3等分の私の馬。
まず最初にホラー部門ではなく、エッセイ部門に応募することを
お詫びさせてください。
第二の粘膜人間※1を彷彿とさせるような、衝撃的な作品を書くんだい!
と、息巻いていたのですが今自分が一番関心を向けること、心奪われること、書きたいことを
考えた時
「やっぱし、ホラー小説じゃないかも?」って思った。
だから、私の馬のことについて今日はお話しする。
私と馬とは、国道では出会わなかった。※2
私の馬は乗馬クラブで暮らしている。
馴れ初めは、お見合いみたいなもので
「FJさん、馬持たない?」
と通っている乗馬クラブの方に
お声がけしていただき、馬の名前を聞いて、
写真と動画を見て1日くらい考え、彼の所有を決めた。
馬主になるなんて、さぞ裕福な家庭なんだろうと想像するかもしれないが世帯年収700万円くらいの一般家庭である。
馬の名は、個人情報にも関わるので
公表しないがここでは「ビューティー」としよう。
黒馬物語のブラック・ビューティー※3くらい
見目美しい黒鹿毛のセン馬で額にはミルクを一筋垂らしたような細い流星と、触れると初めて分かるほどの小さな角がある。
まだ6歳の若駒だが、堂々とした佇まいで父親譲りの風格が感じられる。
っていうのは、動画や写真では一切分からない。
彼の魅力、馬の魅力は、そんな電子媒体では伝わらない。
せいぜい格好良くて、引退競走馬なのねってことくらいしか伝わらないのだ。
去年の12月、ビューティーが関東の方からやってきた。
「この子が今日から私の馬」という実感は沸かず、
「ビューティー」とまだ呼び慣れない名前を呼び
「触ってもよろしいのですか?」という気持ちでそろそろと触れた。
初対面でも耳を絞る※4ようなことはせず、受け入れていれてくれているような素振りが嬉しい。
よろしくね。と心の中で言って、手短に最初の挨拶を済ませ初対面を果たしたのだが内心うきうきで思わずにニヤついてしまう。
「乗れるのはもう少し先だね」コーチからはそう告げられ、残念ではあったか「そりゃそうだよね」とも納得した。
中央競馬の元競走馬だったビューティーは乗馬のためのリトレーニングを積み、これまでいかに速く走るかだけを教え込まれていた動物が
今度は「安全に人を乗せて運動する」という方向に転換するのだから相当な努力が必要だと思う。
人間で例を考えたみたが、そもそも言葉が通じないので無理があるだろう。
ある日、「全速力(襲歩※5)はもうしなくていい」という日がやってきて
どうにかして教え込まれて適応していく。
中にはリトレニーングに適応できない馬もいるが、その点ビューティーは全く問題がなかったのだろう。乗馬クラブのどのレッスン馬より、気性がおとなしく、「背に人を乗せている」ということを意識しているかのような走りっぷりだった。
こんなことがあった。
駈歩という、パカランパカランという4拍子のリズムでそこそこ馬の動きが大きくなる走り方を練習していた時のこと、乗馬技術が未熟な私は駈歩を継続することが苦手だった。
いつもバランスを崩したり、継続の扶助を出すことが出来ず途中で止まってしまう。
ビューティーはというと、なぜか駈歩が続いてしまった。
しかも、勢いづいてしまい、私が対応できる速度を超えていたためハンドル操作不能の車に乗っているような状態に陥った。
手綱を強く引いても止まらない。
「もうだめだ。室内練習場の壁にぶつかる!」
と思ったその時、ビューティーは咄嗟に右に旋回しおがくずの山を駆け上り、おがくずをぶるぶると振り払い、そこでスピードを落とし停止してくれた。
ビューティーの心になってこの場面を回想すると
「なんだか僕は速く走らないといけないような気がしてしまったし、
止まれ。なのか右に行け。なのかよく分からなかったんだ。
でも壁にぶつかったらいけない。と思ったらからおがくずの山があるけれど、右に行ったんだ。」
と言っているようだった。
とにかく、人馬とも無傷で、ほっと胸を撫で下ろした。
誤解無きように言っておくと、私より騎乗技術がある人は誰でもしっかりビューティーを乗りこなし、もちろん停止しないことはない。
普段の騎乗でも尻っぱねしたり、何かに驚いて急に駆け出すことのない本当に穏やかで、めっちゃ性格のいい馬なのだ。
神様、彼にめぐり合わせてくれてありがとう。
ここで忘れないうちにタイトル回収をしておきます。
「三等分の私の馬。」
察しいい方はすでにお気づきかもしれない。
ビューティーのオーナー、つまり所有者は3人いるのだ。
いきなり現実的な話しになってしまうが、馬を所有するのには預託料という金がかかる。
また馬体そのものの購入費用や輸送費、病気をすれば治療費、
凍える冬に着せる洋服、少し温かくなったら着せる洋服などなど
キリがないほど金がかかる。
馬の洋服※6は7万くらい平気でするだ。
だが!3人所有者がいるので割り勘で済むというメリットがある。
さらに幸いにも、2名のオーナーさんはビューティーと同じくらい性格の良い、素敵な人間なので
まったくトラブルもなくビューティーを共有できている。
とはいえ、独占欲がまったくないわけではない。
金と時間さえあれば、私も一人でビューティーを持ちたいと思ったかもしれない。
だが、金銭的に無理をしてどうなるのだろう。
私には横領するくらいの度胸も気概もないので、お金が続かなくて早々に手放してしまうかもしれない。
保険の解約も預貯金を切り崩すことも、家族のことを考えたらしたくない。
だから少しでも長く、彼と過ごすために私は複数オーナーの道を選んだ。
最初から決めていたことだ。
割り勘だからといって、ビューティーが私に与えてくれる恩恵が3等分になることは、決してない。
その恩恵が沢山あるので、誠に簡単ではあるが箇条書きにしてみる。
精神が癒やされる
運動不足の解消
腰痛が治る
とにかくかわいい
健康になった
労働のモチベーション
幸福な気分になる
ざっとこんなところだが、エグいほど健康になって
鬱々とした日も乗馬クラブに出向きビューティーに触れると心が晴れやかになる。
ホースセラピーなるものは、マジ効き目があるだろううと身を持って体感している。
高い障害を飛び越えなくてもいい、フライングチェンジ※7みたいな
難しいことが出来なくてもいい、
ビューティーがただ元気でいてくれたらそれだけで、嬉しい。
彼はきっと3等分ではなく、3倍の幸福を私たちに運んでくれていると
強く感じる今日この頃でした。
おしまい。
※脚注がいっぱいですみません。
※1 「粘膜人間」飴村行著のホラー小説
※2 川村元気著「私の馬」の書き出しが「国道に、馬がいた。」
※3 「黒馬物語」アンナ・シュウエル著の主人公である馬のブラック・ビューティーが物語の語り部。
※4 不快感や怒りを表す時の馬が見せる仕草。
※5 競馬での歩様。時速60kmほど
※6 馬が着る保温や虫除けための洋服
※7 フライングチェンジ 馬場馬術で使われる運動で「踏歩変換」のこと。馬がスキップしているように見える。
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