桃犬猿岸一揆計画
ピンポーン。ずいぶん遅い時間に誰だろう。
「はーい」
「桃川運送です」
いつもうちに配達に来てくれている桃ちゃんだ。桃川運送の桃川さん。先代のときから、うちの親もお世話になっていた。もし子どもがいたら娘くらいの年齢なので、桃ちゃんと勝手に呼んでいる。
「いつもありがとう! どうぞー」
インターフォン越しに言って、マンションのオートロックを解除する。最近何頼んだっけな、こんな遅くまで大変だ、なんて考えながら待っていると、部屋のインターフォンが鳴る。ドアを開けると、そこにはずぶ濡れの桃ちゃんが立っていた。
「桃ちゃんどうしたの! ずぶ濡れじゃない」
桃ちゃんの顔は暗い。そして、バッと頭を下げて言った。
「すみません、洗井さん。ここに置いてください!」
何を言っているのかわからない。そういえば、よく見るといつもの制服を着ていない。
「桃ちゃん、どうしたの? ここに置いてほしいって、どういうこと?」
話はこうだった。業務委託契約を結んでいた小倉急便が経営難に陥り、業務委託を打ち切られたという。小倉急便は小倉急便で、大手のアイランドマーケットから契約を打ち切られ、窮地に陥ったのだそうだ。個人事業主の桃ちゃんは、児童養護施設から引き取ってくれた先代夫婦から引き継いできたが、家賃も払えなくなり途方に暮れ、助けを求めにうちに来たという。
「とりあえず上がりなさい。今日、仕事は?」
「もう荷物はすべて届けました」
「ごはんは食べた?」
尋ねると、返事の代わりに桃ちゃんのおなかからぐ~っと音が鳴った。
「夜の残りだけどよかったら食べてね。あ、まず着替えて」
「すみません、いただきます。突然すみません、本当にありがとうございます」
私の服を引っ張りだして着替えさせ、渡したタオルで全身を拭かせた。夜食をとりながら、桃ちゃんが話してくれた。桃川運送を畳もうと思っていると。あいさつ周りをしに行くつもりだと。
「まだしてないのね?」
「はい」
「とりあえず、ずっと働きっぱなしで大変だったでしょう。明日仕事は?」
「ありません」
「じゃあうちでゆっくり」
「いえ、犬井さん、猿渡さん、岸さんのところにごあいさつに行こうと」
桃ちゃんが挙げたのは、同じ個人運送ドライバー仲間の面々だ。いずれもお世話になっているので、もうすっかり顔馴染みで名前も覚えている。
「みなさんも打ち切り?」
「ええ、電話で話しました。小倉さんがこんなことになって。小倉さんも被害者だって、わかってるんですけど」
「桃ちゃん、ベッドで休みながらもう少し話さない?」
翌朝。昨夜話したことを実行すべく、桃ちゃんはドライバー仲間に連絡を取った。早速うちにお馴染みの面々が集まった。
「犬井さん、猿渡さん、岸さん、おはようございます! 急にお呼び立てしてすみません、さあ中へ」
「こちらこそ朝早くに場所をお貸しいただいて」
犬井さんが恭しく言う。
「そんな他人行儀なこと言わないでください。いつもお世話になっているんですから」
「こちらこそお世話になりました。いつもみんなに頼んでくれて、私たちは助かっていました。配達してやっと賃金がいただけますから」
そう話すのは猿渡さん。
「洗井さんが、指定配達もせずに必ず受け取ってくれて、本当にありがたかったです」
岸さんまで、過去形。終わっていない。この話をしなくてはならない。
「私はみなさんのおかげで、家で働けていますからね。少しでも負担を減らしたい、荷物をお願いすることでみなさんとまたお会いしたい一心で」
働くことで生きていける。でも、過労で倒れた先代の桃川さんのことを、幼いながらに知っていた。私はもう、第二の桃川さんを生みたくない。
桃ちゃんが、みんなに説明する。
「みなさんにお集まりいただいたのは、他でもない、小倉急便、アイランドマーケットの件です」
