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神影鎧装レツオウガ 第百七十二話
第172話「コイツを、出すためだッ!」
ネオオーディン・シャドー、コクピット内。
ザイード・ギャリガンは、あからさまに眉をひそめた。
「何だ」
止まっているのだ。
オウガが。フォースカイザーが。朧が。黒銀が。セカンドフラッシュが。アメン・シャドーⅡが。
ほぼ同時に、示し合わせたかの如く、その動きを停止したのである。
一体、どうなっている。疑問が口から出るより先に、ギャリガンは探査術式を起動。原因が即座に可視化される。
「これは」
それは、不可視の術式がかけられた霊力線であった。いや、線と呼ぶには些か太すぎる。
何せ大鎧装の半分くらいの大きさのエネルギーラインが、上記の大鎧装達を結んでいたからである。
しかもこれらの伸長および連結は、一瞬で行われたのだ。あまつさえ、ネオオーディン・シャドーのセンサーを欺きながら。
それだけでも驚くべき事柄であるが、何よりギャリガンを驚愕させたのは、その霊力線の発生源であろう。
バハムート・シャドーⅡ。その胸の部分から、霊力の奔流は放たれていたのである。
「バカな」
ここまで大規模な術式の駆動が行われれば、どんな旧式のセンサーだろうと感知するだろう。多少の不可視術式程度なぞ、何の誤魔化しにもならない筈だ。普通なら。
だと言うのに。ザイード・ギャリガンは、ネオオーディン・シャドーは、この大規模術式の発動を見抜けなかった。しかもこの術式は、有り得ない事に、バハムート・シャドーⅡの構成霊力を原動力としている。加えて消費速度も甚大であり、既に右の翼が消えかけているという惨憺たる有様。
故に、ここから導き出される答えは一つ。
「こちらの、ネオオーディン・シャドーの――少なくともセンサー回りを、完全に理解した相手に、クラッキングをかけられた」
呟く。笑いがこみ上げる。そのありえなさ故に。
が、それは一瞬の事。ギャリガンは即座に笑みを消す。実際に起こった事ならば、とりあえずは受け入れるしかない。
誰の仕業か。何が原因か。どちらも見当はつかないが――。
「とりあえずの対処方法は、分かりやすいな」
即ち、術式の影響下にある機体を破壊すれば良い。ギャリガンは得物を構える。最初の標的は朧。グングニル・レプリカの穂先に、攻撃的な光が灯る――こうした疑念の観測から攻撃動作に移るまで、二十六秒。
組織の首魁に相応しい即断即決であったが、しかし悲しいかな。
件の術式で繋がった者達から見れば、あくびが出る程に遅い対応であり。
「おルァああ!!」
加えて最初に動いた機体そのものが、ギャリガンの虚を突いた。
「な、」
裂帛の気合と共に、正面から突っ込んで来る大鎧装。動き自体はごく単純。何の捻りも無い、スラスター推力を乗せた打突。
それを、ネオオーディン・シャドーは受け損ねた。
「んの、マネだ」
辛うじて、掲げた右上腕でダメージを最小限に抑えるギャリガン。軋む装甲、震えるフレーム。サブモニタのダメージレポートがやかましいが、ギャリガンは目もくれない。
「ハン。決まってるだろ」
真正面。鉄拳を叩き付けた機体――グレンが駆るフォースカイザーに、視線を釘づけられていたからだ。
「コイツを、出すためだッ!」
拮抗状態を絶妙なタイミングで崩し、更なる連撃を放つフォースカイザー。短くコンパクトな拳打の嵐を、ネオオーディン・シャドーは逸らし、避わし、防御する。
「どう、いう、」
既にギャリガンに動揺はない。冷徹に対応を続ける彼とネオオーディン・シャドーのセンサーは、やがてフォースカイザーの脚部が僅かに動いたのを観測。大技が来る。
「事、だっ!」
