見出し画像

【新入荷詩集】つまんない夜には、中上哲夫『エルヴィスが死んだ日の夜』を。

第34回高見順賞・第28回丸山豊記念現代詩賞を受賞した詩集、中上哲夫さんの『エルヴィスが死んだ日の夜』を入荷しましたので、お知らせいたします。

最高に楽しくてかっこいい詩集です! 何も考えずに、それこそ音楽を聴くように読んでもいいですし、立ち止まりつつ、深いことを考えながら読んでも面白いです。

許可を頂いておりますので、冒頭の散文詩「二十世紀最後の夏はこんな仕事をした」を全文掲載いたします。

「二十世紀最後の夏はこんな仕事をした」
中上哲夫

背中を朝陽に灼かれながら港町の長い坂をのぼっていくとき、わたしはいつもマサチューセッツ州ロウエルの夏の早朝に職場に向かう鉄道員のような気持ちがした(「アイルランド娘と結婚して、子どもをたくさんつくるのだ」)。サンドイッチと林檎の入ったバスケットと、大きなコーヒーポット。坂の五合目あたりで野球帽の鍔の位置をなおすと、頂上まで一気に駆け上がるのがつねだった。旧式の蒸気機関車のように。

丘の上には女学校の校舎がけもののようにひっそりうずくまっていて、わたしを待っていた。足取りも軽く、わたしは重い鉄の門をおしひらいて歓声もコーラスも興らない夏休みのキャンパスを歩いていった。草や木に(鳥がいれば鳥にも)声をかけながら。正面の扉をあけるときは、いつも緊張したものだ。得体の知れぬものが飛び出してくるような気がしたのだ。わたしは呪縛された数百の窓をひとつひとつあけて歩いた。校舎は新鮮な空気を肺いっぱい吸いこむと、古い空気の塊をぷっと吐き出した。そして、ぶるぶるっと身を震わせた。床に薄くつもった埃たちがマリンスノウのように舞い上がった。わたしは杖を持たない魔法使いだったのさ。床でねむりこけている虫たちを一匹一匹起こして歩くのは、実に楽しかった。驚いた虫たちは、あわてふためいてころんだりぶつかったりした。

朝、全部の窓をあけ放ってしまうと、わたしには夕方までもうすることがなかった。真夏の太陽のもと、わたしは影をひきつれてテニスコート脇のヒマラヤ杉に向かって芝生をゆっくり横切っていった。驚いて飛び出すばったたち。ヒマラヤ杉の木の下に横たわると、蟬時雨をあびながら流れる雲を追いかけたり遠くの塔をぼんやりながめたりした。それから、脚を組んで瞑想にふけったものだった(ある日は霊感の雨にぬれ、ある日は夢魔に追いかけられて兎穴に片足を突っ込んだ)。そうして、坂の上の女学校に夕暮れが訪れると、ギンズバーグの長い詩を暗誦しながらあけ放たれた窓をひとつひとつ閉めて歩いたのだった。放縦な虫と埃と空気にふたたび呪いをかけながら。

中上哲夫「二十世紀最後の夏はこんな仕事をした」
詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』より

実はこの詩は、詩集の最後から2番目に収められた詩「二十一世紀最初の冬はこんな仕事をした」と対になっていて、その点もとても面白いです。

他に私が好きなのは、「バーテンダーになりたかった」「現場監督見習いをしたことがある」「尾形亀之助はそうとうへんなひとだと思う」など。タイトルを読んだだけでも、ユニークで楽しいですよね。

でも詩集最後の詩「贈物として差し出された一日」には、私は毎度、きっちり泣かされてしまいます(笑)。この内容に対して、なぜこのタイトルをお付けになったのか、想像すると感動が止まりません…! 上記の引用の中に「わたしは杖を持たない魔法使いだったのさ。」という一文がありますが、中上さんは本当に、魔法のようなタイトルをお付けになると感じます。

この詩集は、なんだかつまらない夜にたいへんオススメの一冊です。

…が!、

当店で保管しているものは新品にもかかわらず(中上さん→当店へ直送)、カバーが少々(かなり?)日焼けしております。…これが、引っ越しの多かった中上さんのお暮しを物語っているようで、非常に趣深いです。『ジャズ・エイジ』(中上哲夫著)に収録の八木忠栄氏による「詩人論」(中上さんについての解説)を読むとこの汚れの価値がよくわかりますので、ぜひ併せてご購入ください。中上さんのファンになること間違いなしです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?