長月の俳句
長月(ながつき) 陰暦九月の異名
「夜長月」から来ている説があるんだそうです。
「梢の秋」いいなあ。
さて、「ながつき」で遊びます。今月は他の詩歌も詠めたらいいなと思っています。
陰暦だから太陽暦だと一ヶ月ほどずれてしまいます。どちらにあわせるべきなのか、今さらながらわからなくなりました。とりあえず今まで通りやってみようかと…。仕切り直したほうがいいのかしら。
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流れ星想い詰め込むその一瞬
季語 流れ星
流れ星は一度大学生のときに幽霊部員として入っていた天文サークル活動で観た。結構ガチなところに入ってしまったと後で気づき、最低限のノルマをこなして静かに去るのだった。
でも、兵庫の山奧で観たあの流れ星は今でも覚えている。
私が初めて満天の星空を見たのは、大分は久住でのことだった。プラネタリウムが好きだった私だが、プラネタリウムより綺麗な空だった。
そんな空を見ることももうないのだろうと思っていたが、兵庫の峰山高原(だったはず)の星空も美しかった。まだ視力が落ちるギリギリ前。今は裸眼ではだいぶ見えなくなったけど、当時は4等星でも見えていたように思う。
星空に目を奪われていると、星が流れた。流れ星を見られた喜びが胸を占め、それから幾筋も流れるのを見た。何度見ても一瞬。その一瞬に想いをぎゅっと詰め込んだ。叶うかどうかは問題じゃない。叶えたいとあの強く願った時間が、大切な思い出だ。
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画家の描く赤レンガ棟秋の昼
季語 秋の昼
先週末、私用で東京に行った。予定が流動的で迷惑をかけられないため、ほとんど誰にも告げずに向かった。いろんなことがあって、一刻も早く書きたいが、週末に書くとしよう。今日は仕事で失敗して落ち込みモードなので、切り替えて楽しかった気持ちで満たして綴りたいから。
そんな東京旅行の合間。ぽっかり空いた時間をどう過ごすか悩み、そうだ、警視庁に行こうと日比谷駅から日比谷公園を抜けて警視庁をめざした(東京の親友にも福岡の同僚にもマニアックすぎると言われた)。
すると、見出し画像の赤レンガ棟が見えた。
法務省旧本館だそうだ。
思いがけず素敵な建物に巡り会えてうれしかったのだが、ここでグッときたのは、カメラをかまえる男性とは別に、この写真を撮る私の少し後ろのほうで黙々と絵筆を画用紙のうえで走らせるご老人がいらしたことだった。水彩画のようだった。とっても素敵なのだ、それが。あんまり覗き込むのもよくないと、遠目で往復の間にちらと見た程度だが、素晴らしかった。
その日は連休の中日で、最終日と違って秋とは思えない暑さだった。しかし、柳の木の下で描くその彼のまわりだけは凛とした雰囲気が漂い、涼やかなさまだった。
皇居外苑、大通り、高層ビル、赤レンガ棟、運動する人、写真を撮る人、絵を描く人。あの場にいた私しか体験できない、あのなんとも言えない時間を過ごせたのは、とても幸運なことだった。
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九十九折車窓を染める紅葉色
季語 紅葉
こんな景色が見られたら幸せだろう。
両親が今日、有休で桃ソフトを食べに清川の道の駅(大分県)に行ったという。
うらやましくてしょうがない。とってもおいしいんだ。大分のソフトクリームだけで1記事書けるくらい好きなものたちがあるが、それはまたの機会に。
家族で暮らしていた頃、父がよくいろんなところに連れて行ってくれた。県内外さまざまに。ありがたいことだと今ならよくわかる。
そして、年賀状の家族写真を撮りに紅葉狩りに行くのが常だった(コスモス畑で撮ったこともあった)。銀杏の絨毯でうっとりする3歳くらいの私の写真が祖父母宅に飾られていた。秋はとにかく年賀状のために撮影旅なのだ。
父の運転する車の窓から覗く紅葉の美しいことと言ったら。私は幼い頃から自然が好きだったので、飽きもせず見入っていたのが懐かしい。
九十九折の山道を上り下り曲がりながら、ようやくたどり着いた頃にはちょっと疲れていて、無理やり笑顔を作っていたりもした。妹と喧嘩してむすっとした笑顔の年もあった。
秋の夜にこんなことを綴っていると、なんだか感傷的になってしまうね。
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金木犀の花猫の鼻に落つ
季語 金木犀
創作の句。金木犀の香りをたどると、古い一軒家に行き当たる。その家の縁側には、気持ちよさそうにごろんと寝そべっている猫がひとり。夕方は少し涼しくなったから、ほどよい気温のなか外で寝るのは気持ちがよいのだろう。その鼻に風で散った金木犀の花びらがぴとり。芳香と愛らしい姿を味わえた喜びを想像した句。
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番外編
通話ボタンを押す語らいの月夜
季語 月夜
いつもならテキストで帰るメールを妹に送る。でも、昨日の中秋の名月を見上げて、なんとも言えない感情が込み上げてきて、衝動的に通話ボタンを押した。「月見た?」「うん見たよ!」あの月を見たんだってうれしくなった。帰宅後、東京の親友から、お土産のお礼とともに月の写真が送られてきた。月を見ながらお菓子を食べておいしかったと言ってくれた。ここにもいた。遠く離れていても、月を愛で、語り合いたくなる。月が繋いだ語らいの時間で幸せに満たされる。夜が更けるまで、そんな時間は続いた。
余談だが、中秋の名月の日付を1日勘違いしていたのはここだけの話(某所の都々逸、俳句を読んでくださった方にはばれている)。
▼葉月の俳句
長月の詩歌
▼長月の短歌
後日更新できたらいいな。
▼長月の川柳
後日更新できたらいいな。