完璧にタイミングを合わせ、ネオオーディン・シャドーが振るうはグングニル・レプリカ。遠心力を乗せて振るわれる長槍は、まったく同時に放たれたフォースカイザーの後ろ回し蹴りを、鮮やかに受け止めた。
軋む金属音は一瞬。ネオオーディン・シャドーは即座に押し返しにかかり、フォースカイザーはそれに逆らわず後方へ。スラスターを調整し、ピタリと制止する。その背後には、未だ動かぬオウガ・ヘビーアームドの姿。まるで守っているかのよう。
「精神操作系の術式を受けた、という訳でもなさそうだな」
「まあな。ってか、今のはオマケだよオマケ。通知はもう届いてるだろ?」
「通知?」
言って、ギャリガンは気付く。サブモニタ内、メール着信を告げるアイコンが点灯している。
開く。ざっと目を通す。眉間に、深いシワが現れる。
「辞、表、だと!?」
「そーいうこった。書式は間違ってねえ筈だぜ? 何せ何っ回も書き直したからな……あーまったく、慣れねえ事はするもんじゃねえな」
「まあ、仕方ない事ですね。けじめはつけなければいけませんし。それにしてもあんなに手間取るなんて思いませんでしたよ」
「うっせえ」
「いや待て。待ちたまえキミ達」
グレンとサラの言い合いを聴きながら、ギャリガンは軽く額を抑えた。一体どうしたのだゼロスリーは。
本当に精神操作系の術式を受けていないのか。それとも、本気にファントム・ユニットへ移りたいというのか。少なくとも今交えた打撃からは、本気しか感じなかった。嘘も偽りもない。
だが、ならば。この短時間で、どうしてそんな心変わりをしたというのか。ギャリガンには理解出来ない。出来る筈がない。
そもそも根本の問題として、ゼロスリーがグロリアス・グローリィを抜ける事なぞ許されない。彼はゼロツー共々計画の要であり、グレン自身が最も理解していた事項の筈であり――と、そこでギャリガンは気づいた。
そう、理解していない筈がない。ならば、この辞表提出自体が。
「僕の目を逸らすためのブラフ、か!」
であればやる事は決まっている。ギャリガンはネオオーディン・シャドーのスラスターを噴射。フォースカイザーへ一気に距離を詰める。
「うお」
今度はグレンが虚を突かれた。もう少し問答が続くかと思っていたからだ。
襲い来るはグングニル。長槍のリーチを十全に生かした刺突。フォースカイザーは紙一重で回避。
グレンがそこから反撃、に移るよりも早くネオオーディン・シャドーは機体を制止、その場で回転。スラスター推力だけでなく、重力制御術式による遠心力制御も加わった斬撃。
「っとぉ!」
これに対し、フォースカイザーもまたスラスターを噴射。大きく間合いを取らされる。
その隙に、ネオオーディン・シャドーは素早く辺りを見回す。霊力センサーは信じない。システムスキャニングを待っていられないし、不具合を感知できる保証もない。
「な、に」
そうして、ギャリガンは見た。
背後。未だグラディエーターやディノファング達が戦っている戦場の中央。やや傾きながらも空へ向けて屹立している、巨大な円筒形を。
「なんだアレは。煙、突……!?」
呟いて、ギャリガンは思い至る。
煙突。その名を冠した術式を、ギャリガンは知っている。
「チムニー・カタパルト……ファントム6ッ!」
かつてマリア・キューザック――ファントム6がモーリシャスで使用したものと同形状。だがサイズが違い過ぎる。大鎧装が一機、丸ごと入る程。
そして実際、内部には機体が装填されている。どの敵機か、などと考えている時間はない。
「ハガ――」
雹嵐。ごく短い呪文とともに、ネオオーディン・シャドーの掌部から放たれる氷結竜巻。強力無比であるその一撃は、しかしやはり一手遅い。
轟。
音だけならばメガフレア・カノンにも引けを取らぬ砲声が、戦場を劈く。
ギャリガンの目の前で発射された弾丸――オウガ・ヘビーアームドは、眩い霊力光を纏いながら赤い空を飛翔していく。
