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神影鎧装レツオウガ 第百六十六話
Chapter16 収束side-B 01
◆ ◆ ◆
「……うん、そう。そんな感じだった」
風葉は、机を小突いた。それから改めて、周囲を見回した。
ファントム・ユニット秘密拠点、その地下。大鎧装が数機入れそうな程の空間には、巨大な円筒形装置を中央に据える巨大な機械群。
それは五辻巌が酒月利英と共に造り上げた特注の生命維持装置であり、彼の婚約者が約二年間に渡って封入されている。
見上げれば、ガラス越しに見える穏やかな寝顔。巌がどのような手を尽くしても、未だ目覚める事は無い。気配すらない。
その理由を、今の風葉は知っている。正面に浮かぶ立方体――ヘルガが未だに使っている意思疎通用デバイスへ視線を戻す。
「それにしても、ちょっと酷かったんじゃないですか?」
「え、何が?」
ヘルガ立方体が少し斜めになる。首を傾げているかのようだ。
「本物の身体に戻らなかった事ですよ。そのせいで二年間、巌さんも五辻くんも大変だったじゃないですか」
「ああソレ。だってしゃーないんだもの、先見術式で見た映像に、コッチのアタシは結局出て来なかったんだからサ」
ヘルガ立方体はころころ笑う。
ヘルガの本体が未だに目を覚まさないのは、偏に彼女自身が目覚めぬよう細工を施していたからだ。いかな稀代の天才酒月利英の手腕と言えど、その内容を未来予知によって見透かされていたのでは、効果を発揮できなかったという訳だ。
「……にしても。改めて思い切った事しましてますよね、私達」
見上げた天井の向こう。地上階では、今まさにアフリカRフィールドへ向けた強行突撃の最終準備が、着々と進められている。あと数日で、彼らはchapter12から続く戦いに身を投じる事になる。
そして、敗北する事になる。
それをさせないために、ヘルガは改めてあらゆる手を尽くした。この秘密拠点地下区画へ陣取ったのも、それが理由だ。
「まあネー。だってココは最終決戦に深ぁーく関わって来る場所だもの。いくらお相手が先見術式で未来を見てたとしても……や、未来を見ていればこそ、手出しが出来ない場所の一つの筈だからネ」
術式の程度にもよるが、先見術式で見えた未来像へ介入する事は、基本的に難しい。ましてや虚空領域で見えた映像となれば尚更だ。身をもって知っている。
だが、それはつまり。
向こうにとっても同じ事なのではないか?
ヘルガはそう判断し、実際それは正解だった。
接収された直後から、十重二十重に張り巡らされた酒月利英謹製の防衛術式群。それらのセキュリティホールを突く事、それ自体は敵もやってのけるだろう。
だが、その先は? まず間違いなく戦闘は起きる。勝敗はどうあれ、ヘルガ達は絶対に抵抗する。それは間違いなく利英に察知されるし、秘密拠点は少なからぬダメージを受ける。
そうなれば当然巌は対策を講じるし、場合によっては秘密拠点の放棄すら選択肢に入れるだろう。つまり先見術式で得た未来の情報が、無に帰する事となる。
敵もそれ程の危険を冒す選択肢は、まず取るまい。そうした予測は的中し、ヘルガ達は今まで安全に活動する事が出来たのである。
もっともそれは『最後の詰めさえ誤らなければ向こうの勝ちである』という状況が、何一つ改善出来ていない裏返しでもあるのだが――。
「ところで、これからする事なんだケド」
「はい」
居住まいを正す風葉。その正面に、ヘルガは立体映像モニタを展開。映り出したのはchapter16-07、予測演算された最後の映像。
不明瞭なシルエットであるが、その特異な姿が放つ異様な迫力に、風葉は眉をひそめた。
「これは」
「レツオウガ・フォースアームド。ファントム4の操るレツオウガと、ゼロスリーことグレンが操るフォースカイザーが、合体した姿だ」
一語、一句。区切るように、ヘルガは説明する。風葉の反応を見るためだ。
当の風葉は、画面をじっと見据えている。それだけだ。体調がおかしくなったり、思考能力への変調が見られたりはしない。まあ当然だ。今の風葉は分霊ではなく、生身の実体なのだから。
「……」
ヘルガは、改めて思う。
二年間分霊として活動してきた、ファントム5アナザーの霧宮風葉。
chapter01から予想された通り、ファントム5として戦った霧宮風葉。
今ここにいる霧宮風葉は、その二人が合一した存在なのだ。
正確には術式によって、ファントム5アナザーの記憶を塗りこめた訳なのだが――。
「……」
自分を、殺す覚悟はある?
