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紫煙

 1月の夜中、あまりの強風に恐怖し石廊崎での撮影を諦めた私は、伊東へ向けて海沿いの道を車で走っていた。

レンタカーの車内で喫煙するわけにもいかず、コンビニを見つけて駐車場に入り、灰皿がないのを確認すると大きく回って国道へ戻るという動作を繰り返していた。

 夜中の道路を走るのは私の車だけ。先行車も後続車もおらず、真っ暗でとても寂しい旅だった。

たまにすれ違う対向車が上向きのライトを下に向け、それを見て私もライトを下向きにする。

誰とも会わず孤独な旅をしている私には、この小さなコミュニケーションがとても嬉しかった。

しばらく坂道を登っていると『尾ヶ崎ウイング』という休憩所を見つけたため、「トイレだけでも」と思い駐車場に入り自動販売機の横に車を止めた。

車を降りて、階段を下ってトイレで用を足し、駐車場に戻ろうとすると階段の横に灰皿があるのに気が付いた。

 車の中からタバコとライター、小銭を取り出し、自動販売機で温かいココアを買い強風の中どうにかタバコに火を付けた。

ココアを喉に流し込み、煙を吸い込んでゆっくり吐き出す。この動作を交互に繰り返した。

白い煙は、タバコの煙なのか、吐いた息が白くなっているのか、その境目がわからなかった。それがおもしろくて、溜めた息を全て吐き出すように、長く息を吐き続けていた。

あまりの寒さにココアの缶を強く握り、ブルブルと震えながら眼下に落とされている2つの光を見ていた。

真っ暗な中で光の正体はわからない。漁船だと思うが、微動だにしない。そもそも船なのだろうか、そもそも海なのだろうか、それすらわからなかった。 

 車に戻りヒーターとカーラジオをつけ、シートに凭れた。

ラジオから流れてきたクラムボンの「シカゴ」という明るく陽気な曲を聴きながら、自動販売機の灯りに照らされて少し眠った。

夢のなかで「おかえりなさい」という声が聞こえた。

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爪木崎には行ったんですけどね。


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