◆ ◆ ◆
その、少し前。
「精神操作系の術式、という訳でもなさそうだな」
「まあな。ってか、今のはオマケだよオマケ。通知はもう届いてるだろ?」
「通知?」
グレンとギャリガンのやり取り。その前に繰り広げられた打撃の応酬。
それらをスピーカー越しに聞きながら、ファントム4、五辻辰巳は深呼吸していた。ひたすらに。
つい今し方、スレイプニル内部で行われていた加速空間内での作戦会議。霊泉同調の無効化。新たな術式の作成。
そして、最後。風葉と一緒に最後に行った、極めて重要な事柄。
それに対して、努めて、平常心を取り戻すためだ。
「ファントム4、そろそろ」
「ああ、ああ。分かってる。分かっているんだ」
マリアに応えつつ、辰巳はヘッドギア内蔵のフェイスシールドを遮蔽。次いで遮光モードも起動。これにより辰巳の顔は黒色に覆われて見えなくなる。
もっともその表情は、全員が分かり過ぎるほど分かっていたのだが……少なくとも、マリアはそれを指摘するつもりは無かった。ただ口には出さないが、とても素敵だと思ってはいた。
「切り替え、切り替えだ……」
ぶつぶつと呟きながら、辰巳はオウガを操作。一瞬、フォースカイザーの方へ視線を向ける。
グレンは手筈通りネオオーディン・シャドーと対峙しており、その背後にはオウガ、を模したドローンが突っ立っている。急ごしらえのため輪郭などにアラがあるが、ギャリガンの目には本物に見えている筈だ。ヘルガとファネルが仕込んだジャミングの成果である。
この状況がいつまで続くかは分からない。少なくともあと数分もすれば、ネオオーディン・シャドーは状況を正しく認識出来るようになるだろう。経営者としてだけでなく、魔術師としてもそれだけの技量がある――もとい、あったのだ。ザイード・ギャリガンには。
ある意味で、彼も被害者だった。もっとも同情の余地は無いし、そもそもそれに対応するのは辰巳の役目ではない。
そして今。辰巳は役目を果たすべく、彼女を迎えに行くべく、オウガをセカンドフラッシュの前へ立たせた。
「頼む、ファントム6」
「了、解です」
モニタに映る辰巳を見た瞬間、マリアは少し笑いそうになった。そんな場合じゃない、と分かってはいるけれども。
「チムニー・カタパルト、XXL――!」
どうあれマリアも意識を切り替え、術式を起動。オウガの足元に巨大な術式陣が現れ、そこから幾本もの霊力線が伸長。針金細工のように、幾十本も絡み合いながら伸長していくそれは、やがて一つの形状を組み上げる。
即ち、ギャリガンが目撃する事となる巨大なチムニー・カタパルトへと。
照準は、既に済んでいる。霊力の充填と術式の付加は、あと数秒。なお一連の術式に使用した霊力は、未だバハムート・シャドーⅡからの秘密霊力バイパスから流入している。これにより、セカンドフラッシュの霊力消耗はゼロ。どころか回復さえしている状態だ。無論その反動として、バハムート・シャドーⅡの右翼はどんどん消えていっているのだが。
「チムニー・カタパルト……ファントム6ッ!」
その時、ギャリガンが気づいた。だがもう遅い。マリアは指揮棒を振り下ろす。
「シュートっ!」
轟。
ネオオーディン・シャドーが使おうとした何らかの攻撃に先んじて、砲弾は放たれる。
赤い空を瞬く間に横断する砲弾――オウガ・ヘビーアームドは、螺旋を描く霊力光をなびかせながら、拳を構えた。
やがて近づいて来るのは巨大な壁。人造とは言え、尋常の術式では突破する事叶わぬ特殊霊力障壁、Rフィールド。
「インッペイルゥゥ……っ!」
その、赤色目掛けて。
「バスタアぁぁぁぁぁぁっ!!!」
辰巳は鉄拳と、ありったけの気合を叩き込んだ。
【神影鎧装レツオウガ 裏話】
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