あの時。ヘルガは、風葉にそう問うた。
そして今日、この時。その通りになってしまった。
確かに霧宮風葉は生きている。だがそれは、果たしてどちらだろうか。
「ヘルガさん? どうかしたんですか?」
「へっ? あ、うん。はい。なんでもないヨ」
我に返るヘルガ。思考を切り替える。今更考えても詮無い事だ。
今、すべき事は。
「このレツオウガ・フォースアームドが、完成しないようにする。これがアタシ達の目指す勝利条件だネ」
「つまり、五辻くんを助けるんですね」
ふんす、と気合を入れる風葉。握った拳が微笑ましい。
「正確には全員を、だネ。chapter16の最後でも見た通り、ファントム・ユニットは最終的に壊滅してしまう……グレンの仮面に封入されていた、無貌の男の浸食によって」
風葉は思い返す。分霊体側の記憶であるためかなり曖昧だが、あの一部始終の衝撃自体は忘れていない。
忘れる事なんて、出来ない。
「一体、何をするつもりなんでしょうか」
「ん、アタシらが?」
「あ、いえ、それもですけど。あの、顔の見えないあのひとの事が……分からなくて」
うつむく風葉。険しい表情。相当に言葉を選んでいる。
「うん、それはアタシもこの二年ずっと考えたコトなんだけどネー。どーにも結論を出しきれないんだなあコレが。でもまあ、ある程度の予測はつくよ」
「それ、は?」
「虚空領域への干渉」
あっけらかんと言い放つヘルガ。風葉の表情が、やや硬くなった。
「先見術式の演算限界だったからイマイチ良くわかんなかったケド、レツオウガ・フォースアームドとアフリカRフィールドが何らかの連動をしているのは間違いない。そしてあの大規模術式陣。あの時、見たヤツの同型だ」
「ええと。二年前、この建物の周りで発動したやつでしたっけ」
「そ。規模や細部デザインは違うけど、間違いない。あの時の同型……や、発展系だろうネ、十中八九」
言いつつ、ヘルガ立方体は立体映像モニタへ映像を出力。赤い地面をはい回る超巨大術式陣は、予測と分かっていてもなお異様なものだ。
「コレで無貌の男が何をするつもりなのかは分からない。けど、解ってるコトが一つある」
「それ、は?」
固唾をのむ風葉。ヘルガ立方体が、小さく上下する。
「ヤツの勝利条件は、ファントム4を、五辻辰巳を洗脳する事だってコトさ」
「あ。そういえば、そうでした、けど」
最初に戻って来た話題に、風葉はやや拍子抜けし――すぐさま顔を上げる。
「あ! じゃあ、だったら、それを邪魔しちゃえば!」
「正解。かなりの水際になるけど、敵の目的を確実に阻止できる」
「そしてこっちには、虚空領域の先見術式から得た未来の情報がある……!」
「そゆコト。あの術式、霊泉同調とかいうフザけた術式の稼働を止めれば、それだけで敵の目論見はパアって訳だネ」
「なるほど。でも、具体的にどうすれば?」
「うん。そこでファントム5アナザー、キミの出番になるのサ」
ヘルガがそう言うと同時に、室内のシステムが稼働。見れば部屋の奥から、幾本かの霊力線が急速に伸びて来る。
ツタのような、線路のような。ややカーブしながらやって来る光の線は、風葉の正面でぴたと成長を停止。直後、その線路上をスーツケース大のコンテナが部屋の奥から滑って来るではないか。以前オーウェンがドクターペッパーを運送した機構が、この部屋にも備わっていたという訳だ。
「おお」
かくてコンテナは風葉の前へ着地。光の線は掻き消え、同時に上部のフタが開く。
風葉は覗き込み、顔をしかめた。
「う。これって、ひょっとして」
「ふふ、そりゃまあ良い気はしないよネ」
コンテナに封入されていた物体。それはスマートフォンを多少分厚くしたような、手のひらサイズの紺色の直方体だ。よくよく見れば表面や側面にはオウガローダーを思わせる不自然な切れ目が走っていて、ここから色々と機構が展開するのだろう。
「正式名称はアタシも知らない。先見術式では出て来なかったからネ。だから勝手に「ムシ」って呼んでるんだけど……そんなにイヤだった?」
「だって、コレ。私が暴走したキッカケを作ったやつじゃないですか」
梅干しを三つくらい一気に食べたような表情をしながら、風葉はコレを、ムシを指さす。
