「UNDEAD×UNKNOWN」水村ヨクト│第3話「私のヒーロー」
第3話「私のヒーロー」
エンジン音と共に、タイヤが擦れる音がして車が勢いよく発進する。
みるみるうちに車はスピードを上げる。
ヒトマ・レイ「うおおああ!」
鈍い音が響く。
ゾンビたちが車体に当たってはじけ飛んでいく。
ヒトマ「はッはははは!!」
レイ「うははは!!」
ヒトマ「か、感触きめぇえええ~~~!!」
レイ「最高~~~!!」
車は血の海を勢いよく滑っていった。
時間経過。
車を停めるヒトマ。
ヒトマ「着いた」
車を降りる二人。そのとき、死角から突然ゾンビがヒトマに襲い掛かる。
ヒトマ「ぅわッ」
ヒトマは咄嗟に釘バットでそのゾンビを殴ると、体勢を崩したので、連続で頭を潰す。
そして、そこで初めて服装を見るヒトマ。
レイ「どうした?」
ヒトマ「……うちの高校の制服だ」
レイ「高校?」
酷く取り乱し始めるヒトマ。
ヒトマ「……なッなんかさ、もしかしたら、友達だったかもしれないなぁああって」
泣きそうなヒトマ。
ヒトマ「山本ってこんな背丈じゃなかったっけ。武田は、この辺りに住んでたよな……。水野は? 木下は? あ、ああ、ああああ、そうださっき轢いたのも、知ってるやつだったかもッ!? ぅぅ」
レイ「おい! 落ち着けヒトマ!」
ヒトマ「……はあ……はあ……ぅえッ……」
レイ「……詩乃を、助けるんだろ?」
ヒトマ「……! そうだ、そうだよ……行かないとダメだ……」
レイはヒトマの尻を蹴る。
レイ「今、お前が壊れたら何もかもおしまいだ」
ヒトマの表情が引き締まる。
綺麗で平凡な一軒家。花壇や植え込みの植物が伸び放題。
レイ「中に、いるんだな?」
ヒトマ「……うん。“今日は”家で宿題を終わらせるって言ってたんだ」
ポケットから詩乃の写真を取り出すヒトマ。
ヒトマ「詩乃にとっては、あのときの“今日”のままなんだ。あの日から、意識も、何もかも失って、ただただ家の中を彷徨ってるだけ……かもしれない」
レイ「……」
ヒトマ「助け出さないと……早く」
玄関扉にドアノブに手を掛けると、鍵が掛かっていなかった。
二人は顔を見合わせ、中に入る。
玄関には血だまりがあり、階段に向かって血がのびている。
一階のリビングを覗くと、辺りは血まみれで、詩乃の両親の死体がゾンビ化した後に姿で転がっていた。
ヒトマ「……? ゾンビ同士が殺し合うことなんてないはず……」
レイ「まだ貴様以外に生存者がいたときに殺されたのだろう」
ヒトマは納得のいかない顔で足を進める。
途中、キッチンで包丁を手に取るヒトマ。
ヒトマ「詩乃の部屋は二階だ」
進むと、血痕が階段を上がっており、二人はそれに沿って歩く。
階段を上り切ると、突然ゴキャッという音が聞こえた。
ヒトマ・レイ「!?」
二人は音を立てずに音の方へ向かう。
詩乃の部屋を覗くと、詩乃はゾンビには見えないくらい綺麗な体をしているのが見えた。
しかし、目は虚ろで明らかにゾンビの挙動をしている。
手元は血に汚れ、足元にはゾンビの死体が転がっている。
ヒトマ「今……死んだのか?」
レイ「ゾンビ同士で殺し合わないというのは確かか」
ヒトマ「お、俺が見てきた限りでは」
レイ「じゃあ、この状況は……」
声に気づいたのか、詩乃がこちらを向く。
ヒトマ「やべ」
レイ「でも今なら他のゾンビもいないし、チャンスだぞ」
包丁と釘バットを部屋の隅に置き、注射を手に取るヒトマ。
ヒトマ「……注射は、この一本限りなんだな?」
レイ「ああ」
詩乃が襲い掛かってくる。
レイはそれを脚と体で上手いこといなす。
ヒトマ(……できるか? 俺……!)
レイ「早く準備をしろ!」
手が震えるヒトマ。
ヒトマ(あああくっそ、こんッなときに……!)
