛っ……! なんで」
レイ「完成には同じ種族の血が必要なんだ」
ヒトマ「血……?」
注射をヒトマから引き抜き、それを振って中身を混ぜながらゾンビに近づくレイ。
ゾンビに両脚はなく、動くことがままならない。
ヒトマ「さあ、モルモット。生き返れ」
注射を今にもレイに噛みつきそうなゾンビの首に突き刺す。
途端、ゾンビの動きが止まった。
ヒトマ「……」
みるみるうちにゾンビの特徴が消えていく。ゾンビだった男は、両脚こそ欠損したままなものの、無事人間に戻ることができた。
男「あ、あぅ……あ?」
ヒトマ「! よかった! 生き返った!」
レイは男の脈を確認する。
レイ「よし、実験成功だ」
男「え? え? どういう……」
刹那、レイは男の首を近くの落ちていたガラス片で掻っ切った。
男はひゅうひゅうと音を出しながら血を噴き出し絶命した。
ヒトマ「……は?」
レイ「さて、薬の実用性は証明できたな」
ヒトマ「な、何やってるんだよ……?」
レイ「何って、実験が終わったからモルモットを処分しただけだ」
ヒトマ「ひ、人を……殺しちゃダメだろ」
レイ「地球人側が一人増えたら取引に支障をきたしかねないし、両脚を失くしていたから荷物になるだろう。私はリスクを避けただけだ」
ヒトマ(は? 何言ってるんだこいつは。正気か? いや、正気なのか。こいつから見たら地球人なんてそんな存在なのかもしれない。実験動物として軽く殺せるくらいの……)
ふらふらと歩くヒトマ。
レイ「どうかしたか?」
ヒトマ「あ、ああ……ちょっとだけ、休憩してくる」
男子トイレ個室内。
ヒトマ(……なんていう奴と取引をしてしまったんだ俺は! 倫理観がまるで違いすぎる……いや、俺は異星の地の異星人を殺すことになったら罪悪感を感じるか? 抵抗感があるか? どうだろう……? そういえばあいつ軍人……)
ヒトマ「はあ……」
ふらりとトイレの個室を出て、歩き始めるヒトマ。
ふと、詩乃との会話を思い出す。学校の人がまばらな夕方の教室。
詩乃「ねえヒトマ。もし私がすご~い極悪人に連れ去られちゃったらどうする?」
ヒトマ「え? なんだよ急に」
詩乃「宇宙人に連れ去られちゃったとか、ゾンビに襲われそうー! とかでもいいよ」
詩乃は楽しそうに笑う。
ヒトマ「突飛すぎでしょ」
詩乃「いいから! もしもそんなシチュエーションになったら、ヒトマは私を助けてくれる?」
ヒトマ「……分かんないな、そん時になってみないと」
詩乃「そこは嘘でも『助ける』でしょーが!」
詩乃は無邪気に笑ってヒトマの鼻を突く。
ヒトマ「痛ッ助ける! 助けるって!」
ヒトマもつられて笑う。
詩乃「さすが、私の彼氏」
詩乃が真面目な微笑みを見せる。
回想終わり。
ヒトマ(そうだ、俺、詩乃の恋人じゃん……)
拳を握りしめるヒトマ。
ヒトマ(こんなチャンス、逃す手はない。どうせあいつの取引に乗らなかったら死ぬのを待つだけだ。危ない船だってなんだって、希望があるなら……詩乃ともう一度会えるなら)
ヒトマ「……乗ってやる」
ヒトマは速足でレイの元に戻る。
レイは自分の首元に付いてる機械を弄っている。
レイ「くそ、やっぱりダメか……。 ん、戻ったか。一体どうしたんだ」
ヒトマ「……なんでもない。それより、お前との取引、乗ってやる」
レイ「そうか。とっくに乗っていたものだと思っていたよ」
ヒトマ「よろしく、えっと」
握手を求めるヒトマ。
レイ「レイ、だ」
ヒトマ「レイ」
ヒトマの差し伸べられた手を見るレイ。
レイ「何の真似だ」
ヒトマ「え、あー、地球では約束事をするとき、握手をするんだ」
