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闇氷の弾丸

 俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
 そして今日、ようやく闇氷が届いた。

 闇氷ってなんだ、って? まあフツーの人は知らねえよな。言っちまえば反存在さ。火に対する水。風に対する土。きのこに対するたけのこ……これは違うか。

 要するに、聖火を大人しくするための特効薬さ。いや毒か?

 そもそも聖火ってのは五輪を魔術面から守るべく、人々の想念を、それこそ世界規模で吸い寄せコントロールする中枢だ。そんなものをこんな長い期間燃やし続けてるってえのがそもそも想定外の話なんだなコレが。
 特殊処理されたランタンに封じられてるとは言え、ランタンは、聖火は吸い寄せちまう。人々の想念を。世界規模で。

 間の悪い事に、現状世の中はロクでも事ばっかりだ。いやまあロクでもない事は毎年事欠かないんだが、それを差っ引いてもとびきりだろ今年は。
 ウイルス。相次ぐ自粛。行動制限。乱高下する株価。近所のボルダリングジムの閉店……これは違うか。

 とにかく、聖火は吸い寄せちまった。不安っつー人々の想念を、世界規模で。
 予想してなかった訳じゃない。県内で一番この手のヤツに詳しく、かつ準備してたウチでさえこうなった、ってのがちょいと感慨深い。

 改めて見上げれば、信夫山よりも背が高そうな想念の渦。竜巻、というにはだいぶ戯画的なソレ根本は、ウチの庭――体育館くらいの広さがある――の中央に繋がっている。
 根本の付近は良く見えない。想念の発する光が、球状の力場を作っているのだ。

 そして今また、その力場の中から。
 一人、また一人と。
 影絵じみた虚ろな、人間に似たなにかが現れた。

 ギリシャの彫像のような、しかし真っ黒い、筋骨隆々な姿。片方はレスリング。もう片方は野球の格好だ。世界的な不安想念のせいで、機能がねじ曲がっちまった聖火の生み出す化生どもだ。

 残念ながら、化生が生じたのはこれが初めてってワケじゃあない。一昨日あたりからだんだんと湧いて出て来た変異スポーツマン共を、俺と、家族と、政府のバックアップ要員と、「ばあちゃん」でどうにか抑えてた。いや大変だったねホント。連中朝も夜も関係ねーんだからよ。

 だが、闇氷が届いた今ならそれも覆せる。こいつを使えば――。

「いやいや。ずねぐなったない」
【意訳:いやいや。大きくなったわね】

 隣から声。見下ろす。そこに居るのは、俺の腰くらいまでしかない、いつもの金髪狐耳。「ばあちゃん」だ。竜巻を見上げている。

「しゅそうがらすけでけろって言わっちゃどぎは、しかだねなって思っだげどもよ。ちっと闇氷ぐるまでじがんかがり過ぎだんでねが?」
【意訳:首相から助けて欲しいって連絡来た時は、仕方ないかなって思ったけど。ちょっと闇氷来るまで時間かかり過ぎたんじゃない?】

「仕方ないだろ、ギリシャの方のメンツを立てる都合もあったし。だいたい役所仕事なんてそんなもんさ。それとも、今のコレ、ばあちゃんでも手を焼くような状況なのか?」

「ほだわげねえべ。めえのいくさんどきのがよっぽど酷がっだべ」
【意訳:そんな訳ないでしょ。前の戦争の時のがよっぽど酷かったわ】

「だろうな。だったら」

 俺は撃鉄を起こす。弾倉の中には、弾丸へ加工された闇氷が装填されている。

「とっとと終わらせようぜ」
「んだない」【意訳:そうだね】

【続かない】


【これは何ですか?】


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