米国の脱炭素イノベーション創出源であるARPA-Eとは何か?
一橋の横尾です。
この記事では、米国の「エネルギー高等研究計画局」であるARPA-Eを紹介します。
ARPA-Eとは何か
ARPA-Eは「アールピー」や「アーピェィー」といった発音の略称で呼ばれる、正式名称がAdvanced Research Projects Agency-Energy (ARPA-E)であるアメリカ合衆国の政府機関です。
和訳は「エネルギー高等研究計画局」といったところでしょう。
米国のエネルギー省(DOE)の傘下に設立され、2009年から業務を開始しています。
エネルギー分野の「ハイリスク・ハイリターン」で商用化が期待される研究開発プロジェクトに助成を行いスタートアップを生み出す政府機関です。
ARPA-Eは、「基礎科学ではなく社会実装に近い技術」であり、それでいてリスクが高く、既存の政府系補助金やVCなどの民間資金では投資されないプロジェクトを対象とししています。
そして、実現すれば大きな社会的インパクトが期待できるテーマごとに「プログラム」を立てています。
例えば、2023年9月現在アクティブなプログラムとしては、
SEA-CO2: 「海洋での二酸化炭素除去技術」
EVs4ALL: 「低炭素アメリカ社会のためのEV技術」
CURIE: 「使用済み核燃料リサイクル技術」
MINER: 「レアメタル・金属採掘の効率化技術」
COOLERCHIPS: 「データセンターの冷却技術」
HESTIA: 「建築資材の炭素貯留技術」
ONWARDS: 「次世代原子炉の廃棄物の効率的管理技術」
REMEDY: 「石油・天然ガス産業からのメタン排出削減技術」
ECOSynBio: 「バイオ・再生可能燃料の合成生物学技術」
といったテックへの助成プログラムがあります。
元々は省エネや新エネ技術を念頭においていた機関ですが、近年ではいわゆるClimate Techを対象としているといえるでしょう。
そして、プログラムごとに10から20の研究開発チーム(プロジェクトと呼ばれる)に資金を提供します。
これらのプロジェクトはおよそ3年の期間で実施されます。
ARPA-Eの成果
2023年9月までで、ARPA-Eでは合計1,530のプロジェクトに、合計36.8億ドルを助成してきたとのことです。
これらのARPA-Eが助成したプロジェクトの多くが、助成後に民間から出資を受け、企業となり、スタートアップとなり、成長して大手企業による買収や上場(イグジット)を達成しています。
その成果のまとめは、こちらの定期的に更新されるサイトから見ることが出来ます。
始動からおよそ14年の2023年9月時点で、218プロジェクトが民間資金を調達し、150社が生まれ、27社がイグジットしたとのことです。
ARPA-Eの成果をざっくり言えば、「カンパニー・クリエーション(企業の創出)」に年間10社×10年以上といった規模で成功していると言えます。
驚異的な「スタートアップ量産」の政府機関というわけです。
しかも、これがすべて「エネルギー関係」というのですから、さらに驚きです。
機関設立から10年ちょっとでこれだけの商業的成果を達成しているわけで、まさに、「Climate Tech スタートアップの創出源」と言えるでしょう。
ARPA-Eの特徴
ARPA-Eは研究開発の資金を助成する政府機関なわけですが、他の研究費配分機関とは異なる点がいくつかあります。
第一に、単に研究開発の資金を提供するだけでなく、そのゴールとして3年程度の短期間での実証(Proof of Concept: POC)を求めます。
それは当然、社会実装あるいは商用化の実証となります。
つまり、論文や特許をゴールとして求める科学研究費とは性質が異なるわけです。
そして、ARPA-E助成終了後の「事業化」「スタートアップ設立」「民間からの資金調達」を目指してもらうのです。
この「事業化を前提としたハイリスク案件への助成金」というのが特徴です。
第二に、Program Director (PD)というポジションが成功の鍵を握っていると言われます。このPDという役職がかなりの裁量と権限を持っているとされます。
有期の契約(3から4年)で任命されるPDが、各プログラムをデザインしていきます。
1プログラムにつき、日本円にして50億円ほどの予算を全米の研究室や企業のプロジェクトに配分してエコシステムの創成に取り組むイメージです。
この50億円を特定のトピックのコミュニティの15チームほどに配分し、そこから1社でも多くのスタートアップが生まれるようにするイメージです。
このPDによるプロジェクトの選定や発掘がイノベーションの鍵を握ります。
PDは任期のおよそ半分くらいの期間をこの「プログラムのデザイン」に使うようです。