レイ「そうなのか。郷に入ったからには、郷に従ってやろう。仕方ない」
二人は強く握手をした。
レイ「取引成立だ、ヒトマ」
*
ヒトマ「そういえば、レイは軍人なんだろ? それにしては武器もないし身体能力も……」
レイ「うるさい。武器はここに来る途中に失くしたみたいだ。奴らとの交戦で落としたのだろう」
ヒトマ「……意外と間抜け?」
レイ「黙れ。その武器があれば貴様など一瞬で塵だ」
そう言ったレイは目を伏せ、過去を思い出す。
回想。惑星エーデア、軍事施設長官室。
長官「次回の地球侵略作戦の単独偵察はお前に任せる」
レイ「……!」
長官「返事が遅いな」
レイ「申し訳ありません。光栄で言葉が出ませんでした」
長官「お前にとっての初任務だろう? 期待している」
レイ「ありがとうございます。その期待に応えられるよう、全身全霊で任務に当たります」
*
数日後、軍事施設休憩室。
レイは部屋に入る直前で中に人がいることに気づく。
軍人1「今回の単独偵察任務はレイだってよ」
軍人2「おお、あいつか。適任じゃないか」
部屋に入らず聞き耳を立てるレイ。
軍人1「適任? ってことは……」
軍人2「ああ。今年の成績最下位はあいつらしい」
軍人1「レイが今回のモルモットってわけか」
軍人2「そういうことだ。まあ本人は何にも知らないんだけどな」
軍人1「何もできない無能にお似合いだな」
二人は笑った。
レイは歯を食いしばり、拳を握りしめて、ただただ震えていた。
回想終わり。
ヒトマ「レイ?」
レイ「……なんだ」
ヒトマ「大丈夫か?」
レイ「……ああ」
ヒトマ「そ、そうか」
レイ「さて、それじゃあ詩乃、と言ったか。そいつの元に行くしよう。移動手段は何かあるのか?」
ヒトマ「うん、まあ、ないことも、ない」
レイ「なんだ、歯切れの悪い」
ヒトマ「親父の車のキーは持ってるんだけど、肝心の車が、立体駐車場なんだ」
レイ「……その立体駐車場っていうのは、どこにある?」
ヒトマ「ここの真隣だから近いんだけど、その、そこは奴らに占拠されてるんだ。何十、下手したら何百体っているかもしれない」
レイ「……なるほど。詩乃の元まで車で五分と言っていたが、徒歩になると何分かかる」
ヒトマ「多分、四十分くらい」
レイ「全然違うな……」
ヒトマ「でも、ゾンビだらけの街を車でまともに走れるか分からないし」
レイ「だが、身を守る鎧にもなり得る。まともに戦えるのは私だけだ。その間、貴様は車で待機していればいい」
ヒトマ「それは、ありがたいな」
立体駐車場連絡通路。鍵付きの扉の前に二人。ヒトマは釘バットを持っている。
ヒトマ「ここを開けたら駐車場だ。開いたら一気に襲われると思っておいてくれ」
レイ「任せておけ」
ヒトマ「……大丈夫なのか? まだ能力を使いこなせてるとは思えないけど」
レイ「聞こえなかったか? 任せておけ」
ヒトマ「じゃあ、信じるぞ」
ヒトマはドアノブに手を掛ける。
開くと、広い立体駐車場が広がっており、たくさんの車と、ゾンビの大群がいる。
ヒトマ「くっせぇ!」
レイ「言ってる場合か! 私が奴らをなぎ倒す! お前は車を探せ!」
二人は走り出す。
レイはゾンビの大群に突撃し、ヒトマは身を隠しながら進める道を探す。
ヒトマ(奴らの間を縫って……)
ヒトマ「なんだあいつ?」
駐車場の奥に、明らかに巨大でどっしりとしたゾンビらしきものがいる。
脚はなく、移動はできないようだった。
レイ「あれでは動けまい! ただのデクの坊だ! 無視!」
ヒトマ「わかったッ」
ゾンビの大群に押し潰されるレイ。