そう言うなり、どこからかきゅるきゅるきゅるっと音がする。猿渡さんが顔を赤くする。
「すみません、朝から何も食べてなくて」
「まあまあ。昨日の残りで悪いけれど、すぐ朝ごはん用意しますね」
そう言って、桃ちゃんに夜食、朝食で出したのと同じ、お団子を出す。
「冷凍ごはんってどうしても味が落ちるでしょう? だから、お団子にして、中にきんぴらや高菜なんかを入れるの。さあ、召し上がれ」
「洗井さんの、本当においしいの」
桃ちゃんたら、うれしいこと言ってくれるわね。
「いただきます」
ぱくり。少し大きめのお団子をみんなが頬張るのを見守る。
「おいしい! これきんぴらだ」
「私、高菜です。おいしい!」
「私のは甘い! かぼちゃですか?」
「そう、それはかぼちゃの煮物を入れたのよ」
食べながら、桃ちゃんを主導として作戦会議が始まった。
「これは、洗井さんの案をもとに昨夜二人で考えたんですが」
三人は目を瞠った。
「もちろん、みなさんは他にも取り引きがおありでしょうし、無理にとは言いません。うちは、小倉さんが頼みの綱でしたが、もう後がないので、ダメ元でやってみようと思っています」
静かに桃ちゃんを見つめ、耳を傾ける三人。
「小倉さんがもし廃業することになれば、他の運送会社にしわ寄せがいき、みなさんはもっと大変になる。誰も幸せにならない。私、桃川さんみたいにみなさんが苦しむの、もう嫌なんです」
桃ちゃんは話し終えると俯いた。しばらく沈黙が流れた。口火を切ったのは、犬井さんだった。
「やろう。俺は桃ちゃんと洗井さんに乗った」
「犬井さん、大丈夫ですか? 私、犬井さんを一番心配していて。だって、犬井さんは」
「だから、俺が乗らないと、みんな気遣って乗れないだろう? 桃ちゃんだって、俺が止めるの覚悟で、俺も呼んで話してくれたんだろう?」
犬井さんはお見通しだった。そう、私も桃ちゃんも懸念していた。犬井さんの親は、アイランドマーケットで役職付きの方だ。犬井さんも勤めていたが、理由は知らないがアイランドマーケットを辞めて独立したそうだ。その話は私たちみんな知っていた。
「親も前職も決して恨んでなんかいない。方向性の違いってやつさ。でもな、俺は、俺も仲間も、世話になった小倉さんもこんな目に遭って悔しいんだ。アイランドマーケットのみんながみんな悪いやつばかりじゃないってのも、働いてたから知ってるつもりだよ」
犬井さんは軽い口調で言うが、言葉には重みがあった。
「桃ちゃんと同意見だ。猿渡さんに岸さんは無理しなくて」
「なんだよ水くさいな、犬井さんが乗るなら問答無用で乗る」
「猿渡さん」
「私も。みんなで一矢報いましょうよ」
「岸さんも。みなさん、ありがとうございます……! では、さっそく計画書をお配りするので、お目通しください」
桃ちゃん、こんなのいつの間に作っていたのかしら。手書きで、桃川運送のチラシの裏に。眠れなかったのね、きっと。読み終わったみなさんの顔が上がる。力強くうなずく面々に、桃ちゃんは高らかに宣言する。
「それでは決行します」
🍑
白鉛筆さん、4周年おめでとうございます。素敵な企画をありがとうございます!
企画は知りながら、なかなか思いつかずあきらめていたんですが、タイムラインに桃がいっぱい流れてきていてもたってもいられず、本日22:44から1時間クオリティで突貫工事です。粗くて、しかも中途半端で滑り込んですみません💦
個人的にクリエイターめろしゃんが帰ってこられたのがうれしい!
ではでは。もし気が向いたら続きを書くかもしれません。気が向いたら。
一つ言いたいのは、アイランドマーケットが巨悪ではない。システム、構造、社会の問題。そこをちゃんと書くには間に合わなかった。
▼タグどっちかわからず両方で失礼します。