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もしもパリにカフェが存在しなかったら 〜その1


フランスでコーヒー、特にエスプレッソを注文する時は「アン・カフェ シィルヴプレ(コーヒー1つお願いします)」と言えばOK.。ところがフランス語ではコーヒーハウス(紅茶、ジュース、アルコールが飲めて、また食事も出来る)のこともカフェという。紛らわしいと言えばそうであるが、よくある。


2021年5月19日水曜日。朝早く家を出た。リュクサンブール美術館で特別展覧会の主催者による公認ガイドの為のプレゼンテーションが行われるのでいそいそとバス停に向かった。この日からロックダウン解除の新段階で、カフェ、レストランのテラスでのオープン、デパートなど殆どオープンしてフランスは元通りの暮らしに近づきつつあるのでやはり嬉しさは隠せない。

もちろん美術館や映画館などにしばしば行けるようになったのは嬉しいが、やはり街の景色としてカフェに朝から多くの人達が座って喋っていたり、また一人でボーッとしているのを見て、フランス、特にパリを肌で感じてこちらまで何か喜び溢れてくるのはまさに否めない事実である。

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そんなカフェについて今回は少し詳しく述べてみよう。パリ最古のカフェはカルティエ・ラタンのオデオン近くの小さなパッサージュ内にある<ル・プロコプ>。1686年にオープン。表通りが入口であるが、パッサージュ側には小さなテラスがある。私はそこでシャンパーニュを一杯飲みながら人を待ったりするのが好きなので今回再オープン一日目を記念してここでいつもと同じ事をしようかと思ったけれど何と閉まっていた。

考えてみれば昔はカフェであったものの現在ここはレストランになったので小さなテラスだけでは採算が合わなすぎる。しかたないのでまた別の機会にこよう。

この店の内装はあまりにも雰囲気が素敵なので中のテーブル席で食事しないともったいない。元々最初はコーヒーを飲むところであったが、フランス革命時にはロベスピエール、ダントンやマラーなどがしばしばやって来た。その後20世紀終わり頃に広々した室内の大改装が行なわれて現在では18世紀当時のスタイルの内装が美しく、トラディショナルな料理が食べられる。再オープンの際には一度ここでテーブル席を予約するのがおすすめである。ここの雰囲気は他のレストランでは味わえない。


さてそれではカフェの文化的役割について、特に19世紀の終わりの印象派の画家達にも重要な存在であったあたりを覗いてみよう。パリのカフェに興味ある人にはこれも欠かせない話であるが、ここで私はエドゥアール・マネに案内役を依頼した。

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ジャン-フランソワ・ラファエリ         ボエム・オ・カフェ              1886年                  ボルドー美術館  


印象派の画家達が活躍したのは19世紀の終わり頃からで、モネ、ルノワール、バジール、ドガ、そしてシスレーやセザンヌ、ピサロなどが討論する為にマネによって集められた場所がカフェ・ゲルボワである。ゲルボワと言う名前はオーナーの苗字から来たもの。クリッシー広場のすぐ近くにあったが、後にブラッスリーになり、現在では衣料品店になってしまったので、説明書きがなければ場所がわからない様になっている。

マネは当時近くに引っ越して来たのでここのカフェを選んだ。積極的で社交的でもあるマネは皆に頼りにされ、慕われた。上の絵の中央にいるのがマネである事からもわかるように常に中心的人物であった。集いには画家達よりも前からエミール・ゾラやナダールなども参加していた。オーナーのゲルボワも次第にテーブルを彼らのためにいくつか特定の位置に用意してこの会に協力してくれるようになった。これもリーダー的存在のマネの人柄が認められての事だったであろう。なにせ印象派の仲間たちも、ルノワールは明るくて皆を笑わせるような存在だったと聞いているが、モネをはじめ他の者はどちらかと言うと控えめであまり意見を積極的に述べないし、セザンヌにいたっては面白くないとさっさと帰ってしまうというのだから、これでは話し合いにならない。そこでマネは印象派展に一度も出展しなかったとはいえ、その存在はなくてはならないのであった。何れにしても話し合って、情報や意見交換することはそれぞれの活動にとってかなりの刺激になった事かと思える。


それではそんなエドゥアール・マネなりの<カフェ>を描いた作品を少し触れてみよう。

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エドゥアール・マネ              テアトル・フランセ広場のカフェ        1881年                  グラスゴー・アート・ギャラリー

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エドゥアール・マネ              カフェ・コンサートの一角          1879年                    ロンドン、ナショナルギャラリー


2点の絵のうち、上のカフェの雰囲気は現代にもありそう。大理石と木材中心の内装であろうか。客は品の良さそうな男女が一組、しかし女性の方はカフェではなく何か冷たい飲み物、もしかしたらアルコールかもしれないが目の前に置きながら話している様子。男性に関してはパイプから煙を吐き出しているものの、飲み終えたあとなのか、あるいはたのまなかったのか、何も置いていない。カウンターにはサーヴィス係らしき者がこちらに背を向けている。右側には立ちのみ客らしい人の姿がみえる。この人達が何を飲んでいるのかは見えない。

おそらくマネは実際にこの様子を手前でテーブルにつきながらスケッチしていたのではないかと思われる。<カフェ>と言ったら大抵の人が思い浮かべる光景である。21世紀の現在だって、こういうカフェあるあるといったところである。

対して下の絵はタイトルでもわかるように、カフェコンサートという、ショーを観ながらドリンク(主にビールなどのアルコール)を楽しむところである。当時はこんなカフェでの楽しみ方もあった。ドガも結構この<カフェコンサート>を描いていた。

この絵は一見手前の男性が中心人物の様に見えるが、その後ろのサーヴィス係の女性にどうしても注目してしまう。きちんと整えた髪型やキリッとした目つきなどの表情からいかに彼女が仕事できる人なのかがうかがえる。


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エドゥアール・マネ              カフェにて ーカフェコンサート                             1878年                     ウォルターズ美術館


これはまた面白い構成である。客の中で帽子を被ったままの男性は何を見ているのか? 何かしら一点を見つめている。隣の女性は疲れているのかやる気がないのか、とにかくあまり楽しそうには見えない。煙草を吸っている? 何より人目を惹くのはその後ろのサーヴィス係の女性ではないか。片手を腰に当ててビールらしきものをジョッキ飲みしている。上の絵と合わせて見ると、マネの女性に対する観察の仕方が面白く、また以前には見られなかったたくましい(?)女性の姿が発見されだす。

マネのこれらの絵画を鑑賞する事によって当時のカフェとパリの日常生活との関わり方、また文化の進展にとって重要な役割を占めている事が明らかになった。話し合いをする時も何か飲みながらするとスムーズに事が運ぶ。パリでのカフェと文化の関わりはこの後もまだまだ続くのであった。この後20世紀の初旬にもまた別のストーリーが展開し、勿論登場人物も変わるが、この続きは後ほど、今度は日本人の画家、藤田嗣治にも登場してもらいたいと思っている。





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