こちらの資料によると、PDを担うのは、博士号を持ちアカデミックな経験もありつつ、自身でも起業実績や産業界との人脈を持つ人材のようです。
権限を持つPD自身がディープ・テック起業家のように全米を飛び回って、チームの発掘を行い、応募を受け、選定し、その後にはプロジェクトと投資家や需要家とのネットワーク構築まで行うようです。
第三に、優秀なスタッフによる「資金配分後の」支援です。
通常のいわゆる研究開発費の配分を行う政府機関と大きく異なるのがこの点です。
科学研究費の助成金の場合、通常は研究者やエンジニア側が研究計画・事業計画を作って申請し、配分機関は選定と資金配分をを行ってほぼ「おしまい」といえます。後は報告書の審査程度です。
一方、このARPA-Eでは、選定・資金配分だけでなく、「資金配分後に」商用化までのサポートをするようです。
その一つは、上述のPDによるネットワーク構築支援などでしょう。
PDのみならず、他にもプログラム側に優秀なスタッフがいて各プロジェクトへの助言やサポートをするようです。
また、Technology-to-Market (T2M)チームというものが別にあり、そこがプロジェクトと一緒になって商用化までの計画作成をしてくれるようです。
ディープ・テックを研究開発するチームとなると、えてしてアカデミックな思考や基礎研究に寄りがちです。
一方、ARPA-Eのゴールは商用化という形でのイノベーションの実現です。
そこで、T2Mアドバイザーという職の人たちが市場ニーズについて各プロジェクトに助言するなどし、技術開発をうまく誘導するようです。
このように、
1)テクノロジーの商用化、すなわち、社会実装を前提とする、
2)PDというアカデミアと産業界に精通した個人にプログラムの管理とプロジェクトの選定を委ねる、
3)各プロジェクトへの資金配分後も優秀なスタッフがサポートする、
といった特徴が、他の政府系機関と大きく異なると言えます。
このような工夫をこらして、「失敗を許容しリスクを厭わない文化」を確たるものとしているとのことです。
ARPA-Eの評価
ここまで、ARPA-Eの成果を強調し、その要因を特徴として説明してきました。
しかし、この機関の評価はまだ始まったばかりです。
例えば、こちらの論文などの効果検証が始まっており、統計的因果推論のアプローチによる効果検証も少しずつ出ています。
設立14年の機関ですので、その歴史的な意義の検証はこれからが本番と言えるでしょう。
日本政府との関係
日本の国立研究開発法人である新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2023年10月3日にARPA-Eと「協力交流についての覚書」を締結しました。[Link]
上記の発表によると、「NEDOとARPA-Eは長年の交流実績があり、今回の覚書により、その協力関係を深め、エネルギー技術の分野でカーボンニュートラルに貢献していくことを目指します。」とのことです。
今後、ARPA-Eのイノベーション創出力を私たちの国で取り込めるといいですね。期待です。
2023年11月 横尾
参考文献
[1] Azoulay, P., Fuchs, E., Goldstein, A. P., & Kearney, M. (2019). Funding breakthrough research: Promises and challenges of the “ARPA Model”. Innovation Policy and the Economy, 19(1), 69-96.
[2] 独立行政法人科学技術振興機構 (2014). 米国ARPA-E(エネルギー高等研究計画局)の概要. [Link]
[3] 木村宰・杉山昌広 (2020). 米国高等エネルギー研究計画局(ARPA-E)は成功しているのか~既往評価のレビューとわが国への示唆. 第36回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文集.
[4] Goldstein, A. P., & Narayanamurti, V. (2018). Simultaneous pursuit of discovery and invention in the US Department of Energy. Research Policy, 47(8), 1505-1512.
[5] Goldstein, A., Doblinger, C., Baker, E., & Anadón, L. D. (2020). Patenting and business outcomes for cleantech startups funded by the Advanced Research Projects Agency-Energy. Nature Energy, 5(10), 803-810.