鼓動がどんどん早くなる。
ヒトマ(落ち着け! 落ち着け! 落ち……つ、け)
詩乃との思い出が不意に甦る。
詩乃「落ち着いて!」
遊園地のお化け屋敷の中に、詩乃とヒトマ。
ヒトマ「あッあああ、おちつちぃッ、落ち着いてッるよ……!」
詩乃「作り物だから! ね?」
ヒトマの怯えようを見て、詩乃は笑う。
ヒトマ(きっと詩乃も怖かったはずだ)
詩乃「ほら、行くよ」
歩き出そうとする二人。
突如、壁からゾンビの恰好をした男が飛び出してくる。
ゾンビ役「うおおああ!」
ヒトマ「うゎ」
詩乃「きゃああ!」
二人とも尻餅をついた。
ヒトマは明らかに気が動転していて、それでも詩乃の前に立つ。
ヒトマ「ししし詩乃ッは、俺が……! 守るから!」
ゾンビ役はそれ以上近づいてこない。
ヒトマは必死に両手を広げて、詩乃の前に立つ。
詩乃は、それが可笑しくて吹き出した。
お化け屋敷から出て、遊園地のベンチに座りジュースを飲む二人。
ヒトマ「ご、ごめん、俺、不甲斐なくて」
詩乃「あ~面白かった!」
意地悪な笑みを浮かべる詩乃。
ヒトマ「ひっでぇ、人が必死に」
詩乃「でも、かっこよかった」
ヒトマは顔を赤くして黙りこくる。
詩乃「ヒーローみたいだったよ」
ヒトマ「……ヒーロー」
詩乃「そう。ヒトマは、私のヒーロー」
儚い笑顔に、見惚れるヒトマ。
回想終わり。
ヒトマ「ヒーロー……」
レイ「え?」
ヒトマ「そうだよ、俺は詩乃のヒーローじゃなきゃいけないんだ」
*
ヒトマの手の震えが止まる。
手際よく自分の血を採り、薬に混ぜるヒトマ。
レイ「なんだかッよく分からんが! 任せたぞ」
詩乃をけん制しながらレイは言う。
ヒトマ「よし、できた!」
注射器を構えるヒトマ。
レイは詩乃に何度か噛みつかれ、血を流している。しかし、なぜかレイは変身しない。
レイ「!? ……? ??」
レイは釘バットを拾い、詩乃を翻弄して体勢を崩させる。
レイ「今だッ……!」
ヒトマは倒れた詩乃に跨り、頭を地面に押し付けて、注射器を二の腕に突き刺し、薬を注入する。
ヒトマ「よし! 頼む……!」
しばしの沈黙。
直後、詩乃が動きだし、物凄い力でヒトマを弾き飛ばす。
ヒトマは部屋の壁に背中を打ち付ける。
ヒトマ「カハッ……」
レイ「なんッ……!?」
ヒトマ「き、効いてない……? たしかに刺したよな!?」
レイ「ああ! 注入もされてる」
ゆっくりと立ちあがる詩乃。首元の髪がズレる。
そこには、気味の悪い、腫瘍に似たものが貼り付いていた。
ヒトマ「……なんだ?」
レイ「……検討も付かんが、私が噛まれても変身できなかったことが何か関係しているかもしれないな」
ヒトマ「もしかして、ゾンビ化、してないんじゃ」
レイは目を見開き、ヒトマの方を向く。
レイ「……! 駐車場にいた、デクの坊」
詩乃がレイに掴みかかる。レイはそれを避け、詩乃が倒れる。
レイ「あいつは、ゾンビが人間の脳を使ってゾンビを操っていた。……こいつは、“ゾンビが人を操っている状態”だとしてもおかしくない」
ヒトマ「そ、んな」
ゆらりと立ち上がる詩乃を見て、ヒトマは絶望した顔になる。
レイ「首元、見えただろう? 腫瘍のような膨らみがあった。恐らく、ゾンビウイルスそれ自体はそこにだけ根を張り脊髄を支配しているのかもしれん」
ヒトマ「だったら……ッ」
詩乃が今度はヒトマに掴みかかる。レイがそれを突進で制す。
ヒトマ「だったら、詩乃は生きているのか!?」
レイ「かもしれない。なんなら、意識もあるかもしれないな」
ヒトマ「……!」
レイ「ゾンビに視覚も聴覚も利用されている場合、詩乃の意識は……今まさにこの光景を見ているかもしれん」
ヒトマ「く……そッたれ」
レイ「しかも」
立ち上がって襲い来る詩乃に噛まれるレイ。
レイ「痛ッ……! ……しかも、こいつの体は生きた人間のままだから、他のゾンビに襲われ続けているんじゃないか?」
詩乃が倒したと思われるゾンビ死体に目を遣るヒトマ。
一階にあった詩乃の両親のゾンビ死体がフラッシュバックする。
ヒトマ「……んなことが、あっていいのか」
レイ「だから、早く解放してやらないと……」
ヒトマ「俺が、やるしかねえってか」
レイが自分に噛みつく詩乃を引き剥がす。
包丁を再び手に持ち、詩乃の目の前に立つヒトマ。
ヒトマ「……やってやるよ。詩乃、今お前を、俺が助けてやる」
襲い来る詩乃。
ヒトマは見極め、避ける。詩乃の首元の膨らみを目に捉える。
ヒトマ(見えた)
ヒトマ「もう1か――」
ヒトマが振り返ると、詩乃はボロボロと涙を流していた。
ヒトマ「……しッ詩乃?」
レイ「ヒトマッ!」
詩乃は反応の遅れたヒトマに組み付く。
ヒトマ「ぅぐッ」
尻餅をつくヒトマ。ギリギリで詩乃の攻撃は受け止める。しかし、じりじりと詩乃の口がヒトマの顔に近づいてくる。
ヒトマ「……なんッだ、この力」
人間離れした力で、ヒトマに迫る詩乃。
レイは口で詩乃の服に噛みつき、背中から引っ張り上げる。しかし、ほとんど意味をなしていない。
詩乃の涙がヒトマの顔に滴る。
瞬間、がくんと二人の体勢が崩れる。レイも転ぶ。
レイ「ッ……だ、大丈夫か……」
レイが二人を見ると、ヒトマと詩乃は重なり合って倒れていた。
二人は、唇を重ねていた。二人は目を閉じている。
ヒトマは右手を詩乃の首に回して、抱き合う形のまま、持っていた包丁で首元の膨らみを突き刺した状態だった。
ゆっくりと目を開ける詩乃とヒトマ。二人は見つめ合う。ヒトマは不安そうな顔をしており、詩乃は泣き腫らした目で微笑んでいる。
詩乃「やっぱり、私のヒーロー」
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