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居場所がないというコンプレックス

居場所がないことがコンプレックスでした。

ひとりぼっちが恥ずかしいって、たまに落ち込んでいました。


クラスでは、賑やかグループともおとなしいグループでもなく、気になった子と話すタイプで、常に一緒にいる友達が決まってるわけじゃないから修学旅行や遠足のグループ分けはいつもあたふたしていました。大学時代も同じような感じで過ごして居ました。

社会人になってからも、大体同期のグループとかが居ると思うんですけど、特定の人と一緒に居るっていうことはなくて、誰とでも仲良く話すけど誰とも繋がっていないようなフワフワとした気持ちでした。

今考えると、「何かに所属する」ということが苦手なんだと思います。なんだか「はみ出してはいけない」とか「和を乱してはいけない」っていう独特の緊張感が苦手なんです。以前noteでも書きましたが、不思議ちゃんと言われたくらいはみ出したことをしてしまうので和をいびつにしてしまうのです。

大半の人(というか私以外の女友達)は特定の仲良しグループがあっていつも集まって遊んだり、仕事の愚痴をこぼしたりなんだか楽しそうにしています。それが出来ない私は、コミュニケーションに関する能力が足りてないんじゃないかと思っていました。

でも、最近「それこそが私の居場所なんじゃないかな?」って思いました。どこにも所属してないでフワフワした状態です。無意識によくないことって思ってたけど、いい面もあるんじゃないかな?って思って探してみました。

どこにも属さないということは、「自由」で「中立的」で「客観的」でいられるということです。多分、社内でひとりぼっちでも新しい取り組みにチャレンジできたのは私の居場所がフワフワだったおかげです。

そして、フワフワしてる私のすぐ隣や手を伸ばした先には必ず応援してくれる人が居たなということを思い出しました。感謝だなぁ。。

正直にいうと、未だに仲良しグループっていいなぁって思うこともあります。でも、どこにも属してないって悩む人はフワフワのままでいいんだと思うのです。そしてフワフワな人がやることは自分の道をしっかり歩くことだと思います。歩んだ先に、手を伸ばした先に、疲れたと泣きたい時に必ず応援してくれる人や親友になる人が居るのです。

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makiの内省ノート
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