色こそ違うが間違いない。これはchapter10で、ギャリガンがレックウへ張り付けた遠隔術式装置と、まったく同じだったのだ。
蘇る記憶。風葉がそれを知ったのは、正確には虚空領域へ迷い込んでからだ。だがそれでもあの時の異様な昂ぶりは、漠然と脳裏に染みついている。
「でもまあ、分かるでしょ? 今コイツを上手ーく使えば」
「あ、そうか。五辻くんがおかしくなるのを、防ぐことが出来る!」
「そゆコト。で、だ。そのためには当然コイツに術式を封入しておく必要があるワケだけど」
「そこで私の出番、という訳ですね」
「正解。なんでコッチもネ」
コンテナ中段辺りからせり出す引き出し。そこへ収納されていた物に、風葉は目を細める。
「リスト、デバイス……!」
「オリジナルじゃなくて、アタシが勝手に複製したヤツだけどネ。でも機能自体はホンモノと遜色ない筈だよ。ささ、つけてみて」
「はい」
躊躇なく取り出し、風葉は左手首へ装着。懐かしい感覚。
「で、これをつけたという事は」
「ウン。よろしくね? ファントム5」
「わ、ひさびさだ」
いたずらっぽい笑顔が浮かんだのは、しかし数秒の事。風葉は表情を引き締め、構えをとる。言い放つ。
「ファントム5……鎧装、展開!」
リストデバイスを起点に、風葉の体表を走る霊力線。電子回路じみて幾本にも分岐するそれは、僅か数秒で風葉の全身を包み込み――直後に閃光。強烈な光が晴れた後には、どこか巫女服を思わせる鎧装に身を包んだ風葉の、ファントム5の姿があった。
「ん――」
何気なく、風葉は前髪をかき上げる。照明に照らされるその筋は、黒と灰銀の二色に染まっていた。フェンリルの大部分は現在マリアへ移っているのだから、当然ではあるのだが。
だが、この状態でも出来る事はある。
「これに、フェンリルの力を?」
「そう、フェンリル・ファングの術式を作った時みたいに。やれる?」
「まあ、なん、とか」
ムシへ手を翳す風葉。目を閉じる。微かな光。呼応するようにムシの表面へ浮かぶ霊力線の図形。術式陣。フェンリルの霊力を収集しているのだ。
「うし、オーケー。取り合えずはそんなモンでいいよ」
「あ、はい」
息をつき、風葉は手を放す。顔を上げる。
「これで完成、なんですか?」
「いんや、ここからがちょいとタイヘンなトコなんだよネ。先見術式で分かってるからこそ、擬装は万全に万全を重ねておかないと……なんせこれから、ファントム・ユニット全員を騙くらかす術式を、ムシに仕込まなきゃならないからネ。他にも色々準備あるし、むしろ風葉の仕事はここからが本番だヨ」
「分かりました」
頷いて、ふと振り返る風葉。
背後には何もない。ただ壁があるだけだ。
「どしたの?」
「あ、いえ。ちょっと不安になってしまって」
「なにが?」
「敵、も先見術式を使ってる、んですよね? だったら、今こうしてる私達の事も見えてたりするのかな、って」
「ああー。そのヘンは心配ないよ」
風葉の心配は最もだ。だが、ヘルガ縺ィ縺ヲ蟇セ遲悶?縺励※縺?k縲ゅ%縺薙∈螻?r遘サ縺たのも、縺昴?縺溘a縺ョ陦灘シ城幕逋コ縺檎岼逧?□ったのだから。
「先見術式の稼働には、トンデモナイ量の霊力がいるからネ。例えるなら火山の噴火みたいなモンだヨ。もしそんなモンが今も動いてるんだったら、世界中どこの魔術組織でも感知してるだろうね」
「そうなんですか」
「そうなんですヨ。こうしたアタシらの活動がchapterなにがしで見てる誰かがいるなんて、それこそゾッとしない話だからねエ」
螳滄圀縲∬ヲ九i繧後※縺?kのだろ縺??ゅ⊇縺上◎隨代s縺ァ縺る事だろう。
縺昴%縺ォ縲∽サ倥¢蜈・繧矩囮縺後≠繧九?る「ィ闡峨↓繧ら衍繧峨○縺ャ縲√Β繧キ縺ク謳ュ霈峨@縺溘b縺?ク?縺、縺ョ陦灘シ上?ゅ◎繧後′蜍晏茜縺ョ骰オ縺ィ縺ェ繧狗ュ医□縲
そして状況は、chapter16-03へと収束する。
無貌の男が、己の先見術式で見た光景と同じに。
【神影鎧装レツオウガ 用語解説 】
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