黒面の探索者 BlackDiver 第六話
CASE01 人類特使誘拐未遂事件(6)
『各員、隊列維持しろよ!』
『了解!』
前衛となる竜人《ドラゴン》の隊員が盾を構える。身の丈に匹敵する程に巨大。その盾の下部から射出されたパイルが地面を穿ち、隊員の姿勢を補佐。更に盾表面からは魔力障壁が展開し、壁のような防御陣形を構築。
直後、二体の変異獣人が激突した。
『GAAAAッ! GAAAAAAAAA!!』
敵を倒すべく、壁を破壊すべく、遮二無二腕を振るう変異獣人達。だがその程度で隊員の防御は崩れない。その合間に横から回り込んだ別の隊員達が、ショットガンをポンプする。
『撃てッ!』
鋭い号令の元、射出される散弾。魔力障壁は攻略拠点の保護壁と同様、隊員達の動きを阻害する事は無い。
かくて相当なダメージを受けた変異獣人達は、声もなくその場にくずおれる。変異が解け、元の人型に戻る。
『変異被害者二名を確保』
AT隊員が屈み込み、獣人達を検分する。
『命に別状はないようです』
『小隊長、パッケージの残存が三割を切りました』
と、ここで画面に写っていない隊員が声を上げた。映像中継、及び他の隊員への魔力補給を担当していた四人目である。小隊長と呼ばれた大盾の竜人隊員は振り返る。
『分かった。タリク隊長、こちら第二小隊です。魔力の残存量低下、及び被害者二名を移送します。後退許可をお願いします』
「許可する。第二小隊後退せよ」
そう指示した後、タリクはテーブルモニタをスワイプ。通信を繋ぐ。ホロモニタが表示。
「第二小隊が後退に入った。第三小隊は出撃準備だ!」
『了解! よーし出番だぞお前ら!』
攻略拠点の外、血気盛んな第三小隊長の声がホロモニタ映像と一緒に聞こえてくる。次いで、慌ただしく走る足音。
スティアは、少し笑った。二百年近く文明が進んで、戦術展開が驚く程効率的になっていても。本質的な慌ただしさは、何も変わらないのだなあ、と。
そしてそうこうする合間に、第二小隊は準備を終えていた。
『後退準備完了。マーカー設置を怠るなよ』
『了解!』
カメラ担当の隊員は情報端末《プレート》を手に取り、システムを起動。前方にかざす。
すると画面から魔力光が投射され、前方の地面で白い光柱となって凝集する。太さは『星の向こう』で言う所の電柱くらいだが、高さは一メートルしかない。これがマーカーだ。
構築が完成すると、攻略拠点で展開されていたホロモニタのうちの一枚、霧幻迷宮《ゾーン》の俯瞰地図を表示していたものに光点が灯る。それからやや間を置いて、地図の描画範囲が広がっていく。マーカーの機能の一つ、周辺解析だ。
突入。戦闘。救助。マーカー設置。後退。並びに交代。
状況によって差異こそあれど、これが基本的な霧幻迷宮の攻略手順であった。セントラル第三方面軍ZATが相当な大所帯でやって来たのは、これが理由である。
だが、何故彼らはこのような方法を取るのか。要救助者が居たとは言え、まだ余力を残しているのではないか。
その理由もまた、霧幻迷宮にあった。
「……一時間くらい、かな」
ZAT隊員達の、霧幻迷宮内で活動出来る最長時間。それを、スティアは見立てた。
実際、それはほぼ正解だ。タリク達セントラル第三方面軍の他、全国のZATへ配備されている一八四式鎧套。これを用いた霧幻迷宮内での最長活動時間は、およそ五十八分。ただしそれは戦闘など行わず、魔力を想定以上に消費しなかった場合の話だ。
実際は違う。霧幻迷宮は発生する度に様相を変え、変異した者達との戦闘は避けられず、要救助者は雪だるま式に増えていく。そうした状況で鎧套の魔力が切れれば、どうなるか。
戦闘能力が激減する、だけでは済まない。鎧套には霧幻迷宮の侵食から装着者を防御する機能が備わっており、それが途切れればカドシュやZAT隊員達もまた、被害者達と同じように変異してしまうのである。
故に霧幻迷宮攻略に際しては、複数小隊を用いたローテーションが戦術の基本として採用されている。これにより鎧套の魔力切れ防止、着実な踏破範囲の拡大、指揮所からの速やかな意思決定伝達などを成り立たせている訳だ。『星の向こう』に置けるC4Iシステムにヒントを得た戦術思想である。
『よし。第二小隊、これより後退を――』
言いつつ、小隊長は油断なく周囲を見回し。
通路の奥にいる、何かに気づいた。
『――っ! 各員! 迎撃体せ』
轟音。
爆裂。
粉塵。
劈くそれらと共に、モニタ映像は千々に乱れ。
やがて、消失した。
「第二小隊? 第二小隊! おい!! 応答せよ!!」
タリクが声を荒げるが、応答はない。その斜め後ろで、マットは腕を組んだ。
「どうやら本性を表してきたようですね。この霧幻迷宮の中枢……『メイズ』が」
「そのようですな。残念ながら」
首を振り、マットへ振り返るタリク。眉間にはシワ。だがスティアが想定したほど深くはない。なぜならば。
「救出対象が、増えてしまいましたな」
少なくとも第二小隊の者達が死ぬ事は、絶対にありえないからだ。
詳細は不明だが、少なくとも第二小隊の面々は鎧套に相当なダメージを受けた。となれば行きつく先は二つ。他の被害者達のように人型定義《ヒューマナイズ》を乱され怪物と化してしまうか、あるいは――。
「どうあれ、やはり僕も霧幻迷宮探索へ加わる必要があるようですね」
そのマットの一言に、スティアの思考は中断した。
言われてみればその通りである。先程「迷宮入りする」と言ったマットであるが、実際は今までずっと攻略拠点から知見を述べるばかりであった。
「では、改めて状況確認をしましょうか。丁度オブザーバーも居られる事ですし、ね」
言って、ちらとスティアを見るマット。そして、告げた。
「スティア・ローレル特使以外の皆さんは、既に周知の通りではありますが、改めて。この事件、人類特使誘拐事件は、まだ進行中です。ローレル特使は、ある意味でまだ犯人の手の内にいるのです」
「……え?」
耳を疑うスティア。だが周りを見回しても、今の言葉に疑問を覚えている者は居ないようだった。
「ど、どういう意味です? 私は今ここに居て、皆さんにしっかり保護されているんですが」
「ええ、その通りですね。今のところは」
スティアに答えつつ、マットはテーブルモニタを操作。ホロモニタが灯り、霧幻迷宮の概略図が映し出される。
「皆さん御存知の通り、霧幻迷宮の発生には二種類のパターンがあります。自然に発生する場合と、人為的に発生する場合です。そして人為的の場合に必ず必要となるのが――」
ホロモニタのうちの一枚、表示が切り替わる。映し出されたのは、マットとカドシュが用いた可変する直方体。即ち。
「――Lキー、と言う訳ですねえ」