Instagramが生んだコト消費と「憧れの経済圏」
昨今、「モノ消費」、「コト消費」 、 「ヒト消費」など、世間の消費行動の移り変わりについていろいろな言葉が生み出されています。
ぼくたちの会社は、様々なコンテンツを事業の中心に置いたプロダクトを作っていこうと設計しているため、やはりこの「消費行動とコンテンツの移り変わり」に対しては、目を光らせていたいと思っています。
今回は、できるだけ自分の感覚から汲み取れた、Instagramと消費行動の移り変わりとそのファクターについて書いていきます。
日常の写真をアーカイブする場所としてのInstagram
「モノ消費」から「コト消費」への移り変わりのきっかけはやはりInstagramで、その功績は大きく分けて2つあると考えています。
1つ目はそのままですが、日常の写真をアーカイブする場所を作ったことです。
Instagramが登場するまで、人々の日常はTwitterやブログとった場所で言葉をもって表現されていて、旅行にいった時の写真にいたってはFacebookのアルバムに雑にあげられ短いコメントと一緒にタイムラインにシェアされていた程度に取り扱われていたように思います。
(余談ですが、そもそも日本でFacebookが流行った記憶はないです。いまだにIT、Webベンチャー界隈でしか使われてないように思います。)
大学の後輩がInstagramを使い始めた当時、(もはや思い出すことすらできない感覚ですが、)
「ネット上げるような写真なんてそんなにあるか?」
「Twitterでできるじゃん」
と言っていたように記憶しています。
蓋を開けてみればInstagramがあるから日常を撮るようになった自分がいましたし、自分でも忘れるような日常がしっかりとアーカイブされていました。
Instagram最大の発明「フィルター」
そしてInstagramの2つ目の功績であり最大の発明が、写真を加工する「フィルター」です。
ぼくは、この「フィルター」こそが、消費行動そのものを変える大きなファクターだったと考えています。インスタを使ったことある方ならわかると思うのですが、本当になんでもない写真もフィルターを通せばそれっぽくオシャレに見せれるクオリティのものになりますよね。
つまり、フィルターをかけることによって、日常の中にありふれたものや風景を、特別な1コマに演出できるようになったわけです。
(これも余談ですが、インスタの登場で世間の人のクリエイティブに対する感性が1.5段くらい底上げされたようにも思えますし、SNSネイティブな世代がクリエイティブに対してとてつもなく敏感なのはまさしくインスタの功績に思えます。)
インスタグラマーの登場と消費行動の変化
"それなりにオシャレ"な写真が溢れた中で登場するのが、世界観やクリエイティブにより力を入れたインスタグラマーです。
もうさんざ言われてきた話ですので、詳しくは割愛しますが、大小様々なインスタグラマーの見せる風景に、みんな憧れを持ちました。
おしゃれで、洗練されている「風景」への憧れは、演出された「特別なコト」の追体験を促しました。多くの憧れを集めた「特別なコト」は、フォロワーたちの追体験と再生産を経て、さらに拡散されていきます。
これを設計するのがいわゆるインスタグラマーマーケ、インフルエンサーマーケですね。
平均化された"特別な体験"と、「憧れの経済圏」
こうして、「特別なコト」の追体験と再生産がうまく稼働していった結果、みんなが体験したことのある"特別"が溢れることになります。
追体験を産む「憧れ」を持った人たちとその再生産量を「憧れの経済圏」と仮に名付けます。
この、憧れの経済圏が大きければ大きいほど、体験が平均化されていき、「みんなが行ってる」「みんなが持ってる」「みんながやってる」になってしまいまい、特別はその価値を失っていきます。
コアがマスに振れてしまった瞬間に冷めてしまうアレです。
これからのコンテンツ作り
憧れの経済圏は大きければ大きいほど失速していくと書きましたが、それはつまり、どうやって「特別」の範囲を保つかという話です。
これからのコンテンツ作りは、どうやって「特別」の範囲を保ち、体験としてのクオリティを上げる設計をできるかだと思います。コアをマスに振れさせない、仮にマスに受け入れられたとしても、コアであるよう自覚させられるかです。
簡単に思いつくものだと、
・同じ名目の体験だが、何百何千通りの中から、その人のためだけに用意されるセミオーダーコンテンツ
・全ての人がアクセスできるわけではないクローズドな限定コンテンツ
・その瞬間だけ体験することのできる再現性のないコンテンツ
あたりでしょうか。
コンテンツ自体は別に新しいものである必要はなく、コンテンツを取り巻く環境をどういう意図で設計するかだと思います。
「誰に、何を、どうやって届けるか」みたいな話は、マーケティングやものづくりをしているとよく出る話だと思いますが、そんなことは当たり前に求められます。これからの時代は特別を守るために、「いつ」「どのくらいの」「誰に」「何を」「どうやって」届けるかを設計していくのだと思います。
またいつかのnoteでこの詳細についてもっと深く考えて、具体的なコンテンツについてかければいいなと思います。
閑話休題、コト消費の種類
ここまでインスタから生まれた憧れにまつわるのコト消費について言及してきましたが、これはコト消費の一側面にすぎません。
ぼくはいまのところコト消費に「憧れ型」と「応援型」と「参加型」の3つを分類を見つけています。(書きながら考えてるので体系化されてないです。上で例にしているものも含めて後日また別記事にまとめようと思います。)。
「憧れ型」は先の、インフルエンサー云々の話です。消費を通して「憧れ」に触れる体験のことを指します。
「応援型」は、生産工程や生産者の思い・こだわりを知り、消費を通して生産者を応援することです。noteだと池内オーガニックやEVERY DENIMがイメージしやすいです。
「参加型」は、モノが作られた文脈を知り、消費を通してその文脈に自分も参加することを指してます。ソーシャルグッド、エシカル消費などをイメージしています。
前段までインスタグラムを通した消費行動についてしか触れていませんが、自分たちの消費に新たな意味付けを行い、「消費」を「体験」へと押し上げたのが、モノ消費コト消費の話です。
魅力的な体験と通常の消費では、満足度が違うわけですね。
おわりに
最後足早に切り上げてしまいました。また別で細かく取り上げた記事を書こうと思います。
毎回、目次を組んでからnoteを書いているのですが、書くことで頭の中が整理されて、書いている途中で別のストーリーが見えてきたり、内容をもう少し俯瞰して体系化しようとしたりするので想定よりも長いnoteになってしまってます。困ってます。
また、この記事を書いてから調べてみると、
最所あさみさんが1年以上前にインスタとマーケとマスについてnoteで書いていました。インスタについてはぼくのなんとなくの肌感よりもわかりやすく丁寧に観察されているのでぜひ読んでみてください。
あ、Twitterやっているのでよければフォローしてください。