レイ「来い! 来い来い来いごぃ、うぐぅう」
静まり返ったゾンビの山。
突如、ゾンビが吹き飛び、中から変身したレイが飛び出す。
レイ「おらぁぁぁああ!!」
ゾンビを次々なぎ倒し、暴れるレイ。
ヒトマ「レイ! レイ! 俺の導線をくれ!」
その声はレイに聞こえていない。
レイ「私が最強~~~~!!!」
血に塗れたレイは狂気じみた顔でゾンビたちを引き裂き続ける。
ヒトマ「レイッ!!」
レイ「ぅえ? ああああそうだったなァ!?」
突如、レイの両手両足がゾンビたちに組み付かれる。
それはこれまでの乱雑な攻撃ではなく、明らかに連携している動きだった。
レイ「!? なんだこいつら」
ヒトマの方も、ゾンビたちが明らかにフォーメーションを組んでヒトマの導線を塞いでいく。仕方なく近くの扉が開きっぱなしの車に逃げ込むヒトマ。
ヒトマ「いままでそんな知能なかったろ……ッ!」
ヒトマが目を凝らすと、ゾンビたち各々に管のようなものが付いており、それは一点に集中して伸びているようだった。
ヒトマ「……なんだ?」
その線を目で辿ると、その先には先程の大きなゾンビがいた。
ヒトマ「ま、さか……な」
ヒトマ(いや、あり得るか……? 初めてゾンビが発生して三か月……ウイルス感染……突然変異(ミュータント)ゾンビ。それに、さっきの……)
腰から二体に裂けた異形ゾンビを思い出すヒトマ。
ヒトマが隠れていた車を無数のゾンビが取り囲み始め、それに気づいたレイが近づいて倒す。
レイ「おい! これではどうにもならんぞ!」
ヒトマ「……一か八かだ。レイ! もしかしたかこのゾンビ、突然変異体かもしれない! いや、厳密には……」
レイ「なんだ!?」
レイがゾンビを薙ぎ払いながら問う。
ヒトマ「さっき奥にいたデクの坊! あいつが全体の脳になって、ゾンビたちを操っているのかも! ほら、管があるだろ!?」
レイ「ほお? 小賢しいな」
ヒトマ「あの親玉を倒せれば……!」
レイ「だが、守りが固い」
ヒトマ「どうすれば……」
地面に張り巡らされている管を眺めるヒトマ。
ヒトマ「……『帝国の逆襲』って古い映画思い出したんだけど」
レイ「なんだこんなときに」
ヒトマ「レイじゃないけど、宇宙人が登場するんだ」
レイ「与太話に付き合ってる余裕はないぞ!」
ヒトマ「ああ、すまん。でも、あの大量の管見てたらさ……分かるだろ?」
大量の管を眺めるレイ。
レイ「……ああ、なるほどな」
二人はアイコンタクトを取り、動き始める。
ヒトマ「ゾンビってのは足が遅い!」
二人はゾンビを無理に倒すことなく、指示を出し合いながら動き回る。
レイ「そこを右だ!」
ヒトマ「そっち! 跨いで!」
時間経過。
急に体が元に戻るレイ。
レイ「!?」
ヒトマ「どうした!?」
レイ「体が……!」
ヒトマ「なんでこんな時に……!」
レイ「まあいい! 今は走り回っていれば! ……ほら!」
管と管が絡まり、動けなくなるゾンビたち。
レイ「一丁上がりだ」
二人歩いて親玉の元へ向かう。
ヒトマ「こいつを倒せば終わりか」
レイ「だな。厄介なやつだった」
瞬間、後ろからゾンビに襲われるヒトマ。
ヒトマ「っ!?」
ヒトマを庇い、ゾンビに噛まれるレイ。
レイ「うぐ……野良のゾンビが残ってたようだな」
ヒトマ「あ、ありがとう」
レイ「勘違いするな」
みるみる内に変身するレイ。
レイ「このデクの坊はこの体の方が殺りやすそうだからな」
肩に噛みついたゾンビを潰し、親玉ゾンビに突撃するレイ。頭部を真っ二つに切断し、血が噴き出る。
その頭部から、人間が出てきた。
(9988文字)